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『薔薇』(8)  レジェンド探偵の調査ファイル,内定調査,詐害行為(最終回)

『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第六話】薔薇

 この日、愛犬のタローだけは、佐伯氏が自分たちが一緒に連れて行くと申し出たため、ケージから出されて娘のベンツに乗り込んだ。ケージから出され、嬉しそうに尻尾を振って佐伯氏にじゃれるタローの姿に、私は心底ホッとしていた。佐伯家のタローは、我が家で飼っているロンという犬に何となく似ていて、特に人なつっこく愛らしい目がそっくりだったからだ。
 ロンが我が家の一員になったのは、その一年ぐらい前だった。このロンを飼うようになったいきさつも鶏小屋みたいな家を買ったときと同様、ある意味で「行き当たりばったり」だった。
 ある日曜日、妻を助手席に乗せ、目白通りを走っていたとき、
「このごろ腹が出てきたなー。犬でも飼って散歩したら運動になるかな」
 と独り言のようにつぶやくと、
「毎晩のように飲み歩いて午前様なんだから、お腹が出るのは自業自得でしょう」
 妻は日ごろの不満を持ち出し、予想していた反撃を始めた。
「まあでも、犬を飼うのはいいんじゃない。実は、私も飼いたいって思ってたの。その代わり、散歩をさせるのはあなたの役目よ」
 こう言って、
「あら、あそこにちょうどペットショップがあるじゃない。ちょっと停めて。見てみましょうよ」
 と、車を店の前に停めさせた。
 このペットショップにキャバリア犬のロンがいて、うちの一員になることになったのだが、もともと犬好きだった私はもちろん、妻もロンのことを子供同様に可愛がるようになった。

 家を強制退去させられた佐伯氏は、銀行の支払いや利息を故意に遅らせたため住んでいる家を競売にかけられ、挙げ句の果てにヤクザを使って購入者である岩井社長を脅そうとした男である。彼がどんないきさつでタローを飼うようになったかわからないが、金の亡者とも言える佐伯氏も、あのタローだけは大切に可愛がっていたのだろう。それはタローの穏やかな様子を見てもわかる。あの愛らしい目をしたタローが愛する飼い主のもとに引き取られたのは、犬好きの私にとってはとても嬉しいことだった。

 あの強制退去から九年の歳月が経ったいま、依頼人の岩井社長の会社は現在も右肩上がりに業績を伸ばし、Z町の家からもっと広い家に転居したという。人にはその人なりの人生があるように、家にもまた不思議な運命があるようだ。その後、庭に黄色い薔薇が咲くあの家にはどんな人が住み、どのように暮らしているのだろうか?
 そして、飼い主が家を強制退去させられたことなど知るはずもなく、自分を迎えに来てくれたご主人に、ただただ嬉しそうに尻尾を振っていたタローはどうなったのだろうか。私はそんなことをふと思いながら、あの事件を振り返る。

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