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『盗聴(みみ)』(6)  レジェンド探偵の調査ファイル(連載)

『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第七話】盗聴(みみ)

5(後半)

 調査三日目は、三日後の月曜日。土、日は依頼人が在宅していたからだ。
 前回の調査でマルヒが十時過ぎに家を出たため、念のため早めに行くことにした。調査員三名が九時半ごろ車で本人宅に向かっていたところ、追尾装置を付けたマルヒの車が移動していることを事務所から知らされる。「マルヒの車は井の頭通りの代田橋あたりを走行している」と聞いて、急いで後を追った。
 依頼人とじゃ、調査開始を「午前十時、自宅前」と決めていたから、私のほうの落ち度ではない。しかし、いまはそんなことを言っている場合ではない。調査員たちは事務所と連絡を取りながら調査車を走らせた。
 やっとマルヒの車に追いついたのは、十時七分、世田谷区北沢三丁目の路上だった。車は停車して、誰かを待っている様子である。それから三分もしないうちに、男が車の助手席に乗り込んだ。男はドアを閉めると、運転席にいるマルヒの頬あたりにキスをした。
 マルヒと男が乗った車は、十一時過ぎに有楽町に着き、西銀座地下駐車場に入った。十一時半、駐車場から表通りに出た二人は、手をつないで銀ブラを楽しんでいる。相手は三日前に新宿で食事をした男だった。白いシャツの胸ボタンを開け、首に金のネックレスをしている。やや不良っぽい感じがするが、マルヒの服装も若々しいのでいま風の仲睦まじい夫婦と見えなくもない。
 正午少し前に銀座四丁目にあるレストランKで食事をすると、ゴルフショップなどをウィンドショッピングして、西銀座の「有楽町マリオン」に入る。エレベーターで八階にある映画館に行き、売り場に並ぶことなく入場した。チケットは前もってマルヒが用意していたのだろう。上映映画は「マトリックス・リローデッド」だった。
男と腕を組んで、マルヒが映画館から出てきたのは二時四十分。二人は上気した顔で話しながら、車を停めた駐車場に向かった。

 私は、調査員から報告を聞いて、ずいぶん大胆な奥さんだと驚いた。依頼人である夫の職場は、手をつないで歩いた銀座から数百メートルも離れていない。夫に見つからなくても、彼女を知っている夫の同僚に見つかる可能性は充分ある。
 人妻の不倫はある意味「破滅型」である。デートをしているときは状況判断が甘く、自分のしていることがどれほど罪深いかわかっていない。もし発覚すれば、夫に激怒され、子供たちが持つ母親のイメージも崩れ、最悪の場合、家庭が崩壊して人生が大きく狂うかもしれないのである。にも拘らず、この奥さんのように、夫の職場の目と鼻の先で、手をつないでデートをしたりする——もし、夫にバレても泣いて誤魔化せばどうにかなる。それでもダメなら「あなたが私に優しくしないからこんなことになったのよ」と開き直ればどうにかなるとでも思っているのだろうか。もっとも、最近はこれで押し切られてしまう夫も少なくないのだろうが……。
 話を調査に戻そう。駐車場から出たマルヒの車は、晴海通りから国道二四六(青山通り)に入り、世田谷方面に向かった。ところが、ここでアクシデントが起こった。
 五時十五分、大山交差点の信号を左折した辺りで、調査車両が前の車に阻まれ、失尾(しっぴ:尾行対象を見失うこと)してしまったのだ。すぐに前述した追尾装置で調べたのだが、なぜか「圏外」という表示が出て、この方法でもマルヒの車を確認できなくなった。
 追跡装置は電池切れになると機能しなくなるが、まだ電池が切れることはないはずだ。電池切れでないとすれば、地下の駐車場か巨大な建物に遮断されて、電波が届かなくなっている状態が考えられる。調査員たちはマルヒの車を必死で探した。やっとモニターにマルヒの車の位置が表示されたのは、夜の十時二十一分だった。時間はすでに四時間以上過ぎている。マルヒの車は、下北沢から井の頭通りに入り、自宅に向かって走行しているところだった。夜十時四十四分、マルヒの車が自宅に停まったため、調査員たちは追跡をやめ、その日の調査を終了した。

(7)につづく

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