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水際で生き延びる理由


 北九州市西部に位置する頓田とんだ貯水池は、北九州市民の水源となる豊かな水を湛えている。それは池というよりも、もはや立派な湖。
周囲には原生林のような深い森が広がり、湖岸に沿って一周6キロのサイクリングロードと遊歩道が整備され、市民の憩いの場となっている。


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 この森の樹たちは手つかずのまま伸び放題。遊歩道をのんびり歩いていくと、湖岸に沿って、もこもこと立ち並んでいる水際の樹たちに目が留まる。
年々確実に大きくなる森の樹は、上へ横へと広がって伸びていくが、湖畔に近い樹は、空間を求めて徐々に水際へと枝葉を伸ばすことを余儀なくされ、幹も押し出されるようにゆっくりと傾いていっているように見える。


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 この貯水池の水をせき止めるダムが竣工されたのが1968年。およそ50年間かけて、そのような状況に至ったことになる。ダムの造成によって水没した樹は立ち枯れの幹だけが残り、水際ぎりぎりの樹は傾いても尚、倒れずに踏ん張り続け、生き延びているものが多い。


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 中には90度を超えて傾く樹もある。水面に接すれば、そこだけが枯れて、残りの部分だけで枝葉を伸ばす。やがて持ちこたえきれずに、やがて水中へと倒れてゆく。
しかし倒れてもまだ終わらない。
枯れずに、水面より上に出ている僅かな枝葉だけを頼りに、生き永らえている。


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 もしもここにダムが造られていなかったなら、もっと普通に森の中で、他の樹々たちと共に成長していたことだろう。
 しかし───
傾きながらも、押し出されても、地中に深く根を伸ばし、踏ん張り、耐え、諦めず、生き延びる術を身に着け、陽の光を求め、湖面をわたる風にそよぎ、枝葉を伸ばし続けている。


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 どこに種子が落ちて、どこで萌芽が起こったか。
 それがその樹にとっての運命を決定づける最初で最後の瞬間だ。


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 この傾いた樹たちは、どのように大地に根を伸ばしながら、生きているのだろうか。どのように枝葉を伸ばし、せめぎ合いながら光を獲得しているのだろうか。

分かち合っているのか。
それとも闘っているのか。
或いはそのどちらでもなく、ただ好き勝手に生きているだけなのか。


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 外からは見えない地中での樹の営み。

 そこで思い浮かぶのは、この半世紀もの間、日本の至る所で繰り広げられているススキとセイタカアワダチソウとの攻防の話だ。
セイタカアワダチソウは、戦後アメリカ軍の物資と共に種子が日本に運ばれてきてから繁殖を始めた、北米原産の要注意外来生物。1970年代80年代頃に日本中の空き地などで大繁殖し、在来種のススキやコスモスなどの生息地域を駆逐し続け、一時はススキの絶滅も危惧されたほどだった。

 セイタカアワダチソウは、根から毒性物質アレロパシーを出し、その土地に生育していた在来植物を駆逐していった。モグラやネズミが長年生息している地下約50センチメートルの領域で、そこにある養分を多量に取り込んで大繁殖し、さらにアレロパシーの毒性によってモグラやネズミなども死滅に追いやった。
ところが大繁殖した後、地中の肥料成分を使い果たしてしまい、また自身で放出したアレロパシーによって、自らの種子の発芽率が抑制されてしまうこととなり、繁殖が徐々に減少していくことになる。
結果、最近では背の低いセイタカアワダチソウが目立つだけになり、再びススキやコスモスなどの在来種が勢力を回復することとなった。

(但し、このセイタカアワダチソウには毒性物質だけでなく、人には薬効成分もある。花はハーブティになり、若芽はてんぷらなどにして食べられる。葉はシュンギクをもっと青臭くしたような味。花は蜜があり甘い。薬草風呂にも使われる。サポニンを含み、風呂に入れると本当に泡立つ、とのことである。)


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 どうやらこの森には、この攻防の話に出てくるような毒性物質を根から放出して他の樹を駆逐し、自分だけが生き残ろうとするような種は存在していないようだ。
アレロパシーを有する樹木としては、クルミ、桜、松などがあるとのことだが、実際にそのような樹は写真で確認することはできない。


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 つまりこの森の樹たちは共存して生きている、ということになる。


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 いや、ただ共存しているだけではなく、互いの存在を支え合って生きているのではないか。


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 なぜならアレロパシーの根のような敵対的な働きとは逆に、この水際近くに生きる樹たちの間では、地中深く縦横無尽に絡み合った膨大な長さと量の根が、結果として、傾いていく樹がすぐには倒れないような、しっかりと支え合う役割を果たしていると思えてくるからである。


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