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『漁火(いさりび)』(3) レジェンド探偵の調査ファイル,人探し(連載)

『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第一話】漁火(いさりび)

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 駒田某(以下、駒田とする)の調査は、もう十二年以上前(昭和五十九年)に新宿区大久保に本社があるY工業という会社から依頼されたものだった。
 S港に出向く数日前、落ち着いた中年男性の声で「調査をお願いしたいのですが、社の方に来ていただけますか」という電話があり、その日のうちに担当の今井氏を訪ねたのだが、訪問する前にY工業を簡単に調べてみると、正社員は約五十名の中小企業なのだが、電鉄会社を得意先に持ち、配管工事がメインの会社だった。社歴も長く、毎期四十〜五十億円の完工高を計上して、業績も安定している。
 自社ビルであるY工業の二階受付でライトブルーの制服を着た女子事務員に会社名と名前を告げると、あらかじめ知らされていたらしく、やや緊張した面持ちで私を応接室に案内してくれた。私が探偵ということで緊張しているのだろうが、その対応はきびきびして好感が持てるものだった。
 広い応接室は決して豪華ではないが、壁に掛けられている絵や調度品は来訪者を和ませてくれる趣味のいいものだった。
 受付の対応や応接室の雰囲気を見ると、その会社が堅実に経営されているかどうかがわかる。私はこの会社が信頼できる会社であると感じた。
  我々探偵に仕事を依頼する会社や個人は、自分で解決できないことを持ち込むわけだが、なかには人に話せない事情があることも少なくない。当然、依頼人は探偵社や探偵に対し信頼がおけるか吟味するが、我々探偵も依頼人が信頼できるか、最初に会うときは神経を使う。
 私が探偵であることを話すと、よく「探偵の仕事をしていて、怖い目に遭いませんか?」と聞かれる。怖い目に遭ったことは探偵家業四十年のなかでも数えるほどしかないし、ドラマの探偵のような生き死にに関わる「絶対絶命のピンチ」におちいったことなど皆無と言っていいのだが、私は先の質問に「一番怖いのは依頼人ですよ」と答えることにしている。
 なぜかというと、まず第一に、依頼人は必ずしも本当のことばかり話すわけではないからだ。こんなことを話す必要がないと思って口にしない場合もあるのだが、依頼人は時として自分に都合がいいように嘘をつくことはある。
 ごく最近、女子大生の誘拐事件があったが、この事件の犯人は、女子大生の行動を知るため、探偵に「息子の結婚相手の行動が知りたい」と偽って調査させ、犯行を行ったという。確認はしていないが、この探偵はたぶん私の知り合いである。これも想像だが、彼は警察にこっぴどく絞られたのではないだろうか。
 また、依頼するときは低姿勢だったのに、調査して結果を報告すると、態度を豹変させ、約束した報酬を出し渋り、挙げ句の果てに金を払わないで逃げる者もいる。依頼人が信頼できる会社や人であるかを見極めることも、探偵家業にとって大切なポイントなのである。

(4)につづく

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