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リモートでも「一体感」が失われないチームは、何をやっているのか?

『理念経営2.0』著者・佐宗邦威インタビュー

「業績はいいのになぜか優秀な社員から辞めていく……」
「リモートワークが増えて組織の一体感がなくなった……」
「新しい価値を提供する新規事業が社内から生まれない……」
「せっかくビジョンやミッションを作ったのに機能していない……」

 こうした悩みを抱える経営者たちからの相談を受けているのは、新刊『理念経営2.0』を上梓した佐宗邦威さんだ。本書には、人・組織の存在意義を再定義する方法論がぎっしり詰めこまれている。
 企業は「利益を生み出す場」から「意義を生み出す場」にシフトしなければ生き残れない。そこに「意義」を感じられなければ、企業からはヒト・モノ・カネがどんどん離れていくからだ
 そこで今回、企業理念の策定・実装に向けたプロジェクトを数多く担当してきた佐宗さんにインタビューを実施。「チームの一体感の生み出し方」について聞いた(取材・構成/樺山美香、撮影/疋田千里)。

考え方や価値観の共通点から一体感は生まれる

──リモートワークが増えて、「会社に属する意味はあるのか?」と疑問を持つ人もいるようです。佐宗さん自身も、コロナ禍で自分の会社から人が離れていったとき、会社の存在意義を言語化することで『理念経営2.0』の内容にたどりついたそうですね。

佐宗邦威(以下、佐宗) BIOTOPEのケースでいうと、この本に書いたことの5倍くらいはみんなで議論を繰り返しました。本にするときは、「ビジョン、バリュー、ミッション・パーパス、ナラティブ、ヒストリー、カルチャー」の6つに「エコシステム」を追加した7章にまとめ、それぞれについて実践しやすそうな最低限のエクササイズを選んで紹介しています。

──この本の5倍となると相当な時間がかかったでしょうね。みんなと話し合いながら企業理念を決めていくプロセスで、特に大変だったことはなんでしょうか。

佐宗 BIOTOPEではミッションとバリューを設定したのですが、ミッションを決めるときは、しっくりくる言葉と出会うまでにすごく時間がかかりました。この「しっくりくる」という感覚が重要で、ちょっとした言葉の違いだけでも方向性が大きく変わってしまいます。弊社の外部パートナーであるmuniの川上さんというコピーライターに複数の案を出してもらいながら、経営メンバーのみんなが腹落ちできるする言葉を選びました。

 自分たちのことを自分たちで判断するのはなかなか難しいので、ミッションを作っていくときには外部のファシリテーターに入ってもらうのがおすすめです。社外の人に意見をもらったり、外部の人につくってもらったフレーズを客観的に見たりすると、自分たちはそれがしっくりくるかどうかを判断することに集中しやすくなりますから。

──問いを立てると、意見が分かれることもありそうです。人それぞれ考えや価値観を掘り下げていくと、違いも出てくると思うのですが。

佐宗 いや、こういう理念づくりのプロセスって、実際はむしろ掘り下げれば掘り下げるほど、共通点が見えてくるんですよ。表面的な議論をしているときは違いが目立ちますが、ユングが提唱した集合的無意識のように、ビジョンは掘り下げれば掘り下げるほど共通の願いが見えてきます。「何が大事か?」というバリューの部分についても、掘り下げていくと「意外とみんな共通していたね」という結論になりやすいと思います。

 ミッションについては、戦略との関連のなかでいくつかのオプションが見えてくるので、その中で自分たちのやりたいこと(Will)と自分たちの経営資源(Can)と世の中からのニーズ(Need)、それぞれを総合して判断する感じですね。

企業理念のバリューとカルチャーを明確にする

──そのときに一体感や仲間意識が生まれるのでしょうか?

佐宗 そうですね。理念を一緒に作っていくときには、大事にしていきたい共有ルールを自分たちでつくることになるので、そのプロセスを通じてすごく一体感が生まれます。

 一体感を生むためには、共通の価値観としてのバリューを明確にすることが有効です。バリューがなくてもおそらく事業は成立するんですけど、仲間意識は生まれにくい。特に、リモートワークが広がってくると、一体感や仲間意識を感じにくくなる。物理的に離れていると「同じ組織にいる」という感覚を持ちにくいですよね。だから僕のところにも、「社員たちに『同じ組織にいる』感覚を持ってもらうためには、いったいどうすればいいでしょうか?」という相談が、コロナ禍以降すごく増えています。

──そう言われてみると、今日はBIOTOPEさんのオフィスにも佐宗さん以外誰もいないようですが、みなさんリモートワークなんですか?

佐宗 さっきまで一人いましたけど誰もいなくなっちゃいましたね。今メンバーが20人弱いるんですが、リモートワークの割合が限りなく増えています。みんながフルタイムの正社員というわけでもなく、業務委託という働き方を選択したメンバーや、フリーランスとして独立したあと週3~4日勤務しているメンバーもいます。

 それぞれにとってのやりたいことを重視しつつ、多様な働き方を共存させることがBIOTOPEの次のチャレンジです。これからは、リアルオフィスがなくても企業理念と組織文化がしっかりしていれば、組織の課題はある程度乗り越えられるかを実験する段階ですね。

みんなで問い続けて試行錯誤を繰り返す

──本に書いてあることを佐宗さん自身も実験しながら、試行錯誤を繰り返しているわけですね。

佐宗 それはありますね。『理念経営2.0』に書いたテーマを実践している会社も、常に試行錯誤していると思います。なぜなら答えがないから。だからずっと「問い」の連続で、問えば問うほど試行錯誤をやり続けるしかないんですよ。本でもいろんな企業のケースを取り上げましたけど、どの企業も、絶えざる問いと試行錯誤の結果として、今があるんじゃないかと思います。

 リモートワークで誰とも会わなくても仕事ができてしまうと、「会社という“群れ”で働く必要ってあるのかな?」と僕も思ったことはあります。ですが、僕は一人では解決できない大きな問いを、仲間たちと一緒に試行錯誤しながら考え続けていきたいですし、そのためにはやっぱり会社でなければならないと思っています。

──BIOTOPEはどんなミッションを掲げているのでしょうか?

佐宗 「意思ある道をつくり、希望の物語を巡らせる」が僕たちのミッションですが、気候変動とか大きな問題が山積しているこの時代に、子どもたちにどんな希望の物語を語ってあげればいいんだろう?という問いの答えが、僕自身まだわからないんです。だから、同じ理念と問いを共有する仲間がほしいので、リモートワークをやっていても、会社として群れるということは続けたいと思ったんですよね。

 そういう意味でいうと、「良い問い」を持っている組織は強いと思います。将来的には、組織ありきではなく、同じ問いを共有している者が集まって組織をつくるケースも増えていくでしょうね。

 実際、さまざまな組織に属することが普通になってきているし、プロジェクト型である課題解決を目的とした人を集めたコミュニティをつくって、ブロックチェーン上で完結させるようなDAOと呼ばれるような動きも出てきています。目的と価値観を共有できる「複数」のコミュニティに属しながら、自分のアイデンティティのバランスをとっていく形が、これからの特に若い世代の当たり前の働き方になっていくのではないかと思っています。

一緒に価値を生み出せるコミュニティをつくる

──そうなると、「どこに就職するか」という考え方自体が古くなりますね。職に就くというより、一緒に問い続けて価値を生み出せるコミュニティに属する、という考え方のほうがしっくりくるような気がします。

佐宗 そこはいいポイントで、作家の平野啓一郎さんが『私とは何か──「個人」から「分人」へ』(講談社現代新書)という本に書いているように、人って環境ごとに異なる自分がいるんですよね。それを平野さんは「分人」と呼んでいます。

 BIOTOPEにも、自分の所属先や活動を複数に分散させているメンバーが普通にいます。たとえば、日中6割はうちの会社の仕事をして社会との接点を持ち、残り4割の時間は漫画やイラストを描いて販売したりしている。デザインコンサルティングを通じて社会につながることも、イラストを描いて販売してファンとつながることもどちらも重要だから、そのバランスをとりたいっていう働き方です。特にクリエイティブ職であればあるほど、そういう傾向が強いように思います。

 人のアイデンティティも複数あって、それぞれの自分がそれぞれに合った場を持つことで全体性を保つという感覚が、特に今の若い世代には強まっているように感じます。ですから本にも書いたように、組織も意義を生む場に変わっていかなければいけないんですよね。個人も複数の意義を持っているので、それぞれの意義に合わせて価値を生み出せる場を選べるようになる未来が自然な形だと思います。

──本の中に、「新規事業に投資する余力はない」という経営陣がいる会社ほど人的資本の価値がわかっていないという話が出てきます。でもこれ、ビジネスの世界では“あるある”な話ですよね。

佐宗 そういう会社は、将来的に生み出すべき価値の源泉は「人」であり、人材こそが組織文化をつくる知的財産であるという認識が欠けているんでしょうね。対照的なのは、丸井グループのように「人の成長=企業の成長」という理念にもとづいて、人材への投資を新規事業につなげてリターンを生み出す仕組みをつくる企業です。丸井グループは、価値を創造できる組織の在り方を象徴しているいい例です。

 理念を体現するためにはイノベーションが必要ですから、そこが本気度を問われるところなんですがなかなか難しい。ある金融会社がパーパスを策定して、人事評価のときも「マイパーパスを話してもらいましょう」と言うところまで決めたんです。そこまではいい取り組みだなと思ったので、「事業はどうするんですか?」と聞いたら「それはこれから考えます」と。本気度が足りないなと思ったこともありました(笑)。

 丸井グループやスープストックトーキョーは、事業の中でパーパスをどうしていくかちゃんと語っていますからね。社員をエンゲージするための方便として、概念としてだけの企業理念をつくっている会社には、将来的に価値を生み出せる優秀な人材は集まらなくなるでしょう。

※本稿は『理念経営2.0──会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ』(ダイヤモンド社)の著者インタビュー・全4回の第4回です。

佐宗邦威(さそう・くにたけ)
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に最新刊『理念経営2.0』のほか、『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(いずれも、ダイヤモンド社)などがある。

「本書を読んでいて途中から嫉妬を覚えました」(山口周氏)

私たちが“群れ”で働く意味は、どこにあるんだろう──?
これからの経営の“あたらしい常識”が見えてくる超・決定版!!

[ビジョン][バリュー][ミッション/パーパス][ナラティブ][カルチャー][ヒストリー]

ベストセラー『直感と論理をつなぐ思考法』著者が語る、
企業理念のつくり方・活かし方!


【取り上げられた本】
理念経営2.0
 佐宗邦威 著

<内容紹介>
あなたの会社に「意味」はあるか──。「どれだけ儲かるか?」だけでなく「それは“よい儲け”なのか?」が問われるいま、経営者たちは「組織の思想デザイン」という課題に直面している。ベストセラー『直感と論理をつなぐ思考法』著者が語る、ミッション・ビジョン・バリュー・パーパスのつくり方・活かし方!