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期末試験範囲と、あの子のメッセージ

■第一回かぐやSFコンテスト応募作

 夕暮れ時、テルヒコは家路を駆けていた。人気のない農地沿いの道を蹴って走ると、彼の前にハードルが現れる。リズムをつけてそれを飛び越した途端、障害物は股下で光の塵になって消え、視界の隅の得点欄が上昇した。

『OK、今日の体育ノルマ達成です』

 少年は勢いを緩めずに障害物走を続ける。バイザー隅の数字は動かない一方で、AR障害物は花火のように弾けて行く。行く手に人影が見えてようやく、彼は足を止めた。

 前から少女が駆けてくる。体操服にジャージを羽織り、その目元はバイザーで覆われていた。

「コヤケ、脇道ない?」
『他所様の私道しかありません。通っちゃだめですよ』

 少女が短い髪を揺らして走り来る。
テルヒコは一呼吸置いて踏み出した。先程の勢いとは程遠い、のろのろとした足取りで。

 少年の脇を少女が飛び去る瞬間、互いの視線がグラス越しに交わる。
彼女は着地の勢いのまま、くるりと回って少年の背後に立った。

「ミタカだよね」

 淀みなく自分を呼ぶ声に振り返ると、日焼けしたような浅黒い顔の少女はふわりと口元を緩ませた。

「ひさしぶり」
「……イデ?」

 二人同時にバイザーを外した。テルヒコは少女と一瞬目を合わせ、顔を伏せる。一方で少女は首を傾げた。

「おでこ、どうしたの」
「え、ああ。帽子のゴムがきつくて。国語の先生が給食センターにいるから」
「そっか」

少女は小さく頷くと、バイザーを首から下げた。

「いま帰りでしょ?行こ」

 少女に促されるまま、テルヒコは歩き出した。

「2年になってから会ったっけ」
「いや」
「クラス名簿、見た?」
「見てない」
「また同じクラスだよ。ミタカの席は廊下側の最後尾」
「そうか」

 二人はゆっくりと歩いていく。少女もテルヒコもお互いの顔を見ないものの、声音は穏やかだった。

「この前のテスト、23位だったよね?」
「……なんでわかった」
「男子がみんなに声掛けして名簿と照合してるの。順位には興味ないけど、参加しないと面倒で」
「イデは何位?」
「言わない。でもミタカには負けた」
「そっか」

 テルヒコは小さく息をつき、顔を上げた。

「ミタカはずるい」
「ずるいって、何が」
「仕事しながら勉強してるのに、あっという間に追い越すんだもん」
「学校がムダなんだよ。外に邪魔な奴らはいない。先生は良い人ばっかだし」
「そうなの?」
「社会と算数は大工さんに教わってるけど、めっちゃわかりやすい。今日会った先生も面白かったよ」
「……いいな」

 テルヒコはイデの顔を盗み見た。わずかに俯いていた少女はそれに気づくと、少年の袖を引く。

「先生紹介してよ」
「え」
「私も外で勉強してみたい」
「急には、無理だ」
「正式登録はそうだろうけど、仮とか見学とか。無いかな」

 テルヒコはイデの手をどけようと腕をあげ、すぐに下ろす。視線が山や畑を彷徨い、最後には彼方の学校にたどり着いた。

「コヤケに相談してみる」
「うん」

 中学一年の冬。多数派に目をつけられたテルヒコはあっというまに成績と出席日数を減らした。せめて授業には追いつこうと教室から配信される講義を受けるも、チャット欄や誰かの投影したホログラフがさらに彼を傷つける。

 そうして登校はおろか勉強からも離れたまま3学期が過ぎようとしていた頃、彼の両親が大きなケースを持って帰宅した。中には両眼を覆う大型バイザーに耳朶を挟み込むイヤーカフス。

 言われるままそれを装着したテルヒコの耳に、心地よい女声が木霊した。

『こんにちわ、テルヒコくん。私はコヤケ。よろしくお願いしますね』

 学校施設に準じる広域教育特区制定とそれらに関する法律、略称『学広区』。この区域内で資格を持つものは、制度に登録した生徒を受け入れることができる。都市が校庭であり校舎。あらゆる人が教師。生徒はその中で場所を選ばず自由に学ぶことができる。

 これらを学習指導要領に基づく教育計画に組み込んで運営するのが、国家登録人工知能の一つであるコヤケだった。

 システムは徐々に浸透しているとコヤケは言う。だがテルヒコは教育者にあたる人々をメディアで見かけることはあっても、生徒については聞いたことすら無かった。

 しかしコヤケと共に学びはじめてすぐにわかった。集団で暮らすことに苦痛を感じない者はこの制度の必要性が理解できないのだということを。
そして生徒たちの情報が公にされないのは、彼らをそんな者たちから守るためでもあるのだ。

 テルヒコは自宅に帰り着くと、玄関の保管庫にバイザーとカフスを突っ込んだ。汗にまみれた黒髪をつまんで顔をしかめると、早足に浴室へ駆け込む。

『試験結果が張り出されましたよ』

 天井から声が響くと、浴室の壁にオフホワイトの建物が投影される。宙に浮く電光掲示板や校庭に並ぶトロフィーの林。レクリエーションとオンライン授業のために用意されたVR中学校舎だった。その仮想校舎をテルヒコのアバターが駆ける。少年の似姿はコヤケの操作によって、一度も訪れたことのない自分のクラス前に到着した。

 現実と変わりない顔をした生徒アバターが数名、華やかな衣装で着飾っている。一方テルヒコのアバターは詰襟姿の上、幽霊のように透けていた。髪を洗うテルヒコがその光景を睨みつける。

 しかし画面が掲示板に移ると、その目が開かれた。中間試験成績発表と書かれたプリントには生徒の取得点数だけが表示されており、誰が何点取ったかはわからない。

 生徒アバター達が数字を指差して談笑している。その指先よりも上、学年20位あたりにテルヒコは自分の総得点数を見つけた。

 テルヒコは微笑み、頭から湯をかぶった。

『やりましたね』
「まだまださ」

 数日後の朝早く、テルヒコはイデを社会科見学の名目で給食センターに連れて行った。

 『学広区』に登録された企業は営業活動を授業とすることも珍しくない。実地学習に相当する軽作業に生徒を参加させながら、座学の内容を並行して行うのだ。

 この日、二人は母校に送られる給食を運搬しながら現代文を読んだ。

 二人のほかは誰もいない休憩室で昼食をつつきながら、午前中の復習や午後の予習を話し合う。
そうする内、イデは肩をすくめた。

「なんだか、学校より楽しい」
「だろうな。けどこれが普通なんだ。学校なんて、まともな人間が行く場所じゃない」
「悪いことばかりでも、ないんだけどね」
「そうかな?俺にはもう、絶対無理」

 テルヒコはそう言い放ち、食器の前にバイザーを置いてホログラフを投影した。宙に彼の教師である企業名がずらりと並び、横に金額が表示される。

「学広区って、成績報奨金てのが出るんだ。試験成績次第でボーナスもある。この金で高校登録資格だって取れる」

 テルヒコは歯を見せて笑ったが、イデは透明な瞳でそれを見つめるだけだった。慌ててバイザーをしまい込む。

「つまり、さ。学校なんて行かなくても済むってこと。このまま卒業して、社会にだって出れるんだ」

 少しの間、作業場から聞こえる機械の音だけが部屋に響いた。

「実は、ミタカを探してた」
「……どうやって?」
「体育のノルマリスト。位置情報は出ないけど、登録者が近くにいるかどうかはわかるから」
「それで、走ってたのか」

 テルヒコは溜息と共に頭を振る。対してイデは朗らかに微笑んで見せた。

「大丈夫。走るの好きだし」
「なんでそこまで」
「みんな心配してるから。シバタもキクチも」
「……二人には、今度会っとく。でもいま忙しいんだ」
「勉強が?」
「ああ。連中に無駄にされた時間取り返さなきゃだし。それに」

 バイザーを取り出して覗き込むと、中間試験の順位表が現れた。

「次の期末はトップ目指してるから。もしそうなったら名無しの権兵衛が1位だぜ。かっこいいだろ?」
「……面白いけど、それより私は戻ってきて欲しい」

イデは表情を変えないまま少年を見つめる。

「学校には、友達がいるんだよ。それって大切なことだと思う」

テルヒコはその視線を真正面から受け止めた。

「学校なんて」

 少女の透明な瞳に対し、少年のそれはたちまちに潤んだ。
眉間にしわが寄り、唇は震えた。

「大嫌いだ」

 テルヒコは無人の自宅へ帰るなり、保管庫にバイザーとカフスを放り込む。浴室へ入って洗面台に両手をつき、鏡の中の己を見た。

「コヤケ」
『なんでしょう』
「お前の役目はなんだ」
『貴方の望む学習環境を整え、勉強に専念してもらうことです』
「“それでもって社会の成員に相応しい人材を育成すること”だろ」

 テルヒコは天井を仰ぎ、乱暴に息を吸った。

「今日は楽しかった。イデと久しぶりに話せて」
『良かったじゃないですか』

 血走った目が少年を見つめ返す。

「お前、イデを連れてきたんじゃないか」
『急にどうしたんです』
「どうなんだ」
『そんなことできませんよ』
「そうか?」
『貴方の居場所は個人情報です。友達にだって明かせません』
「だな。建前は」

 鏡に背を向け、少年は天井スピーカーめがけて指を突きつけた。

「成績が上向いた。大人と付き合って、学校の連中とやりあう度胸もついたかもしれない。そんな時にイデが現れて、戻って来いだって。タイミングが良すぎる」
『偶然です。彼女は』
「イデにだけは言われたくなかった」

 少年は振り返り、真っ赤な目で鏡を見た。

「絶対に戻るもんか。群れの中で我慢するのは、もう嫌なんだよ」
『戻らなくていいんです。彼女が何と言おうと、貴方は思う通りにすればいい』

 その目からぼろぼろと、涙がこぼれ出た。

「イデと一緒にいたい。シバタやキクチとも」

 少年はそれを目の上から叩いた。

「そんなのどうでもよかったはずなんだ。社会に出て働いて勉強して、一人でやっていければ他人なんて要らないって、そう思ってたはずなのに」

 コヤケは応えなかった。家中に設置された音響機器は彼の一言半句を逃さず適切に応える。しかし激昂する少年に対し、AIは沈黙した。

 テルヒコは浴室から玄関へ駆け戻った。ウェアラブルデバイスを収めた容器を乱暴に掴み上げ、睨みつける。
 バイザーには着信表示が明滅していた。

【期末試験範囲と、あの子のメッセージ:End】
〈スペース抜き:3998字〉

■これはなんですか?

上述コンテストへの応募作品です。
テーマは”未来の学校”でした。

本テーマを見て真っ先に浮かんだのが本作になります。
仮タイトルは『闇の学校』です。

もう一つ『光の学校』も考えました。
第3次世界大戦で文明が崩壊した未来。ジャンク品をあさって大人に売るその日暮らしを続けるキッズグループがとある老人を拾い、その老人が子供達にとっての”先生”になるという筋書きでしたが、捻り切れなかったのでやめました。

■反省点

本項は執筆完了時6700字程度になり、そこから削除・描写変更により4000字以下まで刈り込みました。このため”作者の脳内では繋がっている描写だが読者にとっては突飛”な表現が全体を通して見受けられます。

またタイトルが長く冗長です。一目見てひっかかりを覚える、ごく短いものとするべきでした。

第1の問題点は数をこなし、完成状態からの変更が少なく済むようにすること。第2の問題点も数をこなすこと。

ようはプラクティスエブリデイだ。逆噴射先生の言葉を再確認しました。

以上です。
コンテスト最終選考が楽しみです。

サポートなど頂いた日には画面の前で五体投地いたします。