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ユーザーデータの活用と倫理性は共存できるか

本記事は北欧のデザインメディア「DeMagSign」の公式翻訳記事です。
元記事はこちら:Can data and ethics live together

デジタル製品をデザインする際、ユーザーの情報と重要なデータの扱い方を決める段階になると非常に難しくなります。今回はSketchのデザインアドボケイトであるMatteo Gratton氏がより倫理的なデジタル製品をデザインする方法について語ります。

デジタル製品を使う人がどんどん増えてくるにつれて、データトラッキングやデータ収集、GDPR、Cookieの設定、暗号化、多要素認証などといった言葉を日常的に聞くことが多くなっています。そこには、私たちが現に存在し、また進んで行くべきデジタルの領域があります。このことは、私たちにデジタルなアイデンティティがあるということだけではなく、それをどう扱い、守るべきかを学ぶ必要があるということでもあります。

私たちが毎日使っているデジタルプロダクトを作っている企業は、ユーザーのアイデンティティ、データ、重要情報を尊重し保護するようなプロダクトをデザインする責任があります。これはData Ethics(データ倫理)に関わる議論ですが、データ倫理はオックスフォード大学の教授で哲学者であるLuciano Floridi氏とMariarosaria Taddeo氏によって次のように定義されています。

「倫理的に適切なソリューション(適切な振る舞い、または適切な価値)を定義し、これを促進するための、データ(生成・記録・キュレーション・処理・頒布・共有・使用等)、アルゴリズム(AI・機械学習・ロボット等)、及びそれらに対応する方法(責任あるイノベーション・プログラミング・プロフェッショナルとしての規範等)に関する倫理的な問題を研究・評価する倫理学の新しい分野」

SketchのデザインアドボケイトであるMatteo Gratton氏は、倫理とプライバシー、そしてデータを第一にデザインする方法を考え続けています。Sketchは実際に、ユーザーのデータとデザインに関する倫理を尊重したコラボレーション機能を開発することに成功した企業なのです。デザイナーがもっと倫理的なプロダクトを作る方法、そしてユーザーがもっと意識的にデジタルプロダクトを選ぶ方法について、Matteo氏が語ってくれました。

──今日(こんにち)のデータの収集と取扱に関する主な倫理上の問題は何でしょうか?

この問題には複数の段階があると思います。まず第1に企業のレベル、第2にプラットフォームのレベル、そして第3にユーザーのレベルです。それぞれのレイヤーに倫理上の問題、プライバシーデータの管理上の問題があります。そしてそれらの問題の多くは、収集し蓄積したデータに対する強固なビジネスモデルへの理解不足から生じていると言えるでしょう。

一番の問題はユーザーに十分な知識が無いことであり、世界的な法規制が十分でないことが事態をさらに悪化させています。このような状況なので、ユーザーは「サービスを利用するため」としてどんな条件も受動的に受け入れてしまい、企業はどんなものでも手に入れることができるのです。ヨーロッパにはGDPRの法律がありますが、これにしても、データの安全はユーザーが信じているほど頻繁でも広範でもないので、ユーザーはデータの保護について過信させられているケースが多いのです。

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BBC.comのポップアップ・メッセージの例。「同意する」をクリックさえすれば、ユーザーはWebサイトのコンテンツにすぐさまアクセスできるようになります。

──企業は、デジタル製品のデザインについての方針や方法をどのように変化させているのでしょうか?

問題を十分に認識して、真剣に取り組んでいる企業もあります。この問題を最優先事項に置いている会社もありますが、まだまだ少数派だと言わざるを得ません。多くの企業はルールに可能な限り厳格にただ従いつつ、データを収集し、蓄積し、管理する方法を探しています。最近では、データの共有(及び分析結果の共有)は非常に儲かるビジネスなのです。

──ユーザーのデータを保護するために、Sketchはどんなことをしていますか?

Sketchは、私たちがこのテーマに関して直面している問題を十分に認識しています。私たちは、現在のルール以上のことをすべきだと信じています。私たちはユーザーから得たデータを収集も、蓄積も、共有もしません(Workspaceとそのメンバーの中で共有するSketchファイルは別です)。私たちが蓄積するものはすべてユーザーが簡単にアクセスできるものであり、ユーザーがSketchのアカウントにログインした際にも一切トラッキングしません。ログインする前に最小限のトラッキングを行うのみであり、ユーザーのIPアドレスすら秘匿とします。私たちは透明性が最優先すべきものだと信じています。透明性こそが、ユーザーと私たちの間の良好な関係、そしてWorkspaceにおけるユーザー同士の良好な関係(たとえば、マネージャーとそれ以外の従業員の関係など)を育むものだからです。メンバーの誰かに見えているものは、他のメンバーにも見えるのです。

さらに、私たちはあらゆるSketchのファイル上で起こるアクティビティの一切を蓄積しません。ただ、ファイル自体の複数のアップデートを追うためにセーブファイルを蓄積するだけです。アップデートの中にはすべての共同作業者の作業内容が、たった1人のメンバーが手動で保存した内容すら含まれます。最後に、ユーザーは共同作業者のリストをMacアプリ上でいつでも見ることができますが、直近の15分間のセッション以外は、どのくらいの時間滞在したのかもわかりません。ただ、誰かがドキュメント上でアクティブなのかどうかがわかるだけです。

──デジタル製品をもっと倫理的なものにするために、私たちデザイナーには何ができるのでしょうか?

データを求めるインタラクションとインターフェイスをデザインするのは私たちなのですから、絶大な影響力があると思います。私たちは、どのデータを集めるべきかという議論の中にいます。真に必要ではないデータを求め、蓄積し、扱っていると思ったら、いつでも声を上げることができるのです。私たちは、システムを機能させるのに必要な最小限のユーザーデータだけを保持するように努めるべきだと思います。

少し補足させていただくと、たとえあるデータがシステムを動かすために必要だとしても、それが本当に必要だということに確信が持てるまで何度でもしつこく確認しなければなりません。

もうひとつ、私たちが大きな影響力を持つ可能性があるのは、ユーザーに対するデータの開示の仕方です。私たちは、ユーザーに対して必要な情報を必要なタイミングでデータを開示するようにしなければなりません。いずれ、私たちはプロセスの中でユーザーを置き去りにしないようにする必要があります。たとえほんのわずかなユーザーを取りこぼしたとしても、その影響は莫大なものになるでしょう。

最後に、集めたデータの中で有用でなくなったデータが廃棄されることを保証することもできます。たとえば、ユーザーがサービスを退会したらアカウントを削除するなどです。

──透明性とプライバシーの尊重が見られるデジタル製品の例をいくつか挙げてください。

たくさんありますが、私たちの誰もが毎日使っている、ブラウザとメッセージアプリなどがあげられます。

透明性とプライバシーの尊重でよく知られているブラウザのひとつは、Firefoxです。彼らはWebサイト閲覧時のプライバシーを強化するようなたくさんの機能を追加しました。たとえば、Containerは複数のタイプのWebサイトを分離し、それによってユーザーが追跡されるのを困難にしています。また、HTTPS everywhereも、デフォルトでオンになっているDo Not Trackオプションもあります。

もしWebサイトがどのようにデータを集めているのかが気になる場合や、その他プライバシーの観点で気になることがあれば、プライバシーをもっとうまく管理できるようにするための拡張機能がたくさん用意されています。Firefoxにはほかにも、ユーザーがオンライン上のプライバシーとセキュリティについてより理解を深めるためのブログもあります。

メッセージアプリについては、プライバシーを第一に考慮して作られたアプリの優れた例として、Signalを挙げたいと思います。Signalは、アプリをインストールする際にデータを保存したり、データの共有を要求したりしません。他にもユーザーがプライバシーを守り、何でも削除できるようにするための多くの機能があります。たとえば、受け取って読んだ後、特定の秒数が経過すると消えるようなメッセージを送ることもできます。個人的には、Signalに比べて他の似たようなアプリがとんでもない量の情報を必要とすることが信じられません。

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メッセージ・アプリが収集する情報。左から、Whatsapp, Facebook Messenger, Instagram, Signal, Snapchat, WeChart, Telegram。(出典:Reddit

──このテーマをユーザーの立場から見てみましょう。一部の人たちは、たとえば、ソーシャルメディアアプリのような無償のアプリの場合、企業の利益になるようなデータを提供して(あるいは売って)いるのだから、ユーザー自身がプロダクトなのだと言いますが、どうでしょうか? ユーザーはどうすればうまく対処できるのでしょう。

残念ながらこれはその通りだと思います。サービスやプロダクトが無償だからといってユーザー自身がプロダクトになる必要はありません。一方で、ビジネスには生き残るためのお金が必要であり、自社のサービスやプロダクトを何とかしてマネタイズする方法を見つけなければならないのです。それでも、越えてはいけない一線というものがあるはずです。問題は、この一線を定義するのが難しいということです。

データを解析すれば、ユーザーが誰なのか定義することができます。しかし近年厄介なのは、ユーザーのデータはそのデータを求めるサービスやプロダクトの一部であるだけでなく、他のプロダクトとも共有されるということです。さらに悪いことに、データは売られて(データそのものが売られる、データを持つ企業が他の企業に買収されるなど)、他のデータベースに統合されることもあります。

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Identity in a Digital Worldというレポートは、私たちの生活の中で存在感を増すデジタルアイデンティティについて、それが使われる一般的な目的や分野を具体的に参照しながら学ぶための便利な入門書です。(出典: We Forum

最後に、データは消えることがないということです。現実として、データは継続的に収集され、蓄積されているのです。もし企業がそのデータを消さずに保持するならば、もう忘れられることはできません。私たちユーザーには、忘れられる権利があるはずです。単純な「データは匿名データとして収集されます」という文言は、「何だろうが気にしません」のちょっと丁寧な言い換えのようにしか聞こえず、これでは不十分だと思います。

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「デジタルの墓場」の2つの可能性です。Carl J. Öhman氏とDavid Watson氏による研究は、デジタルの死について考察しています。非常に人気の高いFacebookを題材にしたこの研究は、2つのシナリオを提示しました。1つは、Facebookを使う人が世界的に減速するシナリオ(左)、もう1つは、対象グループの90%に達するまで現在のペースで成長を続けるシナリオ(右)です。前者のシナリオではプロフィールの10件に1件が死んだ人のものになり、後者では10件に3件に跳ね上がります。どちらのケースでも、Facebook上で死んだ人が生きている人を上回ることは今世紀中にはありませんが、将来起こる問題を示唆しています。(出典: Digit

──ユーザーはデータが間違った使われ方をするリスクにどんどん気が付いてきていますが、これは信頼の欠如に繋がりかねません。Sketchでは、UXでユーザーの信頼を得るためにどのような取り組みをしていますか?

私たちは、重要な情報のいくつかを表示しないことにしている理由を説明するようにしています。実際、なぜ私たちが一切の情報を持たないのか、説明しようとしているのです。これによって、ユーザーが求める機能が足りていないように思われる場合もあるかもしれませんが、私たちは機能よりもプライバシーを優先したいのです。これは珍しい考え方かもしれませんが、私たちはこれに誇りを持っています。プライバシーの問題をユーザーにわかりやすく示し、問題の重要性をもっと理解してもらうことで、他のデザイナーたちもまたこの問題について考え、行動してくれるキッカケになると私たちは信じています。私たち自身の在り方が、倫理的なアプローチが広まるための媒介としているのです。

──将来的に、私たちは倫理的なプロダクトデザインの観点で正しい方向に進むのでしょうか? 私たちがフォーカスすべき変化や機能、方法は他にありますか?

私たちが正しい方向に進んでいるかどうか、それは私にもわかりません。この世界では、自分がしていることが何なのかを理解することは簡単ではありません。世界にはさまざまな違いがあり、テクノロジー業界(とWeb業界)は歴史的な境界と政治的な境界をとうに越えています。私たちは、他よりも厳しいルールに従い、そのことが競争上の問題を生むような地域のような、未踏の世界に入っていこうとしています。

私が心強く感じているのは、この問題がより注目を浴びるようになり、データに関する問題に多くの人が気付くようになっていることです。まだまだ、問題の深刻さと、共通で最小限かつわかりやすいルールの全貌を理解するには至っていません。私たちデザイナーには、世の中を動かす力があります。私は、私たちが世の中をより良くすることができると信じています。

Written by Giorgia Lombardo (Design Matters)
Translated brought to you by Flying Penguins Inc. 🐧

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Design Matters Tokyo 22が来年5月に開催

Design Matters Tokyoは世界のデザイントレンドが学べる、コペンハーゲン発のデザインカンファレンスです。次回は2022年5月14日-15日に開催予定です。GoogleやTwitter、LEGOなどのグローバル企業はもちろん、今年はWhatever、みんなの銀行など国内のデザイナーも登壇予定です。イベントに関する情報はSNSを中心に発信していきますので是非フォローください(カンファレンス参加しない方も大歓迎です)。

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