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フォトンライダーの逃走

「待って待って待って!」

 店長の溶接ヘルメットがヘッドレストに固定される。銃把のようなハンドルを引くと、二人そろってシートに押し付けられた。

 アシは前方数百メートル程の有機ジェル仮設壁へ加速していく。背後からはアーケイドクルーが3機、4本足の車輪を唸らせて追ってくる。2本のマニピュレーターがゴムパッドの指を伸ばし、こちらを掴もうと戦慄いた。

『その先は外だ。死ぬぞ』
「だってよ?!」
「売り飛ばされるのとどっちがいい?」
「う……でも」

 この速度ならジェル壁なんて簡単に突破できる。でもその後は?こんなボロ小舟で外を?

「アンタと心中したかない!」
「死なん。少なくとも2,3分は」

 それは長いのか短いのか。考えようとした時、船体の舳先がざぶりとジェルに突っ込む。数瞬遅れ、衝撃。ヘッドバンドとシートベルトが体を押しつぶすほど締め上げ、思わずえづいた。

 だが吐き気はすぐに通路の灰色とジェルの黄色共々、後ろに消えていった。目の前は黒一色。いや、星空だ。

 隣で店長が咳き込みながら操縦桿を操って船を回頭させる。そこには黒い壁があった。赤、緑、黄色。様々な光がそこかしこで明滅している、かすり傷だらけの黒色上面装甲板。生まれて初めて見る外壁。広すぎて、大きすぎて、頭に入ってこない。

 それよりも働くアーク達から目が離せない。8脚2腕のアーケイドクルー達が傷ついた装甲版の上を行き交っている。
 ああ、アーク。もう少しで手に入るはずだったあたしのアーク。

「まだ欲しいのか」
「当たり前。あんたが下手うたなきゃ今頃は」
「逃げるための足だろ?それならコイツで充分―――」

 店長がアクセルを踏んだ。ぐんとシートに押し付けられ、またも腹の奥からこみ上げて来た。

「いきなり何?!」
「虫だ!」

 店長の向いている方を見ると、うねる何かが星々を遮り漂っていた。眼下のアーク達も気づいたか一斉にマニピュレーターを掲げる。黒い宙から細く白い線が放たれた。

【続く】

サポートなど頂いた日には画面の前で五体投地いたします。