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【連載小説】新説 桃太郎物語〜第十八章  (毎週月曜日更新)

【第十八章 “死闘”の巻】

赤鬼はゆっくりと戦闘態勢を取りました。

それを見た桃太郎も刀を抜くと、静かに構えました。

究極の緊張感が支配するこの状況に、その場にいる誰一人として、声はおろか物音ひとつたてません…。

…、

……、

………、

…………、

……………ぴちゃっ

『…っ?!?!』「…っ?!?!」

岩場の露が落ちた音をきっかけに、桃太郎と赤鬼はお互いに踏み込みましたっ!?!

一瞬のうちに交錯する二人っ?!

赤鬼はその破壊的な拳を振るい、桃太郎は研ぎ澄まされた刀を振るいましたっ?!?!

物凄い速さで攻撃を繰り出す二人ですが、相手の攻撃は寸での所でかわしていますっ??!

『…こっ…、こりゃすげぇ…。』

『…目で追うのがやっとだ…。』

『…近づいたら巻き込まれてしまいそうな攻防ね…。』

猿、犬、雉も圧倒されています。

二人は互いに攻撃をやめ、一度距離を取りました。
『…さすがは赤鬼…。物凄い速さと攻撃の圧だ…。少しでも気を抜けば首が吹っ飛びそうだ…。』

桃太郎は言いました。

「…かくいうお前も、全てにおいて先ほどとは比べ物にならんな…。」

赤鬼もそれに答えます。

『まだまだ戦いは始まったばかり…。続きをやるとしようっ?!』

「…お前の力はまだまだこんなものじゃないはず…。望むところだっ?!」

二人はそう言うと、再び交戦を始めました。

戦さ場では先ほどと同様に、桃太郎と赤鬼による激しい攻防が続いているのでした。

…………………………………………………………………………………………………………………

その攻防がしばらく続いていると、犬がふとあることに気が付きました。

『…どうしたんだよ…犬っ??』

猿が尋ねました。

『…先ほどから…本当に微妙だが…。…桃太郎の剣の速さが赤鬼を上回り始めている…。』

『えっ?!?それってどういう事っ??』

雉も興奮気味に尋ねました。

『…桃太郎が押し始めているって事だっ?!?!』

そうです、先ほどから少しずつですが、桃太郎の攻撃が赤鬼よりも僅かに上回り、形勢を好転させているのです。

『いけるっ!』『いけるっ!!』『いけるっ!!!』

三人は同時に思いました。

攻撃を続けながら桃太郎は赤鬼に言いました。


『どうしたっ!赤鬼っ!??徐々に余裕がなくなってきてるんじゃないかっ?!?』

「……。」

『…このままいくと、時間の問題だっ?!?』

「………。」

『…答えないのは余裕がないせいかっ?!?!』

「………………。」

『…そろそろいかせてもらうっ?!?!』

「……………………。」

『赤鬼ぃぃ?!?!』

「…………………………。」

『もらったぁぁぁーーーーーーーーーっ?!?!?』

「っ?!?!?!」

……、

………。

桃太郎の渾身の一撃が…

しっかりと赤鬼の喉元をとらえました…

その刹那…

二人は動きを止め…

その場の誰もがそれに呼応する様にまた…

動きを止めるのでした…。


…………………………………………………………………………………………………………………

『…やっ、…やったか…??』

『…これで…、赤鬼を…??』

猿と雉は息を飲みながら状況を見守っています。

『…っっ…?!?…いやっ…待てっ。…何か…何か様子がおかしいぞ…。』

犬がそう言った矢先、

『…っがっ…、…がはっ?!?!』

苦しそうな嗚咽が聞こえたと同時に、突然桃太郎がその場に倒れ込みましたっ!よく見ると、桃太郎の腹に赤鬼の大きな拳がめり込んでいたのですっ!?桃太郎が赤鬼の喉元に見舞っていた刀も、力なく床に落ちました。

『ちくしょー?!?…何があったっていうんだっ??』

『…桃太郎の攻撃は確実に赤鬼の喉元をとらえていたのにっ??!?』

『…雉の言う通りだっ?!桃太郎は赤鬼の拳よりも確実に、先に太刀を見舞っていたっ?!』

三人が不思議に思っていると、桃太郎を見下ろしながら赤鬼が静かに口を開きました。

「…人間よ。お前の攻撃の速さには本当に感服した…。正直ワシのそれを凌ぐものだと認めざるを得ない…。…今までワシの早さを越えたのは、同じ鬼の種族も含めて誰もいなかった…。…先ほどの一太刀も、ワシの喉元を確実にとらえていた…、完璧な一撃だった…。」

『…っぐ…、…たっ…確かにお前の喉元をとらえたはずだった…。…でも全然手応えがなかった…。どっ…どういうことだっ…??』

桃太郎は苦しそうに起き上がりながら赤鬼に尋ねました。

「…お前達もワシの“力”と“速さ”は嫌でも実感したであろう…。…が、実はワシの能力はもう一つある…。…これだっ?!?」

赤鬼はそう叫ぶと一気に全身に力を込めました。するとどうでしょう。先ほどまで人間と同じ様な弾力のある肌が、鋼鉄の様に硬くなったではありませんかっ?!?

「そうっ?!?!それがワシのもう一つの能力…圧倒的な“硬さ”だっ?!?!」

そうです。赤鬼は攻撃を受ける際に、力を込めることでその部分だけを鋼鉄の様に硬くし、自らの体を守っていたのです。

「…今までワシの攻撃にここまで長く耐えられたものがいなかった故、防御に特化したこの硬さを披露する場がなかった…。如何にお前がワシよりも速く動けたとしても…この“硬さ”がある限り、ワシを貫くことは容易ではないぞっ?!?!」

『…マジか…。…それじゃあいくら攻撃しても無理じゃねぇーか…。』

『…そっ…そんなっ…。こっちの攻撃が先に当たっても意味がないじゃない…。』

『…くそっ…。』

猿、雉、犬は絶望に打ちひしがれながら言うのでした。

その時!?

一際大きな声が戦さ場にこだましましたっ?!?!?

『…だったらどうしたっ?!?!』

その声の主は桃太郎です。

『硬さがなんだっ?!?!硬いならそれが壊れるまで攻撃あるのみっ?!?!』

「…ほう。まだそんな元気があったとは…。やれるもんならやってみろっ?!?!」

『…行くぞぉ…赤鬼ぃぃぃーーー?!?!』

桃太郎は再度刀を握りしめ、赤鬼に向かって行きました。

…………………………………………………………………………………………………………………

桃太郎の怒涛の攻撃が続いていました。間髪入れずに何度も何度も刀を打ち込んでいきます。赤鬼は避けきれずに桃太郎の攻撃を受けますが、その都度体を硬くして攻撃を受け続けました。

赤鬼にはこの“硬さ”がある分、多少の攻撃を受けてもいい余裕がある為に、圧倒的に桃太郎の攻撃の方が当たっているのですが、数少ない赤鬼の攻撃の方が、桃太郎に確実に深傷を負わせていました。

『これじゃあきりがねえな…。』

猿がいいます。しかし、それでも桃太郎は攻撃をやめようとはしません。

『…このままだと…、先にこっちが力尽きるぞ…。』

犬が言います。しかし、それでも桃太郎は攻撃をやめようとはしません。

『…お願い…もうやめてっ?!もたないよっ?!?!?』

雉が叫びます。しかし、それでも桃太郎は攻撃をやめようとはしません。

それどころか、さらに激しい攻撃を繰り出して行きます。

「人間よっ?!?ここまで戦馬鹿なやつは初めてだっ?!?!こうなったらワシもお前に敬意を表さねばならんなっ?!??!」

赤鬼はそう言うと、先ほどまでは避けながら時折攻撃していましたが、桃太郎の攻撃は全て“硬さ”で受け止め、攻撃だけに専念し始めました。

桃太郎と赤鬼はお互い“防御なしの撃ち合い”を演じ始めたのでした。

『うおぉぉぉぉーーーーーーーーっ?!?!???!』

「ぐおぉぉぉぉーーーーーーーーっ?!?!???!」

桃太郎と赤鬼の撃ち合いはいつまでもいつまでも続いていきました。

…………………………………………………………………………………………………………………

撃ち合いがしばらく続き、桃太郎、赤鬼それぞれの渾身の一撃が空中でぶつかり合い、その衝撃で、お互いが後ろに吹き飛びました。

『…はぁはぁ……はぁはぁ……はぁはぁ…。』

「…はぁはぁ……はぁはぁ……はぁはぁ…」

桃太郎も赤鬼もどちらの死力をつくし、かなり息が上がっています。

『…赤鬼…。さすがに相当やるな…。』

「…お前こそ…。」

二人はここに来てお互い笑みを浮かべていました。

『…おいっ。あの二人笑ってねえか…。』

『…あまりにも戦いが激しくて…頭おかしくなっちゃたのかな…。』

『…いやっ。…多分あの二人はこの戦いを通じて何か通じ合ったものがあったんだと思う…。変な言い方だが…、お互いどこかで認め合ったというか…。敵味方関係なく…、純粋に強いもの同士の戦いとは…得てしてこう言うことが起こりうる…。』

そんな中、桃太郎は心の中で呟いていました。

『…強い…。…正直あれだけの攻撃を繰り返しても貫けないとは…。でも…絶対にどこかに弱点があるはずだ…。』

桃太郎は赤鬼をくまなく観察し、必死で考えを巡らせました。

「…ワシにいくら攻撃しても無駄だ。このまま続けても、お前が先に力尽きるのは必至…。」

『…悔しいけど…。これだけ攻撃してるのに…赤鬼には全然効いていないじゃないか…。』

『…本当…赤鬼にはしっかり攻撃が当たっているのに…。』

『…あれだけの連続攻撃でも、首筋に僅かにかすり傷を負わせただけで…、致命傷は一切与えられていない…。万事休すか…。』

『…………っ……。』

猿、雉、犬が言う様に、この状況はかなり難しいものと思われました。しかし、桃太郎の眼光は鋭さが増してきている様にも見えます。そして首筋に手を置くと何かを決意した様にもう一度体に力を入れ、一気に空気を吸い込み身構えます。

『…赤鬼っ?!いくらお前の身体を貫けないとしても…、諦めるわけにはいかないんだっ?!…もう一度行くぞぉぉーーーーーーっ?!?!?』

そう叫んだ桃太郎は、一気に赤鬼目掛けて突撃していきました。

…………………………………………………………………………………………………………………

再度、桃太郎の怒涛の攻撃が続いていました。間髪入れずに何度も何度も何度も何度も刀を打ち込んでいきます。

しかし、先ほどと決定的に違うのは、桃太郎の打ち込みが先ほどとは比べものにならない程早い為、赤鬼から攻撃する暇がなく、防御一辺倒になっているという事です。

「…くっ、…やるではないか…。…。」

赤鬼もこの連続攻撃には怯んでいます。しかし、やはり赤鬼の鋼鉄の肌は貫けません。それでも桃太郎は、その手を緩めるどころか、さらにその攻撃の速度を速めていきます。

その攻防がしばらく続いた後、猿が他の二人にだけ聞こえる小さな声で話し始めました。

『…なぁ、オイラさっきから気になってるんだけど…。…桃太郎のやつ…下段への攻撃が多くねぇか…??』

『…そういえば…。さっきまでは急所の多い上段への打ち込みばかりだったけど、今回はやけに下段が多い様な気がするわね…。』

『…確かに…。…もしかして…。下段の攻撃を多くすることによって、赤鬼の意識をそちらに集中させ、隙をついて上段に渾身の一撃を喰らわせる気かっ?!?』

『…でも犬…。それでも赤鬼の“硬さ”をどうにかしない限り、仮に渾身の一撃が当たったとしても、致命傷は与えられないんじゃないかっ??』

『…残念だけど…猿の言う通りね。』

『…いやっ。…あの目は…“何かを諦めた者”のそれではない…。…桃太郎…、何か狙っているな…。』

三人が話をしていたその時、あまりにも激しい桃太郎の連続攻撃に、赤鬼はほんの一瞬ですが、足を滑らせたました。

『っ??!?!??!』

桃太郎はこの機を逃さず、それまでの下段への攻撃から、刀を両手に持ち替えて腰を落とすと、一気に赤鬼の喉元目掛けて渾身の突きを放ちましたっ!!

するとどうでしょう!?今までびくともしなかった赤鬼の鋼鉄の喉から潜血が飛び散りましたっ?!?

「…っぐぁっ?!?!」

赤鬼は苦悶の表情を浮かべましたっ?!?!

『…っ?!?いったかっ?!?!?』

『…っ?!?やったわっ?!?!?』

『…っ?!?どうだっ?!?!?』
猿、雉、犬も固唾を飲んでいますっ?!?!?

……っ

………っ

……………っ

しかしっ!!

赤鬼の喉元をとらえたと思った桃太郎の刀は切っ先が少し貫いただけで、それ以上赤鬼には刺さっていませんでしたっ?!?!

「…人間よっ?!…おしかったなぁ?!…もう少しで我が喉を貫けたものをっ?!?!」

そう言うと、今度は赤鬼の渾身の拳を、桃太郎の腹目掛けて下から一気に振り上げましたっ?!?!

『…っがっっ?!?!』

その攻撃は、完璧に桃太郎を捉えましたっ!??!?

「…もらったっ?!このまま天井に叩きつけてやるっ?!?」

赤鬼は桃太郎をはるか天井まで叩きつけようと、そのまま拳を天に向かって振り上げようとしました。

その時ですっ?!?!

赤鬼は自らの拳に違和感を感じます。よく見ると、完璧に捉えたと思っていた赤鬼の攻撃は、なんと刀で防御されていました。

『…ふっ…。残念だったな赤鬼…。』

「…なっ、…なにっ?!?」

『…射程距離に入った…。…赤鬼…、お前の負けだぁっ?!っここだぁぁーーー?!?!?』

桃太郎はそう叫ぶと、赤鬼の首筋めがけて逆の手に握った脇差を、一気に振り下ろしました!!

「…ぬわぁーーーーーーーーっ?!?!」

戦さ場には赤鬼の叫び声が響き渡りました。
犬は言いました。

『…桃太郎は赤鬼の“喉”を狙っていたんじゃない…。…首筋…。この戦いで唯一赤鬼が傷を負っていた場所…。最後の攻防の前にそれに気がついた桃太郎は、そこが赤鬼の唯一の弱点と考えて、そこへの一撃にかけたんだろう。…ただ、首筋を強い力で上から貫く事は並大抵のことではない…。そこでわざと先ほどと同様の状況にして、下から腹に拳を見舞う様に仕向けて刀で防御し、その力を逆に利用し、天高く跳び、無防備な首筋に、脇差で上からの攻撃を仕掛けたって事だ…。』

『…そうかっ?!?桃太郎の師はあの“二刀流 宮本武蔵”だもんねっ?!?!』

『よしっ?!?そのまま突きさせぇーーーーーーーー?!?!』

その場にいた誰もが桃太郎の勝利を確信しました。

しかし…

『…なっ…なに。…ぐっ…。』

赤鬼はその大きな手で桃太郎の喉元を掴むと、そのまま片手で吊し上げてしまいました。

またしても桃太郎の攻撃は途中で止まり、赤鬼の身体を最後まで貫く事はできなかったのです。

そして、赤鬼は静かに語り始めました。

「…お前には本当に頭が下がる。…最終的にワシの唯一の“隙間”まで見つけるとは。…戦いにおいての洞察力。…冷静に戦況を見つめる分析力。…覚悟を決める決断力。…敵の急所をつく技術力。…そして何よりも最後まで諦めない忍耐力。…お世辞ではなく、ワシが戦ってきた中で一番の猛者は間違いなくお前だ。」

『…くそっ!!これでもダメかっ?!?』

『…もう他に手立ては無いの…。』

『…万事休すか…。』

赤鬼はさらに続けます。

「…人間よっ。そろそろ決着をつけるとしよう。…お前との戦いは有意義だった。こんな事を言ってはなんだが一種の尊敬を感じてしまったほどだ…。いっそ一思いに眠らせてやろう…。」

それを見ていた三人は、必死で赤鬼に向かって叫びました。

『…ちくしょー?!?桃太郎ぉぉぉぉーーーーっ?!?』

『…お願いっ!!桃太郎を殺さないでぇぇーーーーっ?!?!』

『…桃太郎っ?!??!』

「…………っ……???!!!」

その叫び声を聞いた赤鬼は、一瞬動きを止めました。そして、徐に桃太郎に問いました。

「…おっ、お前…。…名はなんという??」

それを聞いた桃太郎は答えました。

『…もっ…桃太郎…。…桃から生まれた…桃太郎だっ…。』

「…っ?!?!…桃から生まれた…桃太郎…。」

それを聞いた赤鬼は、恐る恐る桃太郎の首筋を確認しました。

「……?!?!?……っ……???!!!」

そこには星形の痣がありました。

「…まっ…まさか…。…そんな…。…こっ、こんな事って…。」

その時赤鬼は…

自分の目の端に…

ひらひらと風に揺れながら崖に向かって落ちていく…

古びた着物を見ました…。

そしてふと…

心の奥底にしまってあった…

少しだけ昔の事を…

想い出しました…。

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