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『紋霊記』その壹「守りの気づき」 no.01

001-片喰

そうか、あなたが私を、私たち家族をずっと守ってくれていたんだね。

「お母さん! また四つ葉のクローバー見つけたよ! これで私幸せになるかな!?」
私の家は特別大きくもなく、特別良い家柄とかでもなく、ごくごく普通の家だったと思う。
そんな家だけど、家の裏にはほんの少しのスペースの庭がある。
庭と呼ぶには小さすぎるかもしれないけれど、子供の頃から、そこで遊ぶことが大好きだった。
遊ぶといっても大したことは出来ないし、そこに生えている植物を見て楽しむ程度だったと思う。でも、私にはそれが楽しかった。時々砂遊びもしたけど、やっぱり植物を見ているのが好きだった。
私が大好きなマーガレットを育てるのも楽しかったけど、ハート型をしたクローバーを見るのも好きで、黄色い小さな花が咲くのをとても楽しみにしていた。
「良かったね~。でもね、それはクローバーじゃなくて、カタバミなの。雑草なの」
お母さんはそう教えてくれた。
「えー、雑草なのー? こんなにカワイイのに?」
「クローバーには白い模様があるの。それにお花も白くてもっと大きいの。ほら、前に川に遊びに行ったとき、花冠作ったじゃない? あれがクローバーよ」
お母さんは嬉しそうに教えてくれた。大好きなお母さん。彼女も植物が好きだったから、私も好きだったのかもしれない。
「でもね。カタバミの小さな花も好きよ、お母さんも」
そう笑顔で言ってくれた。

多分、何日か経った後だと思う。
庭を綺麗にすると言って、お父さんはカタバミを全部抜いてしまった。
たまには家族のために頑張るとか言っていた。
「ほら、これでキミの好きなマーガレットはもっと綺麗に咲くんだよ」って。
聞かされた後、私は泣いた。いつまでも泣いた。わんわん泣いた。悲しかった。今でもその時の悲しみは何故か覚えている。でも、何がそんなに、そこまで悲しかったのかまでは覚えていない。子供の頃の記憶なんて曖昧なものだ。
悲しくて悲しくて。無くなってしまったカタバミ。
カタバミがあった場所をしょんぼりと毎日見ていた。元気になったマーガレットがどれだけ綺麗に咲いても。大好きだったクローバーがワンポイントに刺繍された白いワンピースを着ても気分は晴れなかった。
でも、その数日後、抜いたはずのカタバミがまた芽を出していた。
「カタバミは根っこからでも芽が出るんだよ。強いの」
お母さんは優しい顔で私に言ってくれた。
でも、お父さんはやれやれと「除草剤使わないとダメそうだな」と困った顔をしていた。
「ダメ! かたばみさんも生きてるの! がんばってるの! 小さいお花綺麗なの!」
私は懸命に粘って、何とかお父さんを説得した。それは覚えている。
その時、ふと空を見上げると、一瞬何かが見えた。それは巫女さんのような姿をした何かだった、ような気がする。うっすらと見えたそれはニコリと笑った気がした。
それから数日後。
お父さんは本当に除草剤を撒いてしまった。

053-丸に剣片喰

嫁入り道具の整理をしていた時にお母さんが出してくれた着物の一つを見せてもらった。この着物は持って行かないものなのだけれど。結婚式にお母さんが着るのだと思う。そこには見慣れないものが入っていた。
「これはなに?」
それを指さしお母さんに聞いてみた。
「ああ、これはうちの家紋よ」
「家紋?」
家紋って確か戦国武将とかが付けてるものだった気がする。うちってそんな良い家系でも無いのになんでだろう。
「そうそう。どの家でもあるはずよー。うちのはこれ。確か《ケンカタバミ》って言うらしいよ。私もあまり知らないんだけどね」
へぇ、家紋ってどの家にもあるんだ。
名前はちょっと違ったような気もするけど、とか、これはあなたのお婆ちゃんも着ていたものなんだよ、とか懐かしそうで、嬉しそうな表情を浮かべていた。
へーっと、私もつられて笑顔になる。結婚することはもちろん嬉しいのだけれど、祝福して張り切っているお母さんの笑顔が何よりも嬉しい。
守られてるって思って、守られてるって感じて、守られてるって分かる。
子供の頃の夢を見た。あの頃の夢だ。
なんであの頃の夢を見たんだろう。曖昧な感じだったけど、夢の中では確かにあの頃の私だった気がする。悲しかったけど、なんとも言えないふんわりとした、暖かな気持ちになれた。
ふと、何かが繋がった気がした。
え、カタバミ? カタバミってあのカタバミ?

その瞬間だった。
着物の紋が光った気がした。暖かい光が辺りを包み込んでいく気がした。
すると目の前にはぼんやりと巫女姿の女の子らしきものがそこにいた。多分子供の頃に見たものと同じなのだろうと理解した。そして今のこの状況は私にしか見えていない、時間も止まっている、いわば白昼夢のようなものと感じられた。
今ここには私とこの女の子だけが存在している、そのような状況なのだと朧気に感じた。
『結婚おめでとう。良かったね。嬉しいね』
え、あ、ありがとう。
直接に頭に入ってくる言葉。という感覚が正しいかどうかは分からない。そう感じたのかもしれない。でも、この女の子の思っていることが伝わってくる。それはとても暖かなものだった。
『私はあなたが生まれた時から知ってるけれど、あなたは私を知らなかった。私は《カタバミ》。この家を守っている、家紋だよ」
守ってくれている?
『そう。人は私たちを神と呼んだり、精霊と呼んだりする存在なの。私たちは人が《信じる》というエネルギーが形になったもの』
そのカタバミという紋の神さまは色々と教えてくれた。私が生まれるずっと前からうちの家を守ってきてくれたこと。見える人が減ってきたこと。家紋が使われなくなってきたことで存在が消えそうになってきているということ。
無限にも思える語らい。一瞬とも思える感覚。
『あなたはこれから嫁いでいく。これからはあなたの旦那様の家紋があなたを守ってくれる。心配しないで。家紋を知ってくれてるだけでも、私たちの存在は完全には消えない』
もうあなたには会えないの?
『そんなことないよ。私はここにいる。あなたのお父さんとお母さんが私を守ってくれている。だからこそ、私はこの家が続く限りここで守っていられる。そういう存在なの。さあ。おいきなさい。あなたのこれからを始めるために....』

思い出した。
お父さんがカタバミに除草剤を撒いた時のこと。
あの時の悲しみが大きすぎたせいか忘れていた。全部は無理だけど少しだけね、とお母さんは私のためにカタバミの一部を鉢に移してくれたんだった。
それは紛れもない「母の優しさ」だった。
カタバミの花言葉は「喜び」。ハレルヤに由来する。その喜びとは「母の優しさ」でもあるという。
そして今なら分かる。お父さんは私の大好きなマーガレットを守るためにカタバミをマーガレットから遠ざけてくれたんだ。
お父さん、おかあさん。ありがとう。私をずっと守ってくれていてありがとう。
あの時、あなたに私は会っていた。カタバミさん。ありがとう。私たちをこれからも…

家紋はお守りなんだよ。
どこかでそんな声が聞こえた気がした。
今度、彼に彼の家紋がどんなものなのかを聞いてみよう。それは私の家紋になるのだから。

「ありがとう」

キャッチ

それぞれの家が持つという印、家紋。
家紋には人知れず、意思ある何かが宿るという。
見る者、見れぬ者。
知る者、知らぬ者。
信じる者、信じぬ者。
かつてそれを人は紋霊、紋神、紋の精霊などと呼び、家を守る彼らに感謝し、時には畏怖した。
そしていつしか人々はその存在を忘れていった。

つづく

→ 第二話「紋に宿るは思い也」

片喰


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