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【連載小説】新説 桃太郎物語〜第零章  (毎週月曜日更新)

【第零章 “見えざる怪物”の巻】

むかしむかしあるところに、人間だけではなく、オニや、半人半動が暮らしている世界がありました。

皆が平和に暮らすために、それぞれの領域を犯さないよう、人間は人間の、オニはオニの、半人半動は半人半動の村を作って生活していました。

そんなある時、心優しきオニの青年が狩に出かけている時に、足を滑らせて崖から落ちてしまいます。
一命は取り留めましたが、気がつくとそこは遥か下流にある人間たちが住む村でした。
早くここから立ち去らなければいけないと思いましたが、怪我がひどく思うように動けません。そんな中、冷静に自分の体を見てみると、なんと怪我が手当てされているではありませんか。

不思議に思い考えを巡らせているところに、気配を感じます。気配のする方を見るとそこにはそれはそれは素晴らしい“藤色の着物を着た”美しい人間の娘が立っていました。

娘は怖がるそぶりも見せずオニに近づき、こう言います。

「私の名前は“藤”と申します。お怪我は大丈夫ですか?」

これがオニと“藤”との出会いでした。

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「ここではしっかりとした治療ができませんしお腹も空いているでしょう?近くに私の村がありますのでそちらにいきましょう。」

オニは子供の頃から、村の掟で人間とは関わりを持ってはいけないと教え込まれてきました。また、人間は残酷で凶暴で容赦がないと教えられてきました。しかし、目の前の人間は無償で自分を介抱し、オニの目には残虐で凶暴には決して見えません。むしろ今まで感じたことのない、温かい優しさで包み込まれている様な気分になります。

それに加え、怪我がひどく思うように動けないこと、オニの村に帰る方法がわからなかったことも、掟を破るには十分な理由になりました。
考え抜いた末にオニは娘に連れられて、生まれて初めて掟を破り人間の村に足を踏み入れる決心をしました。

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それから一年の月日が流れ、オニは傷も癒え、人間たちと幸せに暮らしていました。

オニが藤に連れられてこの村にやってきた日、人間の村は大騒動になりました。しかし、娘の必死の説得と、オニの心の清らかさに触れた人間たちは、徐々にオニを理解し、受け入れていきました。中には未だに快く思っていない村人もいましたが、さした問題もなく穏やかな日々が続いていくのでした。

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さらに一年が経過した頃

完全に人間との生活に慣れて幸せに暮らしていたオニは、藤との距離がどんどん縮まり、人目を憚り愛を育んでいました。
そんなある日、藤のお腹に新しい命が宿ったことを知ります。二人はたいそう喜びましたが、そこは“人間”と“オニ”…。

種族の違いはこの世界では超えてはいけない領域です。

…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…

これは私達だけの秘密…

二人はそう誓いあうのでした。

そして、子供が生まれたら村を出て家族三人で幸せに暮らしていく…。

そんな幸せを信じて疑わなかった…。

……、

そう…。

あの出来事が起こるまでは…。
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それから半年後

今まで何の問題もなく、平和に暮らしていた村にある出来事が起こりはじめます。

それは、村に備蓄している米や家畜が度々無くなっているというのです。

初めは気のせいかと思っていたのですが、それは次第に頻度が増し、事実だということが判明します。

そんな中とうとう恐ろしい事件が起こります…。

遊びに出かけた子供が帰って来ず、そのまま行方が分からなくなってしまったのです。

“子供の神隠し”

三日三晩、村人総出で探し回りましたがどこにも見つかりません。その後も神隠しは頻繁に起こるのでした。

何の問題もなく静かに暮らしていた村の中に、徐々に周りに対しての“不信感”という名の暗い影が落ちはじめていくのでした。

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時を同じくして、村ではもう一つの出来事が起こります。

ある日の昼下がり、いつものように村ではゆったりとした時間が流れていました。

そんな微睡の中、耳をつんざくような悲鳴が村中にこだまします。

オニが悲鳴のした方に行ってみると、そこには普段は大人しいはずの、全長三メートルを超える大きな熊が三匹、村人たちを襲っているではありませんか。
オニはその熊に戦いを挑みます。そして苦戦の末、その熊の首を掻っ切り勝利を収めました。

『…よかった…。村のみんなを守れた…。』

そう思い後ろを振り返ったオニは、人間たちが喜ぶ姿を想像していました。

…しかし

人間たちは恐怖に慄き、まるで怪物を見るような目でオニを見ていました。そして皆、礼を言うなりそそくさと逃げる様に家の中に入っていくのでした。
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熊の襲撃から数ヶ月後

オニはいつもの様に村はずれまで力仕事に出ていました。
仕事を終え村に帰ってくると、村の様子がいつもと違うことに気がつきました。
村に人が誰もいないのです。

色々な場所をくまなく探しましたが、やはりどこにもいません。
そして、村の奥の井戸の前に差し掛かった時、女の子が一人で泣いているのを発見します。
急いで女の子に声をかけようと近づこうとしたその時、周囲から並々ならぬ殺気を感じとります。

気がつくとオニは四方八方を火縄銃を構えた村人精鋭十人に囲まれていました。
その周りで村人全員が固唾を飲んで見つめている中、村の代表格の男はオニに向かってこう言うのでした。

『お前は普段気のよさそうな顔をしているけど、実はこの村の全員を殺す気でいるんだろうっ!!』

驚き、声のでないオニに向かってさらにこう続けます。

「熊を殺した時のあの目…、あれを見て全てに合点がいったよ…。米を盗んだのも、子供をさらって食ったのも…、全部お前の仕業なんだっ!!!」

そして有無も言わさず、鬼に向かって一斉に発砲しました。
流石のオニもこの数、この距離では避けきれず、まともに銃弾を受けてしまいました。

…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…。…

『…なっ、なんてことを…。。。』

怒りが込み上げてきましたが、瀕死のオニはもう立ち上がることができません。

「死ねぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

村中にこだまする銃声…。

…。

……。

………。

死を覚悟したオニでしたが、どうやら生きている様です。

一瞬の静寂の後、沸き起こる村人たちの悲鳴。怒号。

恐る恐る目を開けたオニが目にしたものは…。

『!!!!っ?!!』

そこにはオニをかばい、無数の銃弾を受けた藤が倒れていました。

体を引きずりながらも娘に駆け寄るオニ。

血塗れの中、顔に笑顔を浮かべ、消え入りそうな声で藤は言いました。

「ごっ…、ごめんね…。私がもっと…、もっとしっかりしていたらこんなことにはならなかったのに…。あなたはそんな事するオニじゃない…。私はそう信じているよ…。村の人たちは悪くない…。どうか許してあげてね…。あの時あなたを助けて本当によかった…。今まで楽しかった…。もう…三人では暮らせないけど…。私の分まであの子と幸せになってね…。今まで本当にありが……。と……。………。。。」

藤はそのまま息を引き取りました。笑顔のまま、目にいっぱいの涙を溜めながら…。

「こいつがもともと悪いんだっ!オニなんか村に連れ込むからっ!!こいつも同罪っ!死んで当然なんだぁーっ!!」

村人のその言葉を聞いた瞬間…。

オニは心の中で…

今まで張り詰めていた糸が…

切れる音を聞きました…。

  

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……、

……………。

…気がつくとオニは、無数の死骸が転がる、火の海と化した村の中に一人たたずんでいました。

左手に藤の亡骸を抱きかかえたまま。

そんな中、オニはこう思いました。

『…オニの…、オニのみんなが言っていた…。“人間は残酷で凶暴で容赦がない”…。…なるほど…。…こういうことか…。』

そして、

心の中を支配していたのは唯一、一つの感情でした。

『…人間…。…絶対に許さない…。。。』

そう…。

この瞬間…。

“オニ”は“鬼”になったのです…。

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