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与えられたものとの付き合い方 〜アドラー心理学〜

みなさん、おはよう。こんにちは。こんばんは。

今回は、ざっくり言うと「与えられたもの」についてになります。

それではいきましょう!

みなさん、誰かになりたいと思ったことはありませんか?
「私は暗い性格だからクラスのあの人のようになれれば、、、」
「僕は家が貧乏だから彼の家に生まれてきたら、、、」
「自分は身長が低いからあの人のように高身長になれれば、、、」
など思ったことはありませんか?

きっと、ある人が多いと思います。
これらの目的が何なのか考えたことがあるでしょうか?
私が思うにこれらの目的は全て「あの人になれれば幸せなのに」に収束すると思います。

先程の誰かになりたいを例に挙げると、
「私は暗い性格だからクラスのあの人のようになれれば、明るい性格になって誰とでも仲良くできて幸せなのに」
「僕は家が貧乏だから彼の家に生まれていたら、欲しいものを買ってもらえて幸せなのに」
「自分は身長が低いからあの人のように高身長になれればモテて幸せなのに」
となります。
ほとんどの人が誰かになりたい理由なんてそれしかないだろ!と思っているでしよう。では、現実はどうでしょうか。

誰かになることってできた方いますか?
自分が知っている限りいないので、なれた方がいたらコメントお願いいたします。

いませんね。

ここからは与えられたものと不幸について考えていきましょう。

結論から言いますと、あなたが幸せと感じていないのはあなたが幸せでないことを選んでいるからです。

イラッときた方が多いですかね、、、
それでは、なぜそう考えるのか?私の考えを述べていきます。

あなたが不幸な理由として
・暗い性格
・貧乏
・低身長
があるとします。
これらはそう簡単に変えることなどできません。
つまり、与えられたものです。
アドラーは与えられたものについて、
「大切なのは何が与えられたのかではなく、与えられたものをどう使うかである」
と言っています。
この言葉について私を例にします。

私は人前で話すことがとても苦手です。人前となると緊張がすごく、声もまともに出ず裏返り、何を話していいかわからなくなる時が多くあります。これらは練習や慣れによって改善するかもしれませんが、根本的に考えると、
私は人前で緊張することを与えられました。
この与えられたものについて皆さん利点があると思いますか?
浮かばない人が多いと思いますが、私自身は人前で緊張するという与えられたものを使ってとても助けられています。
仕事柄、人前で話すことが多い私ですが、人前での緊張を
人前での緊張 = 伝える力 と考えています。
人前で緊張することがわかっている私は、事前に何が伝えたいかを明確にし、必要なエビデンスの追求や必要な知識の向上に努めることができています。
その結果として伝えたいことを伝えることができ、聴衆側の疑問も払拭することができています。
もし、人前で緊張しないことを与えられていた場合、私は何を伝えるかはその場その場で考えて、特にエビデンスもない素っ頓狂な発表をし、今ほど知識がないかもしれません。

私の例でわかる方が多いかと思いますが、与えられたものをどう使うかは自分自身であり、私以外の人が欠点だと思っていても使い方によって大きな武器になります。

上記で考えたあなたが不幸である三つに関しても
可能性としては
・暗い性格 = 落ち着いて冷静に物事を判断できる
・貧乏   = お金がなくても生活できる知恵や発想がある
・低身長  = 威圧感がない
など、与えられたものを武器にしている方もいるかもしれませんね。 

あなたが不幸の理由であると考えている「与えられたもの」は必ずしも不幸の理由ではないことがわかっていただけたかと思います。
与えられたものが不幸の理由でないならば、不幸はあなたが選んでいるかもしれませんね。

もちろん、環境等原因によりこのような考え方ができない方がいることもいらっしゃることも事実であり、一つの可能性としての話になります。

そして、そう簡単に与えられたものを幸せに更新できないと思う方が多くいることと感じます。
しかし、不幸だと現在思っている方がこのままでいいなんて決してありません。
少しでも幸せになりたいと思った方は次回も幸せについて多いく関わる部分となりますので、継続して読んでいただけると幸いです。

まとめになります。
・誰かになることは不可能である。
・与えられたものをどう使うのかは、あなたが決める。
・誰もが欠点だと思っていることは必ずしも不幸の理由ではない。

以上になります。最後まで読んでいただきありがとうございました。 

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