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愚かな「本土決戦思考」をやめて、直ちに五輪中止を決断せよ

  

 以下は、9月にWEZZYにて発表した文章に大幅加筆したものです。                                 今年の8月は記録的な暑さとなり、東京都内での熱中症による死亡者は187人にのぼった。あらゆるメディアが熱中症警報を出しても、毎年多くの犠牲者が出る。危険性が分かっていても、熱中症を完璧に防ぐことは出来ないのだ。こんな状況でオリパラが開かれていたら、必ず観客やボランティアの死者が出ていただろう。開催が無くて、つくづく良かったと思う。

コーツ副会長「コロナでも五輪は開催」と発言

 来年に延期された東京五輪の開催は、一にも二にもワクチンや治療薬の開発が間に合うかどうかにかかっている。辞任表明した安倍首相が一年延期を決めた際、「来年までにワクチンが完成するから大丈夫」と言っていたのが決め手となったと言われているが、もはやその可能性は限りなく低くなってきている。そんな中で政府と東京都、組織委は9月4日に合同の「五輪コロナ対策調整会議」の初会合を開いたが、具体的な対策案はまだまだこれからだ。

 その矢先の8月28日、五輪招致時に首相を務めていた安倍首相が、突然退陣を表明した。強力な推進役の突然の退場に、当然ながら組織委は衝撃が走った。だが9月7日、その懸念を打ち消すように、IOCのコーツ副会長が「コロナパンデミックに関わらず、東京五輪は来夏に開催されるだろう」とAFP通信のインタビューに答えた。
 「コロナがあっても五輪は必ずやる」とも受け取れるこの発言は世界中に広がり、安部退場で意気消沈していた森会長や組織委は、俄然息を吹き返した。この発言の真意は分からないが、恐らくは4日の日本の対策会議の模様を聞いたコーツが、日本が官民一体となって五輪開催に邁進しようとしているのを援護したのではと言われている。だが9日には、IOCのバッハ会長は「(コーツの発言は)あれは文脈中の一部」「IOCが目指しているのは、参加者全員が安全な大会だ」と若干軌道修正した。

ワクチンは間に合わない

 9月に入りWHOは、コロナワクチンの完成は来年中盤以降との見解を発表した。それでも米国のトランプ大統領はワクチン開発を「オペレーション・ワープスピード」などと呼び、11月の大統領選に間に合うかのような発言を続けていたが、9月8日、世界の製薬・バイオ企業9社が拙速な承認申請はしないという共同声明を発表した。                   

 トランプの圧力があっても急いで承認申請をすることはない、と世界に宣言したわけで、こうした声明を、利潤追及を目的とする民間企業が出すのは極めて珍しい。トランプの口車に乗って早期承認を求め、もしその後重篤な副作用が発生して訴訟沙汰にでもなれば、その会社は潰れるという危機感がそうさせたのだろう。

 ロシアのプーチン大統領は三次治験を行わない段階でのワクチンを11月には完成させると息巻いているが、それは正式なワクチンとは言いがたく、他国で使用される可能性はほとんどない。
 そして、ついにと言うべきか、製薬大手で日本と優先供給契約を結んだアストラゼネカ社は9月9日、三次治験中に重篤な副作用が発生したとして、全世界での治験を中断したと発表した。やはりそうした事態は起こりうるのだ。

 それも当たり前で、ワクチン開発というのは通常、早くても3〜4年かかると言われている。SARSやMARSのワクチンは、実は今でも完成していないのだ。コロナの場合は、それを半年程度でやろうとしているのだから、どれだけ無茶な話か分かろうというものだ。世界中の医師達からもその有効性と副作用の危険性について、疑念が噴出している。もはやワクチンが五輪開催に合わないのは明らかである。

悪あがきの「ウイズコロナ五輪」構想

 このように、ワクチンに関しては来年早期の実用化はほぼ絶望的な状況なのに、日本政府や組織委は「ウイズコロナ五輪」などという世迷い言を発明し、コロナ対策をしながら五輪開催を模索する動きを加速させている。その具体的な場が、9月4日に開かれた調整会議だったのだ。
 この会議は「万全のコロナ対策をしての五輪開催」を目標にしている。現在入国制限している国でも、選手は特別扱いして1人1人に専用車をつけるとか、入国した選手は選手村に「隔離」して複数回のPCR検査をすればいいのでは、という非現実的な案が真顔で話し合われたらしい。(以下は政府調整会議のURL)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tokyo2020_suishin_honbu/coronataisakuchoseikaigi/dai2/gijisidai.html

 だが選手やコーチ、関係者を特別扱いしただけでも1万数千人になるし、それら全員の健康面を完全に掌握するのは困難だ。また、金メダル候補の人気の高いプロ選手などは、元々自前で豪華5つ星ホテルを予約するから選手村には入らないし、そうした人たちを強制的に選手村に入れて隔離など、出来るはずも無い。
 また、現在全国約400カ所の市区町村で、各国選手達の事前合宿を迎え入れる「ホストタウン」が予定されているが、多くはコロナ専用病床など無いような、小さな自治体である。それらに対し政府は、各自治体側がマニュアルを作成し、医療体制の準備などを要請すると言っているが、果たしてそんなことが可能なのか。結局は各自治体や医療従事者、ボランティアに対し、過大な出費と労力を拠出させることになる恐れが非常に高い。

簡素化の真逆をいく「万全のコロナ対策」

 そして立ちはだかるのが費用の問題である。組織委は1年延期で発生する追加費用への批判を和らげるため「五輪簡素化」を言い出して経費の圧縮に躍起だが、このコロナ対策はその真逆をいくものだ。

 選手村専用PCR検査機器等の準備、選手や関係者専用の病院と語学力のある医療従事者の確保や、各会場やバックヤードの仕切り、空気清浄機、扇風機、検温器など、新たに巨額の設備投資が発生するのは目に見えている。それなのに、会議では費用面が一切語られていないのだから、極めて無責任だ。まさに「机上の空論」のオンパレードと言えるだろう。
 さらに、酷暑の季節に観客や関係者全員にマスク着用を義務づけることになり、酷暑対策とも真逆になる。今夏、暑い日にマスク着用を経験した方なら理解できるだろう。酷暑対策も有効な手段が無かったのに、そこにさらにコロナ対策が重なってくるのだから、まともに考えれば不可能である。

「開催」のみが自己目的化し、暴走している

 その不可能に挑戦するがごとく、とにかく進軍ラッパを吹き鳴らしているのが、森喜朗組織委会長だ。9月に入り、「とにかく、どんなことがあっても来年は必ずやります」「どんなことがあっても必ずオリンピックは開かれます」などと発言している。つられた橋本聖子五輪相も「中止は一切考えたことが無い」「自信をもって準備している」などと言っている。
 もちろん、どんな発言をするのも森氏や橋本氏の自由だが、組織委会長、五輪担当相という重責を担う立場なのだから、「必ず開かれる」と断言する理由、その確たる根拠を説明する責任があるはずだ。だが、「必ず開かれる」という発言の根拠が明かされたことはない。開催出来るという科学的根拠も無く、ひたすら願望だけを叫ぶのは極めて無責任だ。もはや、とにかく開催することだけが自己目的化しているようにしか見えない。
 選手全員に専用車をつけ、行動を制限し、試合終了と同時に帰国させれば、確かに感染の危険性は減るだろう。しかしそれには巨額の予算がかかるし、それと同時に、世界中の若者が一堂に集まって友好を深めるという、五輪最大の目的も失われる。ひたすら感染を防ぐことのみに執着し、選手同士や観客との交流を制限する五輪に、一体どんな開催意義があるというのか。

愚かな「本土決戦」思考をやめて中止を決断せよ

 簡素化を目指すといいながら、さらなる巨額の支出が発生し、安心安全と言いながら、数万単位の観光客が集まる中でのコロナ発生を食い止めることが不可能なのは、小学生にでも分かる。それなのに、政府と組織委は「予防措置を頑張れば、なんとか出来るかも知れない」「もしかすると、ギリギリ直前になってワクチンが完成するかもしれない」などと言いながら中止決断を先延ばしにし、現在も会場の賃貸料、組織委の人件費など億単位の無駄な出費を生じさせている。  

 ワクチンも治療薬も無いのに「頑張って準備すればなんとかなる」などと叫ぶのは、太平洋戦争末期、米軍を本土に呼び込んで一度これを叩けば、有利な条件で講和に持ち込めるかもしれないと考えた、日本陸軍の愚劣で何の根拠も無い「本土決戦思想」と同じである。刻々とあらゆる指標が「中止」を示しているのに、損害賠償や責任追及から逃れるため、いたずらにその決断を先延ばしにするのは、もうやめるべきだ。出来もしないことを、出来るかも知れないと言いつのり淡い希望を抱かせるのは、世界中のアスリートに対して失礼だろう。
 東京五輪の開催は、もはや99%あり得ない。すでに死語になったかもしれないが、「アスリートファースト」の観点からも、一刻も早い中止を決断すべきである。

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