2020年の梅シロップ 前編

日常の移動ルートに、八百屋がある。
八百屋、と言ってもいわゆる昔ながらのヘイラッシャイ!的な店ではなく、スーパーより品質は劣るが、そのぶん安いような。スーパーでは並ばないワケあり品や不揃いの品があるような、そういうお店である。

そういうお店、大好きなんですよね。たまに袋ふたつで市価の半額以下になってたり、見たこともない野菜が売っていたりする。安さに惹かれて、何の料理に使うか考える前にレジに並んでしまうこともしばしばある。

夏まっ盛りの2020年の7月下旬。いつものようにその店を冷やかしていたときである。店の端っこで身を潜めているそれに目がとまった。
「ヤバイ、見つけてしまった」
というのが正直な感想である。

梅だ。青々とした梅である。
一袋400円とある。店のにいさんに聞いたら、だいたい800グラム入りだという。
「どうしよう」
かなり動揺していたことを記憶している。スーパーや市場でも梅は売っている。だがこの量と値段は、そのなかでも一番コスパがよかった。

梅を使った食材を自家製することを、梅仕事、という。これをしたことのある方ならお分かりかと思うが、流通する梅はだいたい二種類ある。
ひとつは、大ぶりで果肉たっぷりな南高梅。
もうひとつが、小ぶりな青梅、というものである。今回見つけたのはこれだった。
梅干しにするには、やはり南高梅が一番である。だがこれは値が張るうえに、すでに時期を過ぎていた。
じつは去年、南高梅で梅干しを作ったのである。だが生来の腰の重さゆえ、梅干しを作ろうと決心したときには南高梅はどこも取り扱っておらず、市場で見つけた傷んだ見切り品を使った。
痛んでいる梅を使うとそこからカビてくる、と聞いたのでその部分をカットして漬けたのだが、そこから皮が破れてぐずぐずな梅干しになった。ひどいものになると、まるで一度食べてまた出したような、種に果肉がこびりついているだけのようなものまであった。
痛恨の極みであった。こんなことならやらなきゃよかった、とさえ思った。
その梅干しは今、タッパーに入れられ台所の一番目立たぬ場所に封印されるように眠っている。

まあ、味は普通に梅干しだから、今となってはそこまで悲観してはいないんですけどね。

話を2020年の夏に戻す。八百屋の青梅である。
小ぶりな青梅でも梅干しはできるはずである。同じ梅なんだから。
だが、梅干しにするにはまだ青すぎる。
梅干しに適しているのは、熟して黄色くなった梅なのである。この青いままでは梅干しにならない。

梅仕事の指南本によると、青梅だと梅シロップにするのが良い、とあった。よし、まず梅シロップだ。

そう決意して二袋を持ち、レジへ並んだ。


梅シロップを作るにはまず梅を綺麗に洗い、実が枝とつながっていた箇所である“なり口”を串でえぐり取り、あく抜きをする。
これがけっこう手間である。自家製の食材は時間が掛かる。

とつぜん余談ですが、手間のかかる保存食って作っているときは「面倒だなあ」とか思いながら作るのに、いざ出来たらそこで熱が冷めて大して食べない、ってことありません?面倒くさがって作っているときが実はテンションのピークだった、という。
まるで学園祭の準備期間のような感じがしませんか。

ふう、やっと全部のなり口を取ったぞ。あとは水にさらしてあくを取ろう。

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そのあと、水気を取って、瓶に漬ける。

瓶は、家にあった徳用インスタントコーヒーのプラ製の容器を使った。容器の口が大きいので梅を出し入れしやすい。
本来は氷砂糖を使うのがベストだけれど、家にテンサイ糖がたくさんあったのでそれを使う。砂糖を入れ、梅を入れ、砂糖を入れ、また梅。
浸透圧というのか、砂糖に押し出されて梅の果汁がにじみ出てくる。

日を追うごとに果汁の量が増え、そのぶん青梅はしわしわになっていく。
フタを開けて匂いをかぐと、思わず声が出るくらいの梅のさわやかな香りが立ち上ってくる。まるで熟しきった梅林にいるようだった。
これは楽しみだ。
氷砂糖と比べると、粉の砂糖は溶けにくい。なので毎日振ってやる。
ぷかぷかと果汁の海に浮く、梅たちに毎日語りかけた。
「早く美味しくなるんだぞ」

事態が急変したのは10日後だった。

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