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近未来建築診断士 播磨 第3話 Part2-2

近未来建築診断士 播磨

第3話 奇跡的な木の家
Part2 『現場調査』-2

【前話】

 ツタに覆われた塀を越えた中には広い庭があった。ここも荒れ放題で、無数の雑草が領土争いをしている。いくつかの木立がそれを見下ろしていた。

 庭から家を見上げると、道路側とは様子が違う。ツタの密度は同じようなものだが、窓が多いためかずっと家屋らしい。窓を縁取る緑がおしゃれな雰囲気ですらあった。

 1階の大きな掃き出し窓。2階の大窓。そして屋根に覆いかぶさるツタとは異なる葉の茂り。カシのようだがどこから生えているのかはわからない。

「では中に入りましょうか」

 釣瓶氏が鍵を持って誘う。そのあとを追った。鋼製のドアは塗装が剥げ落ちているが錆びてはおらず、軋みもなく開く。家の中からふわりと木の香りが漂い出た。

「おじゃま、します」

 写真で確認していた現象は玄関からも見て取れた。上がり框の木材がわずかに蛇行し、つやつやと湿気を帯びている。しゃがんで触れてみると、ちょうどいい温度だった。この時季の戸建の床としては暖かいと言っていい。

 玄関の壁は変質が見当たらない。ビニールクロスは黄ばんでほこりがついている。触れた感触も間違いなくビニールクロス。写真で見た内壁はもっと奥の部屋だろう。
 作事刑事と釣瓶氏はさっさと持参したスリッパに履き替え奥へ向かう。春日居燕はそれを見送りながら上履きを差し出してきた。

「さっさと行こうぜ、先生」

 ■

 通されたのは、あの写真を撮った居間だった。広い。もとは2部屋だったところを、間仕切壁をなくして一つにしたのだろう。天井に壁の名残を隠すためか額縁板が張られている。その中ほどにあの柱があった。ほぼ部屋の中央だ。

 床板を綺麗に貫き、天井板へなめらかに突っ込んでいる生木の柱。実際に見ると大きい。直径30cmはあるか。木肌からするとこれがカシだ。ということは庭から見えたあの葉はこの木から生えているということ。つまり

「この木、床も屋根も貫いて茂ってる」
「すっげぇな。雨漏りしてそう」

 作事刑事が隣に並び、木肌の感触を楽しむように撫でる。子供のように微笑んでいるが、ぼくと釣瓶氏は顔を見合わせた。お互いになんとなく頷く。これは胃の痛い案件だろう。市の財産になるかどうか。

「そこも含めて拝見します。春日井さんは撮影を」
「りょーかいです。先生は?」

 彼女はわざとらしく先生と呼びかけながら微笑む。少しの苛立ちとくすぐったさを感じながら、ほこりよけのキャップをかぶった。

「床下から天井裏まで見て回ります」
「お気をつけて先生」

 外へ向かう彼女を尻目に事前にもらっていた図面を展開する。ARグラス上でフレームが広がり目の前の壁や柱に重なっていく。診断のためにはまず、手元にある情報と現場が間違いなく一致しているか調べなければならない。

 だが図面で壁となっている部分に壁が無かったり、何もないはずの場所に柱が生えていたりと、いきなりつまずいた。この図面からずいぶんと改修が施されているらしいことが見て取れた。

【続く】

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