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近未来建築診断士 播磨 第4話 Part3-3

近未来建築診断士 播磨

第4話 無自覚な従僕たちのマンション
Part.3『資料確認』 -3

【前話】

 夜半過ぎに春日居が旅行用カバンを持ってなだれ込んで来た。

「店から借りてきた。これでマンションを攻略する」
「攻略」

 オウム返ししつつ、開かれたカバンの中身に目を奪われた。

「とりあえず、玄関で店広げるな。中でやろう」
「いいの?業務時間外でしょ?」
「それを気にするか。こんな時間に来といて」

 仕事場の床に電磁波遮断布を敷き、道具達を並べる。可変自走ロボットが大小2機。小型の断層撮影機1。センサー類内臓グローブ2セット。樹脂型マスターキー。なんらかの発信機。端末その他。

「作戦を考えたんだ。穴があったら指摘してほしい」
「じゃあ早速。攻略とか作戦ってなんだ」
「もちろん、理事長や居住者が隠してる建物の真実を暴く」
「ムラ意識は誰にでもある。自分の住処を侵されたくない気持ちは、ぼくやきみだって同じだろ?」
「あの態度は過剰、いや異常でしょ」

 言いながら彼女は指揮棒のように指先をふって仕事机に腰掛け、足を組んだ。気炎を上げるその姿に、ちりちりとした不安感を覚える。

「仮説を立ててみた。建物は人を変える。ヤモリも認めたでしょ?」
「症例も集めた。実際に起きたことだね。でもそれは原因の一つであって…」
「それは置いといて、あの建物はきっとそういう設計ミスがあるんだよ」
「だとしら管理システムが計測して、理事会に警告が行くはずだ」
「当時の施工業者がミスを隠すためにセンサー配置をいじくってるかもしれないよ」

 確かに。いかに管理システムがよく出来ていても、センサー配置が不適合であれば意味がない。図面にはセンサー配置も載っているが、現場がその通りに出来ているとは限らない。

「というわけで、あのおっさんには却下されたけど調査機械をありったけ持ち込む。それで図面と現場の違いを調べればいい」
「どうやって持ち込む?カバンを持って入るわけにはいかないだろ」

 持ち込めるのは端末とカメラがせいぜいだ。カメラにありったけアタッチメントをのせるつもりではいるが、それも出入り口で拒まれるかもしれない。

 だが彼女はにやりと笑って図面を中空に呼び出した。

「ゴミ収集所。あれの搬出コンベアが屋外まで伸びてる。調査予定日をゴミの日にあわせて、回収車が来たときにコンベアに荷物を貼り付けて室内へ入れる」

 3Dのゴミ集積室と外部の車寄せを指でなぞってみせる。彼女の言うとおりベルトコンベアは屋外につながっており、図面で確認するかぎりそのコンベアダクトは広い。ここなら荷物のやり取りができそうだ。

「よく思いついたな」
「ゲーテッドコミュニティで経験済みなんでね。ヤモリ先生ならご存知でしょ?金持ちのための城郭都市」
「ああ…そうやってスパイの真似事してたのか」
「役に立つでしょ?」

 そう言って彼女は笑顔を深めた。

 ゲーテッドコミュニティは彼女が言うほどセキュリティ過多の街区ではない。普通ならば、住宅地の入口にゲートが敷かれ、街区周囲に柵がある程度だ。だが彼女が狙っていた政治家や企業重役の住まうエリアはそれなり以上の警備だったろう。

「さらに今回はプラスアルファ。立入禁止食らった11階のデータセンターも調べる」

 そう言って可変自走ロボットを取り上げる。平たい筆箱のような胴体に伸縮、収納可能なローラー脚が4対ある。

「屋内にモノレールあるでしょ?あいつにこれを貼り付ける。図で見る限り…」

 春日居が操作するより先に3Dマンションを回転、切断し、屋内モノレールの経路を色付けする。その経路は各住戸の荷受ボックスをはじめ、各階を縦横に走っていた。

「モノレールはサーバーセンター内に入れるようになってる。レール伝いにコイツを滑り込ませて室内を拝見するってわけ」

 受け取った資料にはモノレールの経路と運転計画も含まれていた。それによるとサーバーセンター内へは特別な配達か定期メンテナンス以外で車両の出入が行われていない。

 しかしセンターへのレール分岐点までは頻繁に車両が行きかっている。11階の天井裏に設けられたレールは、同階への搬送路の基幹部分なのだ。分岐点までモノレールに便乗し、あとは自走して室内に入るというわけだ。

 ざっと監視カメラ設置位置図と照らし合わせてみる。モノレールに関してはカメラ監視されていない。だがゴミ集積所は内外共にカメラがあった。

「そこのクリア方法は考えてある」

 口を開こうとした矢先に、春日居の投げたホログラフが目の前にすべりこむ。監視カメラの撮影範囲を示したそれは、当日のごみ収集車の動きとぼく等の動き方を示した計画書だった。

 車両により視界が制限される瞬間、カメラ視界外から荷物搬送用ロボをごみ収集車の下から滑り込ませる。ベルトコンベアは回収車に半ば接続されるような形になるため、ベルトの裏側は死角だ。そこにロボが張り付いて室内に向かう。

 ゴミ集積室ではぼく等が撮影に入ってカメラを邪魔する。片方がカメラの前に立っている間に荷物搬送用ロボを回収して立ち去る。

 成る程。床に転がる自走ロボを見る。ロボはそのボディがムカデのように分節している。これならコートの内側で体に巻きつけて隠せるだろう。

「問題は設置と回収か」
「連中、監視役つけるかもしれないしね。その時は手品式でいこう。ヤモリが帽子。帽子が派手に動いている間に、ウチは鳩を死角に忍ばせてる」
「ぼくが囮か」
「そだよ。あくまで実行犯はウチだ。何かあったら、ウチの責任」
「それはないだろ。春日居はぼくの部下なんだから」

 これは契約違反行為ではない。契約主はあくまで町会のほうで、理事会ではない。理事長に対しては嘘をついたことになるが、町会の求める契約内容のためには必要な調査だ。どんな結果になろうと、出来る限りのことをやる。それも、ぼくの責任においてだ。

「機械のリース料金、見積書作っといてね」
「もうできてる。見る?」
「計画のチェックと併せて、明日にしよう。今見るとたぶん寝れなくなる」

 ■

【続く】

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