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『ヘッドハンティング』(9) レジェンド探偵の調査ファイル(連載)

『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第四話】ヘッドハンティング

 何回目かの公判のとき、裁判長が法廷検事(取り調べをする検事とは別人)に
「ところで、検察に聞きます。本件の被害者は、警察に訴えるまで、どうしてこんなに時間を掛けたのですか? Tホテルのすぐ近くに、渋谷署があるはずです。被害者の調書を見ると、生命の危機を感じたように言ってますが、この点はいかがですか?」
 そう聞かれた検事の狼狽ぶりは、極めて滑稽であった。しどろもどろとは、このような場合の表現であろう。
「えーその点につきましては、担当の者に聞いて後ほど……」
 と口の中で、もごもご言い、ついには答えられぬまま閉廷した。
 私は、いまさらこの事件を、蒸し返したり、私の正当性を語るつもりはない。
 ただ、探偵には、ある日、突然、このようなアクシデントに見舞われる危険があるのだということを、若い探偵や読者に知ってもらいたいのである。
 私とて、何でもかんでもやるわけではない。たとえ依頼人の指示でも、明らかに法律に触れると判断すれば、きっぱり断るし、反対に依頼人を嗜めることもある。
 裁判長に諭されるまでもなく、五十歳を越えて、警察のご厄介になりたくもない。むしろ、日々、細心の注意をはらい生活をしているし、己の欲望のために犯罪に手を染めなければならないほど困ってもいない。
 もうひとつ付け加えれば、既述したように、私は才川氏と面談するについて、ホテルの会議室での録音以外に、別の「保険」を掛けて置いた。「工作」と言ってもよい。中身について詳しくは書けないが、才川氏の偽りの供述が覆せる。言い換えれば私に対する嫌疑が、一瞬で解消するほどのシロモノである。
 才川氏は、私と別れたあとホテルを出て、明治通りに面して設置してある公衆電話で、自宅の妻に電話を掛けている。
「ああ、かあさん。いま、例の人と会った。とても紳士的な人だったよ」
 これを聞いた妻は、「そう、よかったわね」と応じているのである。
 それから二か月後、ひとりの探偵が突然逮捕されたのである。

(10)につづく

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