見出し画像

『新政の流儀』刊行記念トークショー書き起こし (前編)

4月17日に六本木蔦屋書店で開催された『The World of ARAMASA 新政の流儀』の刊行記念トークショーで話されていた話をまとめました。文章として読みやすいように、一部、私が意訳しています。前編は『The World of ARAMASA 新政の流儀』の裏話的な話です。

画像1

『The World of ARAMASA』が作られた経緯

馬淵 こんにちは。『The World of ARAMASA』を編集しました馬淵と申します。

佐藤 新政酒造の佐藤祐輔でございます。今日はお忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございます。このたび、馬淵さんから新政の特集本を作りたいという話があり、事実関係の間違いがないかの校正をやらせていただきました。このイベントにもお招きいただき、皆さんともお会いすることができました。今日はこの本の裏話的なことをお話しできると思いますので、短い時間ですが、楽しんでいってください。ありがとうございます。

馬淵 本がようやくできましたね。そして、皆さんの手に今日渡るわけですが、祐輔さん、どうですか?本ができあがった率直な感想は?

佐藤 お話しをいただいたのは1年ぐらい前ですかね?こういうのを作りたいので、協力してくれないかと、我々のほうに打診があったのは。

馬淵 メールの履歴を確認したところ、去年の4月2日にメールを送っていました。

佐藤 私どもの蔵との付き合いは8年ぐらい前からですかね?それから毎年来ていただいて。私どもの蔵については、ジャーナリストの中では一番ご存じの方なので……。

馬淵 いま盛ってもらいましたよね。

佐藤 うん。そうね。でも彼ならがっちりと書いてくれるだろうという安心感が、僕にはありました。それで私も校正的なことならできるので、しっかりと取材をして書いてくださいと、OKを出したんです。

馬淵 そうですね。僕がなぜ本を作りたいかと思い、祐輔さんにお願いしたかというと、8年前に取材で初めて新政さんに行かせていただいたんです。ちょうど木桶を導入するぐらいの頃かな?2013年?

佐藤 初めの4本の木桶が入ったのは2013年の9月くらいだから、その前後だったと思います。そういえば小関君が杜氏になった年だね。

馬淵 それで木桶の話などを伺って、翌年になると木桶純米蔵になるわけですよ。

佐藤 そうですね。でも2010年からとっくに純米蔵だけどね。正しくは木桶生酛純米蔵。

馬淵 生酛の純米蔵。山廃をやめたんですよね。

佐藤 そう。

馬淵 それで毎年行くたびに変わっているんです。蔵の中も変わっていますし、酒造りにおける醸造の理論も年々更新されていた。そこで祐輔さんになんで?っていう話を聞きました。

それを聞いて、僕の中で日本酒作りの美学みたいなものができあがっていきました。そこで、このタイミングで一冊作れないかと思いました。そもそも一冊全部新政の本というのがなかったんですよ。

佐藤 当然なかったと思うよ。はじめてだから。

馬淵 あってもよかったんじゃないかって、思ったんですよね。ないと思うから、祐輔さんにないよね?って聞くと、ないよっていうから、じゃあそれなら作りたいな。って思ったのがそもそものきっかけだったんです。

文化を醸造している

馬淵 それで新政っていえば、ご存じだとは思いますけど、安易に酒を造っているだけの蔵じゃなくて、「文化を醸造している」ってところが一番惹かれたところです。そういった取り組みをされている蔵っていうのはなかなかいないんじゃないかな?なかなかって言いましたけども、新政さんだけなんじゃないかな?

佐藤 まぁね。無農薬栽培とかね。先輩で発信されている蔵も秋鹿さんとかいてね。そういう方もリスペクトしながらやっているんですけど……。

馬淵 仁井田とかもね。(注:仁井田本家)

佐藤 そうですね。我々としては、木桶なんかは社運をかけて買い込んでいますし、なかなかそういうことって発信できていない。お酒がおいしければそれでOKなんですが、もっと深い楽しみ方をしてもらうためにも、これからの酒蔵は作る環境なども知っていただいてなんぼだろうと。思っているんです。

でも、ほんとは伝えづらいっていうかね。比較的、僕のところは、こうやって取材をしてもらう機会が多くて、こうなってます。ああなってます。って他の酒蔵さんよりは伝わってるのかな?とも思いますが、もっとこういうそれぞれのバックグラウンドに光が当たったら、他の蔵もね、そういうことだったら、我々の生酛を参考にしてみようとか、木桶を買ってみようっていう気持ちになったりするのではないかと。

そうすれば、より多様な日本酒ができるんじゃないかと思っています。なので、このお話があった時は同業者さんにもすごくいい影響を与えてくれるんじゃないかな?と期待していました。

ヴィジュアルを重視したい!

馬淵 祐輔さんにこの企画の話をしたとき、ご検討されたんですよね?当然ね。一番、最初に言われたのはヴィジュアルを重視したいんだっていうことです。うん、わかりました。って言ってからも、2,3回は言いましたね。「ヴィジュアルを重視したいんだよ。俺は」っていうのは。

かなりそこは思いとして最初から祐輔さんの中にあったんだな。っていう感じがしました。それはどういう思いからだったんでしょう?当然ヴィジュアルがいいに決まっているんですけど。

佐藤 自分の蔵で伝統技術を入れていったら、だんだん蔵自体が美しくなっているんですよ。だからこういう風になる前、私が蔵に帰ったときは、いろんな機械がありました。いまのように伝統産業のものを買う前には、会社が傾いていて、人が足りなかったので、機会なども買ったことがあるんです。

だからロマンティックな形で伝統産業のやり方をやっているわけではなくて、基本的にいろんな機械も使ってみた結果、手作りが最高のできになるからやっているんです。そういう意味では、機械があったときって、蔵見学って、機械の説明だけで終わるんですよ。これが洗米機で、これが放冷機で、これが製麹機で、これがサーマルタンクで。ちょっとそれは風情がないなと思って。

やっぱり作りの機械自体が同じになっているっていうのは問題だと思っています。そういう点では自分の蔵の木製品とか、手作りのところはとてもいいんじゃないかと。どれも酒造りをよくするためにやっているんです。衛生環境をよくしなきゃいけないこともそうです。そうすることで全体の環境がだんだん良くなってきました。

また、こういう木製品とか昔のものっていうのは絵的にも僕はとっても好きなんです。自分の蔵は僕でもかっこいいなって思いますもん。そう思わないですか?

馬淵 いいですよね。木桶蔵などはすごいですよね。ほんとに。だって、一般の方を見学に入れるわけでないから、観光のためでもないのに、わざわざお相撲さんみたいなやつをつけたりして。

佐藤 しめ縄のこと?

馬淵 そうです。そんなものをつけて装飾する必要がないじゃないですか。

佐藤 うん。あれは労務上の問題でもともと転倒防止のロープを張らなきゃいけなかったんですよ。でもそれはちょっとかっこ悪いなと思って、しめ縄にしたらちょうどよくハマった感じです。

馬淵 でも、それがかっこいいんですよ。そうです、表紙がそれですよね。

佐藤 でもね。やっぱりこうしていると、職人も敬虔な気持ちになりますから。ゴミ一つ落としちゃいけないっていう気持ちになるし、そういう神聖な空間で酒造りしてますっていうことが、言わなくても見ればわかる。そういうところを、お客さんにわかってもらいたいな。ということで、ヴィジュアルでいい写真でやっていただけたら、作っていただいていいですよって返事をしたんですよ。

The World of ARAMASAを撮った3人の写真家

馬淵 今回は写真家さんもけっこう錚々たるメンバーにご協力いただきました。本で写真家さんのプロフィールなりを紹介しようと思ったんですけども、ページ数とかスペースの問題で掲載できなかった。なので、今日は写真家さんのご紹介をしたいなと思います。

まず、この表紙を撮っていただいた方なんですけども、堀さん、堀清英さんっていう大ベテランですね。巨匠クラスになります。90年代のNYで過ごされていて、アレン・ギンズバーグとかを撮っています。

佐藤 あぁ、そう。海外のアーティストとかを撮られていたんでしょ?

馬淵 そうですね。デニス・ホッパーとか、特にビート系に強い方です。

佐藤 僕と話が合いましたよね。ずっとNYいたから。

馬淵 その話をずーっと2人でしていて、僕はついていけないから、ただ飲むだけっていう。

佐藤 大先輩ですよ。

馬淵 堀清英さんには人物のポートレイトと蔵の風景を撮っていただきました。

佐藤 人物の入ったものなど、基本的には蔵のポートレイトを撮ったんじゃないですか?あと人物。植松とか俺とか。

馬淵 最後のページに、どのカメラマンさんがどのページを撮ったのかはわかるようになっているので、そういうところに興味がある人は照らし合わせて、これは堀さんの写真なんだという風にみてほしいです。蔵の中だともうひとかたですね。今度は若手。

佐藤 そうそうまだ27かな?26?いや30か31くらいだと思うけど、相場慎吾君っていう。元々ファッションデザインをパリでずっとやっていて、元々なんで知りあったんだっけ?義理のいとこにショービジネスをやってる方がいて、その方のご紹介で会った方です。まさか後で写真の仕事をお願いするとは思わなかったけど……。パリで、サンローランってブランドで、エディ・スリマンっていうすごい有名なデザイナーさんの下でやってた。

馬淵 アジア人初なんじゃないかな?

佐藤 そうそう、それで、デザインをやってたんだけど、エディ・スリマン自体が写真を大好きで、その影響で写真を撮り始めたんで、じゃあやってみる?っていう話になり、話を振ったんだよね。

馬淵 先月、渋谷の西武で写真展をやってたので見に行ったんですけど、迫力がありました。

佐藤 彼は、製麹のところとかを撮った。モノクロで少し作品がかった感じ。すごい焦点をはっきりさせて、モノクロのアートっぽい雰囲気のあるやつは彼だよね。作りのほうは彼がけっこう多いんじゃない?

馬淵 そうですね。堀さんと半々くらいかもしれないです。あとは、第1章ですね。鵜養の風景写真などを。

佐藤 あと杉の写真も撮った?

馬淵 鵜養の風景の写真を切り取っていただいたのは、山形在住の松田高明さん。

佐藤 そうそう、山形在住で民族関係の写真を撮っていて、各地の祭りとか、風景とかを撮られている。6号酵母サミットっていうのがあって、それがなぜか山形でやっている。

馬淵 そうですね。秋田ではなくて。

佐藤 元々、山形政宗という蔵で働いていて、それを辞めて山形で酒屋をやってるいる方がいます。その人が6号酵母を好きなので、6号酵母サミットというのを山形で行っています。。6号酵母サミットの側の依頼で、会場の撮影をしていた人と、打ち上げで仲良くなったら、その人が民族の記録とか、歴史的な風景とかの写真集を出していた。それがすごくいい仕事をしていたので、それで鵜養の撮影をしてもらったらいいんじゃないかということで、馬淵さんにご紹介させてもらいました。

馬淵 鵜養は神様がいるなっていうのが、すごく感じられる土地なので、そこもしっかり、松田さんには切り取っていただけたなと思います。

佐藤 うん。はまりましたよね。本の内容があまりにも多岐にわたっているので、田んぼの写真撮って、蔵の写真撮って、森の写真撮ってとか、一人の写真家では対応できなかったかもしれないね。

馬淵 そうですね。

佐藤 各々の得意なところを、個性のある3人にお願いしたというか、3人ともうちの蔵とも仕事をしたことがあり、信頼できるのでどうぞという形でご紹介したら、はまった感じですよね。

馬淵 ほんと適材適所になりましたね。いまの話を踏まえて本を読んでいただければ、お楽しみいただけるんじゃないかと思います。

(続く)

後編は本以外の話です

https://amzn.to/3xpmxex



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?