近未来建築診断士 播磨 第3話 Part4-2
近未来建築診断士 播磨
第3話 奇跡的な木の家
Part4 『中間報告』-2
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『調査を続けるという点について、私も賛成です』
思いがけないところから助け舟が出た。AIヨシノは空中のレポートを分解、再構築してジニアスの解析結果図表を並べてみせる。
『ミヤモリ。ジニアスは植物の遺伝子解析をしていませんが、なぜですか?』
「ああ、それは予算の問題です。ぼくの使用権では彼の作業時間を確保できなくて」
『わかりました』
報告書の横に桜の花弁を図化したエンブレムが浮き上がる。その下にヨシノのチューリング機関登録番号が表示された。淡い色の花が、誇らしげに光を放った。
『じつは本件に関してジニアスから連絡を受けました。彼がミヤモリに紹介しようとした者は、この私です。植物の解析は私が行います。費用は警察が負担するでしょう』
「おいおいうちの財布か。ボスへの説明は考えてあるのか?」
作事刑事が抗議の声を上げるが、どうやら形式的なことのようだ。半笑いの表情から、彼女の返答をすでに予期しているらしい。
『調査情報としてどのみち必要になります。その結果をミヤモリに開示することも問題ありません。彼が建築関係知識を持ち合わせる有識者なのは、ショウジも認可しています。』
やれやれとでもいいたげに刑事は頷き、こちらに肩をすくめて見せた。
「まったく仕事熱心だこと!
そういうわけだ。もうちょいお付き合い願えるかな。播磨くん」
「釣瓶さんがよろしければ」
「もちろん結構です。私としては、播磨さんのお名前で納得のいく報告書を作っていただけるのが望ましいので」
警察の報告書では市にとって障りがあるということだろう。なんにしろ渡りに船だ。このままわからずじまいで終わるかと思っていたが、まだもう一仕事できるらしい。心情的にも事務所会計的にもありがたい。
少々重くなっていた部屋の空気を、作事刑事が手を叩いて震わせた。
「そうときまりゃ次の一手だな。その業者ってやつはどう調べる?」
「釣瓶さん、何かご存知ですか」
「以前の持主は不動産会社です。ただ倒産していますので、担当者を見つけられるかどうか」
「そこはヨシノが追跡調査できる。他には?」
それはもちろん、植物とナノマシンの出所だ。明らかに改造の痕跡が認められる以上、何処かの施設が使われたのは間違いない。
「植物とナノマシンの改造をどこで行ったかが問題です。法に触れる仕事を進んで引き受けた者がいるかもしれません」
「それはどうでしょう先生。こんな一軒家のためにそこまでする人がいるでしょうか?」
春日居燕が写真を並べながら首を傾げて見せた。
「なんというか、とても儲けが出るとは思えないのですが」
『ツバメの言うとおりです。ナノマシンにせよ遺伝子改良植物にせよ、大学や企業等の研究施設が数年がかりで行う事業です。今回の件が一例とはいえ、同様の使い方をしたとしても投資を回収することは難しいでしょう』
「ですよねぇ。なんというか、儲けることが目的ではない印象ですね私は」
眉間にしわを寄せるその姿は、まるで自分の懐具合を心配しているようだった。
彼女の印象はさておきヨシノの推測が正しければ、この家の施工者は儲けを度外視している。金銭が目的でないとすれば、それは何か。
この家を実験場扱いしていたのかもしれないが、正確にそれを知るためにはやはり、物件を担当した関係者から聴くほかないだろう。
ヨシノの調査を待つほか無いというのが、この場の結論になりそうだ。
【続く】