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近未来建築診断士 播磨 第3話 Part4-1

近未来建築診断士 播磨

第3話 奇跡的な木の家
Part4 『中間報告』-1

【前話】


「報告は以上になります」

 外光遮断モードの薄暗い窓ガラスはおぼろげな光しか通さない。市役所会議室の薄暗い天井を睨み、作事刑事はうなり声を上げた。釣瓶氏はその横でしきりに顔を拭いている。

「残念だな。あの風呂は気に入ってたのに」
「播磨さん、害はない、とのことでしたが・・・?」
「はい。検査において確認しました」

 市役所ARシステムにあげられた報告書をパラパラとめくり、作事刑事は難しい顔をしている。植物に関するページで手を止めると、制服の襟を指でなぞった。

「ヨシノ、聞いたか?」
『はいタケシ』

 春日居と釣瓶氏がぴくりと動いた。声は部屋据付けのスピーカーから聞こえてくる。静かな女声だ。ヨシノと呼ばれたその声は淡々と続けた。

『検査担当はジニアスです。こちらでも内容を確認しましたが、間違いはありません』
「そうか」

 作事刑事は、普段の穏やかな物腰を忘れさせるような厳しい目つきで天井を見上げた。かと思いきや背筋をただし、制帽をかぶってまびさしを下ろした。おそらくディスプレイになっているのだろう。そのまま何もないテーブルの上でキータッチをはじめた。

「ここからは俺の仕事になるかな。市への報告書はこっちでまとめるよ」
「作事さん、ひとつお聞きしたいことが」

 横に座っていた春日居が身を乗り出した。思わず顔を覗き込む。だが彼女は真っ直ぐ作事刑事を見つめていた。

「作事さんは今回の物件に違法性があることについて、予感というか、なんというか。そういった予測はお持ちだったんですか?」
「いや、無かった。この報告書見るまでは想像もつかなかったな」
「そうですか・・・」

 なお食い下がろうとする春日居の服を、机の下から引っ張って止める。ぼくはまだしも、彼女が作事刑事に探りを入れるのはまずい。しかし、言いたいことはわかる。

 いまの女声はおそらく警察官支援用AIだ。それを同伴してこの会議に参加していたということは、事件性について話題に出ると確信していたからではないか。

 だがそうだとしても、こちらに言うべきことは何もない。警官である彼が認めたのだから、ここからはぼくの出る幕ではない。

 釣瓶氏と目があう。彼は青ざめた顔を縦に振って見せた。

「内容はわかりました。細かく調べていただきありがとうございます」
「いえ、ご期待に沿えず・・・」
「違法性の疑いがありますので、ここからは作事さんに表立って頂くことになります。ですが、市としてこの建物がまったく利用価値がないと判断するには、まだ情報が不足していると思います」

 ARに各資料が浮かび、釣瓶氏がそれを指差し辿っていく。作事刑事はそれを見ずにタイピングを続けていた。隣の春日居は刑事を注視している。それに構わず、釣瓶氏は続けた。

「事実関係が不明なのです。これほどの手間がかかる改修を誰が、なぜ行ったのか。それがわからない限り、市としては報告書を受け取るわけにはいきません」

「ナノマシンが活動停止しているとはいえ、未認可の素材を使用している。まだ周辺への影響がないとしても、ただちに解体するべきじゃないか?」

 作事刑事が咎めるような視線を向けても釣瓶氏はひるまない。自信なさげな姿勢はそのままに、強い口調で続けた。

「ええ。直ちに住宅の封印を行います。しかし調査は続けます。ここで作業を止めて警察に任せきりにすることはできません」

 驚いた。その言葉が彼から出てくるとは。その思いは作事刑事も同じだったようで、驚いたような顔で釣瓶氏を見ている。視線に気付いたのか、氏はさらに猫背気味に縮こまった。

「あ、いえ。市として資産価値があると判断して差し押さえたものが、まったくの価値なしとなると、市民に説明がつかないものでして」

 そういうことか。
 ぼくが建物を活かしたいのと同じように、彼にも役人として守らなければならない一線がある。ここで警察に全てを移管することはない、というわけだ。

【続く】

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