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近未来建築診断士 播磨 第3話 Part3-5

近未来建築診断士 播磨

第3話 奇跡的な木の家
Part3 『解析』-5

【前話】

 春日居燕がカーテンを開けると、大学のキャンパスが目の前に広がった。冬枯れの林に囲まれる敷地は学生でにぎわい、その頭上を配達ドローンが飛び交っている。

 事務所からさほど遠くないこの大学は、会議室や研究室、実験機械の貸し出し業務も営んでいる。それを用いて『木の家』から採取したサンプルをいくつか持ち込んで解析し、ジニアスに確認してもらうことにした。

 白く輝く金属パネルに覆われた分析器は静かに鳴動するだけで、ぼくやリサイクルショップの持つそれよりも格段に静かだ。そんな中、ジニアスが検査結果を示した。

『まず結論から申し上げます。警察に連絡なさったほうがよいでしょう』
「物騒だね。理由は?」
『ナノマシンと遺伝子改良株の無断使用です』

 ジニアスはこちらのARオフィスに試料の解析結果を載せる。ツタが2種類とスギのDNA解析結果。樹脂片の解析とそこから判明した壁紙材と接着剤の製品情報。そして、ナノマシンの三面図。

『このナノマシンは分解能をもつ流通品を改造したものです。この改造は未登録であり、使用した場合は刑事罰が課せられます。また植物についても遺伝子改造の痕跡がありますが、カタログデータと一致しないためこれも違法改造ということになります』
「そのまえに」

 横合いから春日居が割り込んできた。

「安全性は?そこも改造されてたりするの?」
『ナノマシンの改造は分解能に限られています。人体への保護機能はナノマシン、植物の双方共に特許仕様の通りです』

 思わず2人で顔を見合わせ、安堵のため息をつく。危険性は無いわけだ。

「で、壁紙は普通のものか」
『はい。一般的な環境対応壁紙です』
「せんせー、環境対応壁紙ってなんか違うの?」
「ゴミ処理場での微生物分解に対応した認定品ってこと」
『調査の結果、このナノマシンはその微生物分解と似た性能を持ち、かつ助長する作用を備えているようです』

 やはりナノマシンは既存の建材を分解するために用いられたようだ。ジニアスが用意してくれた拡大画像は、ナノマシンがこれらの建材を切り取るように分解していく過程を説明してくれている。

「植物の改造目的はわかりそうか?」
『仮想空間での擬似育成実験が必要なレベルです。申し訳ありませんが、これ以上の調査は一般使用契約では対応しきれません』

 ジニアスのエンブレムがうな垂れるように傾く。だがこちらとしてもこれ以上調査に予算は使えない。それどころか、一ランク上の使用契約なんて事務所の経費では到底まかなえない。違法性が見つかっただけでも御の字だ。

『かわりと言っては何ですが、安価に対応可能なAIを知っています。ご紹介しましょうか』
「いや。ひとまずはここまでにしよう」

 市がどこからあの家を手に入れたかはわからないが、元の持主はあの家を違法改造していたということになる。この改造で生まれる資産価値は無いに等しい。悔しいが、これであの家の処遇は決まったようなものだ。すぐにでも湿潤処置され、解体となるだろう。

 報告しなければならない。違法性のある案件にこれ以上、市が予算を出すとも思えないからだ。こちらの独断で調査を進めて代金がもらえない、なんてことになりかねない。報告し、それが通ればこの仕事は終わるだろう。

 だがせめてその前に、わずかでも知りたい。元持主はなぜここまでしてこの家を改造したのだろう?

 それを知るためには植物の改造目的を知らなければならない。だが調査のための予算は、ないも同然だった。

【続く】

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