ザ・トイボックス・フォー
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ハニー、ごめんね。我慢できなかったんだ。
たまには銃声と怒号とマーシャルアーツの世界に身を浸してみたかったんだ。
(パルプの波動に身悶える男の独白より)
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逆噴射小説大賞応募作品より着想を得て
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「アルティジャーナ、ゴー」
イシリ・クラカがインカムに呟く。それは戦車型が国連軍のトーチカに砲撃を浴びせるのとまったく同時だった。
それを合図に、ぼろぼろのバイクにまたがったレディ・アルティジャーナが突っ込んでいった。
速度はぐんぐん上がるが車体の揺れはそれに比例して増し、彼女を振り回す。だがそれを気にかける様子はない。レーダー拡散塗料を塗りたくったライダースーツで頭の天辺からつま先まで武装した彼女は、一直線に戦車型へ向かって加速していく。
砂漠に飲まれかけた道を蹴立て、砂塵と瓦礫を巻き上げながら疾駆していく。戦車型はいまだそれに気づかず、ゆっくりと走りながら主砲で塹壕を攻め立てていた。
はじまっちまった。廃ビルの屋上でひそかに歯を食いしばる。隣に控える男は涼しい顔で双眼鏡を覗いている。
おれは、数瞬後にスコープの中で赤黒いシミが広がらないかと冷や冷やしていた。
戦車型はその名の通り、生身一人で狩れるはずもない機械の灰色熊だ。
くすんだ灰色の装甲版に覆われ、自己修復八連多輪であらゆる地形を走破する恐ろしいゴキブリ。カメムシのような平べったい砲塔から四角い砲身が伸び、獅子隊の塹壕を睨んでいる。
大きさは小型車程度だが、装甲の下に隠した迎撃機銃を四方に備え、近接戦を挑む人間をクズ肉に変える。
だが隣の新入りは、そんなことは百も承知だと嘯いた。
やはり止めるべきか。引き金に力をこめる。標的はジャナ姐さんのバイク。ここで足を止めさせれば最悪、大怪我で済む。
「弾を無駄にしないでくれ。パドゥ・ルカ」
息を呑んだ。まさに引き金を落とす、その瞬間にクラカはおれの銃に手をかけていた。
「アルティも危険性はわかっている。それでもやると決めたんだ
同時にこれは俺の能力テストでもある」
手の動きは見えなかった。銃に手をかけるときも、そしていま銃から手を放したのも。
その間にも彼女は速度を上げていく。もはや戦車型の射程圏内だ。
戦車型が側面からの接近に気付き、迎撃機銃を展開する。
昆虫が鞘ばねを広げるように装甲を開き、小型機関銃が火を噴く!
断続的な光の線が、ジャナ姐さんに殺到する。
当れば即死の光飛沫。それを掻い潜るように彼女はアクセルをふかして加速し、蛇行し、突き進んでいく。速度を殺されないように。
咄嗟に引き金を絞った。俺の番が来てしまったのだ。
左目は銃越しに廃墟と化した大通り全体を見渡し、右目はスコープ越しに一点を見つめる。口を開け、彼女を撃ち続ける迎撃機銃を!
一発、二発、三発。銃声が屋上に響き渡り、反動が全身を振るわせる。
成果はスコープを用いずとも確認できた。戦車型の迎撃機銃が明後日の方を向き、ひしゃげている。
「イエスッ」
「よしッ」
知らぬうちに、傍らのクラカと同時に叫んだ。
これで防御はしばし、お留守だ!
彼女は最後の加速に入った。ぼろバイクはもはや質量弾となって戦車型を目指す。クラカは相変わらずの声音でインカムにささやいた。
「イーメル、ゴー」
轟音。振動で大通りに砂塵が立つ。
戦車型の前方数メートル地点にうずたかく積もる瓦礫が吹き飛び、中からボロボロのブルドーザーが突出した。発進したのではない。吹き飛んだのだ。
イーメルたちガラクタ漁りが仕込んでいたブービートラップ。熱源を持たない質量の塊が、戦車型のレーダー視界外から殴りかかる!
だが敵もさるもの。戦車型は8輪のタイヤで砂を噛み、これを回避する。あの走行性能ある限り、戦車型を獲物にすることはできない。
だが、その軌道が、ちょうどぴったり。
「よし。はまった」
イシリ・クラカが改心の笑顔で呟く。同時にジャナ姐さんがバイクを蹴って、飛んだ。
騎手を失ったバイクは瓦礫でバウンドしたかと思うと、ちょうど目の前に滑り込んできた戦車型に向かって、時速200km近い速度で衝突した。
戦車型が浮いた。
急制動に加えて横からの質量弾。片輪が完全に地を離れた。
そこを狙い、姐さんは文字通り飛び込んだ。バイクを蹴り、空中で腰から得物を抜き放った。
それはイシリ・クラカ謹製の、ワイヤー型溶断剣。
通りに獣のような一喝が轟く。
使い捨て電池が単分子ワイヤーを青白く焼き、一振りの刃物に変える。
そして彼女は、砲塔を切り飛ばした。
長い砲身と砲塔が一緒になって宙を舞う。それが放り投げられた棒つきキャンデーを思い出させた。
だがそちらを見たのは一瞬のこと。おれはすでに穴を見ていた。
砲塔がなくなり、ぽっかりと口を開けた戦車型の車体を。
構えたランチャーの引き金を引く。間の抜けた音と共に冷凍弾が発射され、山なりに飛んでいく。そして綺麗に、戦車型の穴に入り爆発した。
「ホール、イーン・・・ワァン」
戦車型の背後ではまたも煙が上がっている。姐さんの着地あとだ。同時に首を失った戦車型から白い煙が噴出し、その足を止めた。
周囲の廃ビルから小さな人影がわらわらと姿を現す。廃品漁りの子供らだ。相変わらず素早い。あっというまに戦車型に取り付き、解体をはじめた。
そこへ、砂煙を掻き分けてアルティジャーナ姐さんも合流した。パラシュートを引き摺り、両足からショックアブゾーバーを引っぺがしながら。子供らがそれに気付くと彼女に駆け寄り、手を貸した。
彼女はガスマスク姿のイーメルとハイタッチする。続けて周りの子供らとも手をたたきあった。
「成功だな」
「ほんとかよ?あの冷凍弾で殺しきれたと?」
「自爆は防げた。少なくともバッテリーとジェネレーターは無事だろうな」
「へぇ・・・」
だとすれば、今日のあいつらはバカにならない収入を手にしたことになる。そしてその戦利品は、銃持つ俺達にまで恩恵をおよぼすだろう。
クラカが戦車型の解体に加わるべく駆け出したのを見届け、ランチャーを下ろした。
ビルの屋上から周囲を見渡す。
空は晴れ。地上の朽ちた街並みは今日も変わらない。やつ等の襲撃であちこちから煙が上がっているが、なんとかやり過ごせた。
彼方の砂漠を、かの『列車』が走っていく。無限軌道で荒野を切り裂き、ビルや人家を轢潰しながら。その周りには雲霞のような無人機軍がはびこっていた。
あれを、潰す。おれ達だけで。
それが可能だとイシリ・クラカは言った。
「怪しいもんだぜ・・・」
そう言いつつ、顔のニヤケを止められなかった。総身をぞわぞわと期待感が駆け巡っていった。
【つづかない】
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