近未来建築診断士 播磨 第3話 Part2-4
近未来建築診断士 播磨
第3話 奇跡的な木の家
Part2 『現場調査』-4
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階段に向かう途中でトイレに立ち寄る。中にはごく普通の腰掛型便器とドライ手洗器があるだけ。壁は生木仕様だ。
樹脂性便器は清掃が行き届いており、垢も目立たない。小水皿と大便皿が分かれている形状から古い時代のものでないことがわかる。だが見るべきところは、裏側だ。
便器の裏側を覗き込むと、壁に向かって排水管が伸びていた。その管もやはり、灰色の樹脂管が途中から薄緑色に変わっているタイプだった。
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やわらかな階段を昇る。生木張りのせいかあまり足音がしない。作事刑事がためしにと強く踏込んでみたが、抜ける様子は無かった。
踊り場から上を見上げると2階の天井が目に入る。そこも綺麗な板張りで、雨漏りあとはまったく見当たらない。上りきって周囲を見渡すと天井板の一部からツタや枝がはみ出していた。そこから雨漏りしそうなものだが、水染みは無かった。
最も気がかりである浴室は階段脇にあった。引戸を開けて中に入る。
既に写真で見ていたが、実物はやはりすごい。室内は総板張り、浴槽も木製でその全てがうねり、節くれだっている。生木だ。
「わーお」
作事刑事が小躍りしながら浴槽にすべりこむ。巨体を折り曲げて入っていくが、窮屈そうには見えなかった。笑顔で窓から空を見上げている。
「これ。家にもほしい」
「買いますか?うちの課は歓迎しますよ」
「独り身にこの家は大きすぎるがね」
壁の板に触れるが、長期間使われていないためか浴室らしい湿り気は感じない。だが他の場所と同様、生木の手触りは感じた。香りからしてヒノキだろう。排水管は隠蔽されていて室内からは見えない。1階から天井裏を調べればわかるだろう。
「作事さん、水を採りますのでちょっと出て下さい」
「うい。俺も空風呂に長居する気はない」
「居心地よさそうでしたよ」
「家のベッドを木製にしようか悩むわ」
1階同様、蛇口から水を採取して調べる。判定は『OK』でこれも1階と同じ。どうやら給水管に目立った問題は無さそうだ。
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寝室の戸は開いており、廊下から様子が一望できた。
大小寝室間に可動間仕切があり、閉めることで部屋を分けるらしい。いまはそれが納められて広い部屋となっていた。
武術道場のようだった。大きな窓から日差しが差し込み、板張りの室内を照らす。床板の鈍い反射光で室内はぼんやりと明るかった。
カシの生木柱は真っ直ぐに伸び、影を持たなかった。拡散する光源のせいか。いや注意深く見れば八方に影を落としている。どれも薄く存在感が無い。その光の濃淡が、柱を軽やかに見せていた。
「いいね」
「これが生木でさえなければ・・・」
2人はしみじみと部屋を眺めているが、ぼくはそんな気分になれない。柱は可動間仕切を途中で遮っているため、戸が途中でつっかえてしまう。それにこの柱や天井は見過ごせない。屋根を貫通しているだろうこいつらのおかげで、いつ雨漏りするか知れたものではないからだ。
ここの改修をした人は、なぜこんな仕様にしたのだろう?
【続く】