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ディズニープリンセスの恋愛学1——ロマンスの語り方


はじめに

  みなさんは「ロマンス」という言葉から何を連想しますか。この言葉の起源と発展の歴史はちょっと複雑です。中世ヨーロッパでは「物語」を、そして現在では「恋愛小説」、あるいは「恋愛」を意味する言葉として広く使われています。「物語」と「恋愛」では随分と意味上の距離があるように思うかもしれません。しかし、古くから文学作品が「愛」をテーマにしてきたことを考えると、あながちミスマッチというわけでもありません。20世紀アメリカのエンターテイメントの立役者と言えば、もちろんウォルト・ディズニーですね。ウォルトはヨーロッパに古くから伝わる民話や19世紀のアメリカ文学に造詣が深かったことから、彼自身「物語」をベースにして、たくさんの映画を製作し、テーマパークの建設を手掛けることになります。ディズニー映画には、さまざまな「愛のかたち」がひしめいています。このテーマでは、ディズニー作品における恋愛について考えてみたいと思います。


ラブストーリーは突然に

 偶然出会った誰かに、瞬間的に「運命の赤い糸」を感じたことはありますか?ディズニー・プリンセス映画のお約束のひとつとして、いわゆる「一目惚れ」の場面を挙げることができます。なかでも、最初の長編アニメーション『白雪姫』(1937年)の冒頭で描かれる王子さまと白雪姫との出会いのシーンは印象的です。白雪姫が井戸端で水を汲んでいるときに、たまたま通りかかったのが白馬に乗った王子さま。この偶然の出会いが二人の愛のきっかけになるのですが、実はこの場面は原作である民話をロマンスとして成立させるために欠かせない仕掛けになっています。というのも、グリム童話の「白雪姫」の場合、二人が出会うのは、あの毒りんごを口にした白雪姫が息絶えてしまった後なのです。グリム版は恋愛譚というよりもむしろ、自らを死に至らしめた実の母親(ディズニー版では継母に変更)への復讐譚と言うべき筋書きです。少々おどろおどろしい民話をエンタメ作品に改変する仕掛けとして、映画の冒頭で「一目惚れ」の場面を用意し、二人のあいだに恋愛感情を芽生えさせておくという工夫がなされています。こうすることで、「王子のキスによって甦る」クライマックスの場面で二人の愛が成就し、ロマンスが結実することになります。一目惚れした二人が、いろいろな事情から引き裂かれ、最終的には結ばれるというフォーミュラは、『シンデレラ』(1950年)に代表されるように、その後のロマンス系ディズニー映画の典型的なパターンとして定着していきました。ディズニー映画の「一目惚れ」というレトリックの起源は、ウォルト・ディズニーがラフォグラム社時代に制作した短編コメディー『シンデレラ』(1922年)にまでさかのぼります。この作品は無声映画なのでセリフはキャプションで表現されています。シンデレラと王子さまが出会う場面にはしっかり「一目惚れの愛 (Love At First Sight.)」とキャプションが付される形で強調されています。



 ディズニー・プリンセス映画において、王子さまのキスによる再生の場面はロマンスを彩るもう一つの典型的な仕掛けです。典型的な美女再生譚である『白雪姫』や『眠れる森の美女』では王子さまのキスなしでは、プリンセスの復活という筋書きは成り立ちません。ところが、原作の民話にはキスの描写はありません。この場面は恋愛物語としてのハッピーエンドを彩る欠かせない要素なのですが、考え方によっては、男性の庇護なしでは生きることすらままならない受動的な女性像の象徴と見ることもできます。ディズニー版「白雪姫」を現代風にパロディ化した興味深い例として、アメリカ作家ドナルド・バーセルミの小説「スノー・ホワイト」(1967年)を挙げることができます。フェミニズム運動が高まりを見せた時期に出版されたためか、この小説にはヒーローとしての王子さまは存在せず、当然、ディズニー版に見られた「王子さまのキス」の場面もありません。さらには「王子さまのキス」というロマンスの仕掛けをディズニーが解体してしまった例を挙げることもできます。記憶されている方も多いと思いますが、アニメ―ション映画「眠れる森の美女」(1959年)のリメイクである「マレフィセント」(2014年)では、もはや呪いを解く鍵となるはずの「王子さまのキス」でお姫様が目を覚ますことはありません。


 ディズニー・ロマンスのお家芸である「王子さまのキス」という仕掛けを少々変わった形で焼き直しているのが、初めてのアフリカ系ヒロインが登場したことで話題を呼んだ『プリンセスと魔法のキス』(2009年)です。呪いによってカエルにされてしまったナヴィーン王子。王子を人間の姿に戻そうとヒロイン役のティアナはカエルに口づけするのですが、なんと彼女までカエルになってしまうという衝撃的な展開からこの物語は始まります。王子のキスによって再生するプリンセス、というフォーミュラを反転させているだけでなく、カエルにキスをしたプリンセスまで呪いにかかってしまうどんでん返しが見るものを惹きつけてやみません。この意表をつく筋書きには当然、落としどころがあり、最後にはお約束どおりにキスによって二人は人間の姿に戻ります。(つづく)



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