中二病だと思っていた幼馴染、マジの英雄でした(2)
それみたことか、馬鹿のツケだ。
そう思ったのは、一時間目の国語教師に遅刻の理由を問われ、しどろもどろになった所で皆の笑いものになっている伊吹を見てからだった。
「僕のカバン……」
「伊吹のカバンなら、とっくに棚にいれてあるし、机にペンケースと教科書おいといたから」
「ありがと……」
しおらしく、頭を下げて顔を赤くしながら、椅子に座る伊吹。
恥らう様子は隠したいらしく、教科書を慌てて開くが、彼から見て斜め後ろの席に居る私にはわかる。
教科書が上下逆さだし、開いてるページも全く授業内容と違っていた。
それに気づいたようで、また目次を開いて授業の内容を探っているみたいだけど、肘にペンケースを机から弾き落としてしまっていた。
ただでさえ笑いものなのに、一時間目の様子はもはや哀れですらあった――。
学校が終わって、下校のチャイムが鳴り響くころ。
文学部の部室から覗く、みんなの夕陽に照らされた背中は、なんだか眩しく見える。
学ランとセーラー服、ジャージも含めて三択の統一された衣服だけど、一人一人こうも違って見えるのか。
文学部の活動は、今のところこれといって目立った進捗も無い。
今の目標は“古典文学と現代文学を比較し、人々の感性の変化を考察・それを文章にまとめあげる”というものだが、それを実践しているのは私と部長だけで、残る三人の部員はただのラノベ好きで、ラノベばかり読んでいた。
部長はラノベにも造詣が深くて、部員の趣味も把握してその用語の元ネタが出て来る詩や古典を引っ張り出して読ませていたりしているけれど、こうかはいまひとつといった所。
人の感性は、古典と言われている作品の舞台――紀元前から百余年も跨いでいると、表現や文法で堅苦しく思えてしまうのかもしれない。
メタ的な話になるけど、これを覗き見てる読者は今時のラノベ・漫画好きに向かってポー、マイケルムアコック、ダンテ、ホメロス、澁澤龍彦を読んだ事があるか、周りに聞いて見ると良い。
きっと単語や作品だけなら聞いた事がある、で終わるか、どこかで本を入手してギブアップして、まとめ動画や解説記事を見た、で終わる事だろう――もったいない。
なんだか今時の若者を憂う文学老人みたいな思考になってきたので、掃除に集中しよう。
箒を振って、思考を放棄して無心になると、扉の開く音がした。
「おっつかれぃ。さやかちゃんは真面目だにゃあ~」
度の強い眼鏡を揺らして、少々オーバーリアクション気味に腰を捻らせ、敬礼のポーズを取りながらやってきた少女は、美桜先輩。
文学部部長兼、しがないネットアイドルMなのだ。
こっそりコンシーラーで隠してはいるものの、うっすら目の下に浮かんでいる隈は誤魔化せないでいるようだ。
校則には真面目な風をしていながら、その実薄化粧をしている事から解る通り、ちゃっかりものである。
仕事押し付けてるんじゃあないか、と過って、ため息がつい出て返す。
「お疲れ様です美桜先輩……今までどこ行ってたんでしょうかねぇ……」
「そう怒んないでよー、私さ、部活の為に色々資料漁ってたんだよ? ほら前々から言ってたじゃん。ネットで面白い論文あったから、許可取って職員室の先生らにPCからプリントして……そのプリントを見やすいように私がマーカーで線を引いて、それについての部長的感想を……」
「水面下活動だけじゃあなくて、たまには掃除も手伝ってください、ね? 是氏先生も”厳しいって”って笑ってたけど……!」
軽く両方のほっぺを、左右から引っ張ってやると「うふぇ~」と美桜先輩が声をあげる。
改めて思うけど、私より背が低いだけに、年上なのにまるでちょっとずるい妹のようだ。
化粧なんてしなくても肌は大体もちもちぷるぷるしてるし、深夜の配信やっててもコレなんだから、隈ぐらいどうだっていいじゃん!
口に出せないだけに、こうしていじると少しすっきりしてきたので「ゆるふぃふぇ、暴力部員~」などと言い始めたところで解放すると、ほっぺを擦ってこちらを涙目で見つめる。
「ごめんって……伊吹くんにもこうしてそうだねきみぃ」
「こうしてって?」
「こういう暴力! それもあの子相手にはもっっと激しいやつ!」
「してないしてないですって。私を何だと思ってるんですか」
思えば、なんなら小さい頃ちょっと互いに内気な所もあって、お互いの物理的な距離は少しだけ開けてすらいた。
それが今では、こうして先輩に――表面上ながら”先輩”に軽く頬をつねり、幼馴染の男子相手に冷たい態度をとっている。
私だって、きっと幼いころを知る人からすればまるきり違うのかもしれない。
伊吹も、その変化の形が悪目立ちする物なだけであって。
しばらくの静寂の後、美桜先輩はすっくと目の前で姿勢を正して、眼鏡の中央部分を人差し指で押し上げ、窓によりかかって腕を垂れさせながら言った。
「さては、恋ですな?」
「そういうのはアニメの考察でやってくださいもう!」
そうしていると、部室の照明がやけに明るく目立っている事に気が付いた。
黒板の上の、時計の方をみると、時計は午後六時を刺していた――まずい、もう早く帰らないと。
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