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ビジネス書のダイヤモンド社に「あえて料理本」で戦う編集者が転職した深いワケ

出版社・ダイヤモンド社の書籍編集者たちはどのように本を作っているのか? どんな職場で働いているのか? どんな人たちがいるのか? 今回ご紹介するのは第2編集部の和田泰次郎(わだ・たいじろう)さんです!(構成:ダイヤモンド社・秋岡敬子)

※ダイヤモンド社の書籍編集者が情報発信するサイト「書籍オンライン」で2024年7月30日に掲載した記事の再掲載です


新しいジャンルを開拓できる、自由な土壌

――これまでのキャリアを教えてください。

和田泰次郎(以下、和田) はい、僕は大学を卒業後、新卒で編集プロダクションに入社しました。出版社の編集者が考えた書籍企画の制作を請け負い、主に趣味実用ジャンルの本を作っていました。経験を積む中で自分も1から企画したいと思うようになり、出版社に移って、生活実用書を中心に編集するように。

 その後、もともと好きだった料理レシピ本、とくに著者の個性が光る本に注力したいと考えたときに、学生時代に雑誌から大きな影響を受けた出版社の書籍編集部に転職しました。

 ダイヤモンド社は4社目で、2023年に入社してきたんです。

書籍編集局第2編集部 和田泰次郎(わだ・たいじろう)
大学卒業後、編集プロダクションや他の出版社を経て2023年3月入社。担当書籍は『プロの味が最速でつくれる! 落合式イタリアン』『平野レミの自炊ごはん』『美食の教養』など。

――どういうきっかけで転職をしようと考えたんですか?

和田 前職は出版社の中でも雑誌のイメージが強く、僕の好きなライフスタイルジャンルとの親和性も高かったと思います。しかし、書籍編集部は規模が小さかったんです。新卒は雑誌に配属されることが多く、雑誌編集部からの異動もほとんどありません。書籍編集部にいるのは、他社から転職してきた経験者が6、7人くらいでした。

 約8年在籍していたので、自分が段々古株になっているなとは感じていたんです。まだまだ未熟なのに、成長する機会が薄れていっているという自覚がありました。自分が好きな料理本というジャンルの中でも新しい作り方をしたい、もっと売れる本を作りたいと思い、30代のうちに転職を決めました。

――その際にダイヤモンド社を選んだ理由や決め手はありますか?

和田 ダイヤモンド社の書籍の存在感は業界内でも知られていました。Amazonの売れ筋ランキングを見ても、同じ版元の本が何冊もランクインしているのは珍しいと思います。しかも1人のスター編集者ではなく、いろいろなキャリアの編集者が10万部超のヒットを継続的に出しているのが凄いなと感じていたので、中途採用があるたびに確認はしていました。

 そして色々な出版社を見た中で、あえて料理本をそんなにやっていないダイヤモンド社がいいかなと思ったんです。

――あえてなんですね(笑)。それはどうしてですか?

和田 社内で料理本を担当している編集者が多いと、「こういう感じが売れる!」という実績に引っ張られて、切り口や思考が似通っていくリスクもあると思うんです。料理のことを理解し合える編集者がいると頼もしい一方、なんにも知らない読者を置き去りにしてしまうかもしれない……。あえて料理本作りの常識が通用しない環境で、新しい意見を取り入れたほうが成長できるだろうなと感じました。

 ダイヤモンド社でも実は『まいにち小鍋』『志麻さんのプレミアムな作りおき』などすばらしい料理本は出ているんですが、継続して企画している人は見当たりませんでした。その一方で、児童書や女性実用、サイエンスなどを突き詰めている編集者が活躍していて、一昔前のビジネス書に特化したダイヤモンド社のイメージから大きく変わったんだなと。その中で、僕自身も料理ジャンルを開拓していきたいという思いがあり、入社したんです。

――料理本って差別化が難しいジャンルのような気がします。

和田 そうなんです(涙)。特にレシピ本は本の厚さとしても薄く、コンテンツとしての量が比較的限られているので、たいていの書籍で似た印象になりがちなんですよね。材料の分量や作り方、完成写真を載せるという「型」ができていて、そうすると編集者が工夫できる部分が限られてしまう。

 だからこそ、類書にないコンセプトをしっかり固めてスタートする必要があると思っています。色々なジャンルのベストセラーを作っているダイヤモンド社の編集者たちの知見を吸収できる環境は、1つのジャンルを極めようとしている編集者にとってめちゃくちゃ刺激になります。

企画に重要なのはオリジナリティと強い熱

――転職してみて、入社前のイメージや、ギャップを感じたことがあれば教えてください。

和田 ギャップはほとんどありませんでした。ただ、ダイヤモンド社にベストセラー編集者が多いことは知っていたので、実績があるからこそ縦社会というか、自信があって声の大きい人が少なからずいるのかなと入社前は少し思っていました(笑)。でもそんな人は皆無で、皆さんそれぞれのジャンルを深掘りしているような多様性があり、お互いに敬意を持って接しています。そんな土壌があるからなのか、ジャンルの垣根を越えて、本作りの意見交換が多いことにも驚きました。

――本作りをするうえで他に何かギャップを感じたことはありましたか?

和田 転職して一番驚いたのは、会議のやり方ですね。これまでだと、著者の人気とか「フォロワー何万人ですよ」みたいな実績が大きく見られがちだったんです。前作や類書との差別化も大切ですが、「売れてる本とここをこう変えます」という発想に縛られていると、なんとなく見たことある表紙、内容になってしまう。

 しかしダイヤモンド社では、編集者が持ち寄ったオリジナリティをまずは肯定してくれる文化があります。編集者のアイデアの種を尊重し、それをもとに「どうすればより良い本になるか」をみんなで考えてくれる点は、これまでと大きく違いました。肯定社会なんです(笑)。

――ダイヤモンド社に転職して感じる、他の出版社との違いはありますか?

和田 まず1つ目は、企画や会議などにおいて編集長が圧倒的なイニシアチブを握っていないことです。どうしてもその人がやりたい企画だと伝われば、できる限りそれを尊重してくれる。「テーマ・読者層を少し変えたら売れる本になる」「企画書のこの部分を再考してもう一回提出してみたら」など前向きな意見をくれたりと、一つ一つの企画に当たり前に時間をかけられるのは貴重ではないでしょうか。

 2つ目は、無名の新人著者を大歓迎してくれることですかね。ブレイクし始めた人気タレント、旬な人であればどこの出版社でも手を挙げると思います。しかしダイヤモンド社では、知名度はなくても、あるテーマに長けた専門家だったり、オンリーワンの経験が魅力的な方を大歓迎しますよね。そういった著者のデビュー作を営業がしっかり売る実績と自信を持っているから、編集者も全力で取り組めているのだと思います。

 そして最後が、企画書の書き方です。前職まではペライチに著者名と仮タイトル、数行の企画概要だけでもよかったのですが、ダイヤモンド社では正式タイトル、帯コピー、想定読者、書店の棚、そして構成案までがっちり固めるんです。とりあえず(仮題)にしておくのが恥ずかしいという……。これも著者の数字ありきではなく、著者の強みと企画のテーマを重視し、企画の質を大切にしていることの表れだと思います。

――ここにしかない強みがあればぜひ教えてください。

和田 ダイヤモンド社の強みと言えば、冊数ノルマがないところです。達成すべき売上目標はありますが、売れる本を作れていれば、年間1冊〜3冊でも可能なので、良いサイクルを生みやすいですよね。とりあえず本数をかせぐための企画という概念がないのは、他の出版社からしたら新鮮だと思います。

 多くの出版社の書籍編集者は、1年で8冊くらいを出すことが平均かなと思います。しかしそうなると、1、2か月に1冊の新刊ペース。発売のタイミングでしっかり販促したいのに、次の本の準備や制作に追われ、新しい企画も作らないといけない……という感じでこれまでもとにかく大変でした。

――他にも他社にはない強みはありますか?

和田 自由で健康的な働き方ができることですね。本作りがきちんと出来れば、住まいだったり勤務時間、休み方もかなり自由度が高い職場だということは貴重だと思います。上司の"口にはしない圧力"みたいなものが一切ありません(笑)。

編集マニアたちとの「10万部会議」

――やることやってれば自由みたいな雰囲気はありますよね(笑)。ダイヤモンド社の書籍編集者はどんな人たちですか?

和田 一言でいうと編集オタクな人が多いですよね。今の本作りに決して満足することなく、自分が作らないジャンルの話題書でもすごいところを分析したり、工夫に延々と悩む職人肌の方が多い気がします。

 そして、社内には売れるノウハウを全部教えてくれる人たちばかりです。不定期で勉強会を行っていて、成功体験を他の編集者に共有することで、会社全体として継続させていこうというポジティブな雰囲気があるのはいいなと思います。

――売れるためのフィードバックがあったりするんですか?

和田 そうですね。勉強会とは別に、毎週水曜日に有志で行っている「10万部会議」というブレストがあります。そこでは日頃考えた企画の種を共有して、参加している人たちから率直な感想をもらうんです。それを受けて「じゃあ次は、このアイデアをちゃんとした企画にしよう」というきっかけになることが結構あります。

――もう少し詳しく教えてもらえますか?

和田 はい、毎回タイトルとその企画のざっくりとした説明を1人3本ずつ出すんですが、参加している編集者たちは著者よりテーマを重視しています。担当した『美食の教養』もこのブレストで「3つの中でどれが一番良かったですか?」と聞いて評判が良かったものだったんです。やっぱり編集者は企画力が命なので、どんなに忙しくても今どんなことが求められているのかを考える筋トレみたいになっています(笑)。

――社内でも、第2編集部ならではの特徴はありますか?

和田 第2編集部では、企画決定基準が明確に共有されています。「コンセプトが明確か」「オリジナリティがあるか」「編集者がやる気があるか」「総合的に見て売れる可能性があるか」の4つです。企画を作るときにこの基準にガチガチに縛られる感じではなく、こういった軸があることでやるべきか悩んだときの判断になるので、個人的にありがたいです。どれかが欠けると、転職する前の自分がやってきた本作りに戻ってしまうかもしれないと考えさせられます。

面白い本を作りたい人に来てほしい!

――書籍編集者のやりがいを教えてください。

和田 僕が料理本を作るうえでのやりがいは、新しい視点を届けられることです。レシピって情報として見られがちなんですが、そうすると手っ取り早くわかるという点でSNSや動画にかないません。前職で『朝10分でできる スープ弁当』という本を担当したときに、「レシピを知りたい」というよりも「スープジャーでお昼ご飯を食べてもいいんだ」という読者の声が広がって、情報ではなく視点や考え方を役立ててもらえたと気づいたときは嬉しかったです。

 特にダイヤモンド社に入ってからは、それまであまり接点のなかった人に「知りたい!」と言ってもらえるようなテーマを見つけられたときが、本作りの原動力になっています。企画会議でも、料理の経験やこだわりがバラバラの皆さんに根掘り葉掘り聞かれるので、自分の思い込みに気づいてハッとすることもしばしばあります(笑)。転職して企画の立て方がかなり変わりましたし、「作りたい本は永遠にある」というのがやりがいかもしれませんね。

――料理ジャンルを突き詰める書籍編集者ならではの面白さはありますか?

和田 これからはビジュアルで見せるレシピ本だけでなく、担当した『美食の教養』のように文章だからこそ伝えられる読み物であったり、料理から派生する本もいろいろ作りたいです。ずっとレシピ本を作っていると編集のルーティンが凝り固まってしまうので、新たな表現の可能性を常に模索したいと思います。