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テラヴァーダ仏教はミクロ宇宙―初期仏教というには早合点かも

今日は少し専門的なお話になりますが、最近スリランカやタイ・ミャンマーで受け継がれてきた、南伝仏教であるテラヴァーダ仏教が、ヴィパッサナー瞑想とともに、日本でも親しまれるようになってきました。

テラヴァーダという聞きなれない言葉を日本では、上座部もしくは小乗仏教と学術的には言いますが、最近初期仏教や原始仏教という表現を見かけたりもします。

小乗仏教(ヒナヤナ)と言うと、大乗仏教に対応して使われる表現なので、器が小さいというニュアンスを与えてしまって、あまり好まれません。なので上座部というのが一番無難な表現かもしれません。

もともとのテラヴァーダの意味はテーラ(長老)のヴァーダ(派)なので、なぜ長老派と呼ばないのか不思議です。

テラヴァーダが原始仏教で、ブッダの死後大乗仏教が発生して、チベット仏教や密教などのヴァジュラヤナが生まれたと思ってしまうと、いかにもテラヴァーダがオリジナルという感じになってしまいます。でもそれはちょっと早合点。

かなり端折った言い方ではありますが、『テラヴァーダ』という表現が生まれる前に既に16派が発生しています。アショカ王の時代に生まれたサルヴァスティヴァダ(現在・過去・未来はすべて存在するという派)から分かれて、ヴィヴァッジャヴァダ(現在と未来になりうるコンディションのふたつしか存在しないという派)として南のルートを使って伝承されていきたものが、のちにテラヴァーダとなりました。

大乗仏教はそれに対し、サルヴァスティヴァダをルーツにヴァイバシェカと呼ばれる北伝ルートで伝承されたものです。ダライ・ラマ14世も良く言っているように、いわゆる『ナーランダ系仏教』です。

ナーランダとは、現在のビハールにあった世界最古の大学で、5世紀ごろに建てられ、12世紀末まで続いた大学でしたが、仏教の衰退とともに、最後はイスラム勢力の侵入で焼き払われてしまいました。膨大な数の書物が所有されていたナーランダ大学図書館は、すべてを焼き払うのに1週間かかったと伝え継がれています。

ナーランダ系はシルクロードとヒマラヤ伝いに広がったため、中国に伝わりそこから韓国やベトナム、そして日本にもこの経路から伝わりました。玄奘(三蔵法師)が中国から3年かけてやってきて学んだのも、このナーランダ大学でした。

では、日本の仏教がナーランダ系かと言うと、それはちょっと怪しいです。ナーランダ体系は膨大なため、中国にそのままそっくり伝わらず、小分けして伝えられたため、全体的な体系があまり保たれていません。反対に大乗の一部と認識されているヴァジュラヤナ(チベット仏教)のほうが、ダライ・ラマ14世も言っているように、ナーランダ体系をほぼそのまま受け継いでいます。

ブッダは生前、84000種類の教えを説いたと言われるように、その人のスピリチュアルな成長過程に合わせてさまざまな教えを説いたと言われています。ナーランダ体系はテラヴァーダ部分に当たるシャヴァカヤナを土台として、7段階に別れています。この7乗が大乗と呼ばれるものです。

その成長過程において、まず最初に培うものが『ミクロ宇宙』の認識です。このミクロ感覚が『小乗』です。自分の体(ルパ)が意識のレーベル(ナマ)で構成されていることを理解することは、自分の中にひろがる宇宙を知ることです。これがテラヴァーダの部分であり、最も重要な基礎でもあります。ヴィパッサナー瞑想は自分の内に広がる宇宙への旅です。

ミクロ宇宙を把握すると、内側の宇宙がすべてエネルギーの物質化(量子)でできていることを把握するようになります。その量子が意識に反応してすべての世界を構成していることが分かってくると、宇宙のすべてのものが互いに連鎖し、呼応しながら構成していることが分かってきます。そうしてマクロへと広がり、大乗になっていきます。

これがいわゆる菩薩の状態です。菩提の『ボディ』は目覚めるという意味で、薩多は『サトヴァ』で純粋・本質という意味があり、菩薩とは『宇宙の本質に目覚めた者』という意味です。宇宙がエネルギーの相互反応で成り立っていることを認識したら、自と他を分けることは無意味になってきます。

ただこのことを悟っても、身体感覚や意識の働きがある限り、認識を保つことがとても難しいため、パラミタ(意識が完璧に目覚めているブッダの状態)を目指して宇宙すべてを見透かす観自在菩薩ですら、その智慧をゆるがないものにするためにプラクティスを続けます。その様子が描かれているのが般若心経です。

ナーランダ体系は7乗をへて、ミクロ・マクロ宇宙とのつながりを完全に把握することで、宇宙全体が解脱することを説いています。つまり生きとし生けるものすべてが原始よりも前の、ゼロの状態へと帰化することを目指しているのです。かなり壮大な計画ですね。

だからといって、テラヴァーダより大乗仏教のほうが優れているとか、そいういうことでは決してなくて、体系が違うだけです。テラヴァーダというミクロ宇宙を知る旅は、同時に必ずマクロにつながっています。




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