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システミックデザインの概要をつかもう:シデゼミ Vol.1

近年、社会システムの変革に向けて、システム思考とデザインを結びつける「システミックデザイン」のアプローチが注目を集めています。日常の何気ない行いが、予想もしない環境課題に複雑に結びついてしまう。たくさんの関係者の利害が絡み合う対立をどう解きほぐせばいいかわからない。そうしているうちに状況がどんどん望まない方向へ向かっていく。もはやユーザーや成果物だけを考えるデザインだけでは対処しきれない状況に対し、「システミックデザイン」は、包括的な視野と周囲を巻き込む態度で切り込んでいきます。

ACTANTでは、書籍『システミックデザインの実践』の出版を機に、日本におけるシステミックデザインの展開を検討するコミュニティ「シデゼミ」を立ち上げました。「コモンズ(共有可能性)のデザイン」をテーマに、システミックデザインのメソッドやツールを活用しながら、対話とワークショップを繰り返し、従来のデザインモデルをアップデートする方策を探ろうというゼミ形式の企画です。

そのキックオフとして、この6月に「システミックデザインの概要をつかもう」と題し、3名の登壇者によるオンライントークを開催しました。

シデゼミ Vol. 1|システミックデザインの概要をつかもう:『システミックデザインの実践』出版トーク
日時|2023年6月29日 (木)18:00 - 19:30
会場|オンライン(zoom)
登壇者|武山政直(慶応義塾大学/ACTANT)、水内智英(京都工芸繊維大学/Design Rethinkers)、南部隆一(ACTANT)

『システミックデザインの実践』の監修者である武山政直先生は、サービスデザインの変遷を踏まえて、この書籍が生まれるに至った歴史的な背景を解説。続いて、Design Rethinkersとしても活動されている水内智英先生は、デザイン実践の文脈から、システミックデザインの超・基礎とヨーロッパでの動向などを紹介しました。最後に、ACTANTの南部隆一は、昨年自社で取り組んだシステミックデザインの実践とシデゼミの今後についてお伝えしました。

本記事では、3名の当日の発表内容から、システミックデザインの理解に役立つエッセンスを抜粋してレポートします。


01|サービスデザインの変遷とシステミックデザイン(武山政直)

デザイナーの立ち位置と視点の切り替え

サービスデザインの観点から見てみると、デザインの対象はモノからコトへ、そしてSaaS(Software as a Service)へと拡大してきました。さらに、目に見えるユーザーの体験・タッチポイントの設計だけでなく、サービスのルーティン化を支えている慣習や認知の仕方といった、普段あまり意識されることのない社会的な約束事(制度)にも着目するようになってきています。たとえば、ヘルスケアのサービスを考えた場合、医者と患者という二者の関係性だけでなく、それを取り巻く医薬品の研究開発や患者の家族の生活スタイル、保険制度などの様々なサービスが重なり合って、ひとつの「サービスエコシステム」を形づくっていると捉えられるようになりました。

システミックデザインにおいて重要となるポイントは、デザイナーはサービスエコシステムの「外から」超越的に何でもデザインできるわけではないということです。なぜなら、デザイナーもまた、エコシステムを支える社会的ルールの中に組み込まれているからです。自分たちの依って立つ前提を、システムの「内側から」問い直す、つくり変えるという大変さに取り組むのがシステミックデザインです。

武山:「システミック」という表現は分かりやすいようで分かりにくい。「システムの」デザインと捉えると、デザインの対象がシステムであるという理解になってしまう。「システミック」という修飾語は「デザイン」にかかっている、つまりデザインプロセス自体がシステムの内部で動いていると考えれば、『システミックデザインの実践』の意義がはっきりするだろう。

サービスをエコシステムとして捉えると、デザインプロジェクトに取り組む際に重要となるのが、スケールの切り替えです。プロジェクトが関連領域のサービスや制度・慣習と整合するかどうか、また産業や国全体、グローバルなレベルでどう機能するのか。こうしたミクロ、メゾ、マクロの視点で、自分たちのプロジェクトを理解して進めていくことで、一つのプロジェクトが大きな変化につながる可能性が生まれます。そこにシステミックデザインの大きな特徴があります。

『システミックデザインの実践』の意義

サービスデザインでもシステミックな考え方が必要だとする論調があるものの、明確な方法論やツールが揃わず、これまで実践に移されるまでには至っていませんでした。そんな中で登場したのが『システミックデザインの実践』です。著者のピーター・ジョーンズ博士はシステム思考とデザイン思考の統合を目指してきた研究者で、クリステル・ファン・アール氏はシステミックデザインの実践的なツールの開発に取り組んでいるデザイナーです。両氏はシステミックデザインの実践をサポートするツールキットの開発を10年以上続けており、その集大成として本書が上梓されました。

彼らはシステミックデザインの特徴を「ストレンジメイキング」ではなく「センスメイキング」にあるとしています。これまでは、既存の社会的ルールやビジネスの世界観の中で最適化・差別化をして価値を生み出す「ストレンジメイキング」に注目が集まってきましたが、これからは組織や社会的ルールを根本から変えていく必要があります。このとき、関わるステークホルダーの認識の違いをすり合わせ、価値観を共有する「センスメイキング」が重要になってきます。

マッピングツールの紹介

センスメイキングには、様々なステークホルダーがデザインに参加していく必要があります。そこで不可欠なのが、共通のビジュアル言語です。「システミックデザイン・ツールキットが提供するのは、基本的にシステムのモデリングと変革に向けた強力な足場と枠組みだ。問題に関する対話を促す新たな言語でもある」と書かれているように、『システミックデザインの実践』には、共創によるデザイン実践を手助けする30の様々なマッピングツールが紹介されています。

ツールは「フレーミング」「センスメイキングとアナリシス」「リフレーミング」「コ・デザイン」「ロードマッピング」というデザイナーにもなじみのあるデザインプロセスに沿って用意されており、複雑なシステムを視覚的に理解することができます。

これにより、本書が強調するポイントでもある、センスメイキングに多様な参加者を招き入れていく「コレクティブな場づくり」も促されるようになっています。ただし、具体的なアウトプットの形式(プロダクト・サービス・コミュニケーション・政策など)は読者に任されているため、シデゼミではこの本を使いながら実践することに挑戦していきます。

02|システミックデザインの基礎とヨーロッパでの動向(水内智英)

システミックデザインとは?

2020年代以降、コロナ禍やウクライナ侵攻などを通じて「社会の課題は複雑で、『ひとつ』は『いくつも』と関係しあっている」ことが浮き彫りになりました。こうした複雑化する社会において、システミックデザインはますます必要になっています。

システミックデザインは、「直線的な解決方法ではなく、システム全体を包括的に捉え、システム全体に変容が浸透していくことを目指したデザインを分野横断的に探索・実行すること」と定義されます。ここで注意しておきたいのが、「システミック」は「システマチック」という単語とは異なるということ。「システミック」とは包括、全体、全身、全体への浸透を意味する単語であり、組織的、体系的、秩序・整然、機械的を意味する「システマチック」とは似て非なる言葉です。

ドネラ・H・メドウズは、『世界はシステムで動く』の中で「システムとは、何かを達成するように一貫性を持って組織されている、相互につながっている一連の構成要素」と定義しています。システム思考は、こうした複雑な要素の関係性や長期的な影響を記述・分析することができますが、多くの場合は理論的な理解に留まり、具体的な解決策に踏み込むものではありません。システミックデザインは、このシステム思考と、望ましい社会像を描き、実社会に介入するというデザインの特質を結びつけた実践として理解することができます。つまり、複数の要因の関係性を見据え、エコシステムの中に効果的な介入点(レバレッジ・ポイント)を見出し、システムがダイナミックに動き続ける中で介入し続ける試みです。

水内:システミックデザインの重要な点は、複雑なフィードバックループ、副次的な効果、付随するサブシステムが存在するような、複雑で変化していく状況をできるだけ把握して、実社会の中で効果的な介入をしていこうという枠組みであることだ。

デザインにシステム思考が取り入れられる理由

では、なぜデザインにシステム思考が導入されるようになったのでしょうか? それは目の前の「課題」にアプローチすると「意図せぬ結果」が生まれることがあるからです。たとえば、電気の使用効率の良いエアコンを開発することが、むしろエアコンの導入数を増やし、長期的に二酸化炭素の排出量を増加させる、という結果を招くかもしれません。このように環境問題というより大きな課題にアプローチするには、エアコンの性能だけを見ていても解決にはつながりません。つまり「何かを修正したいなら、まずは、システム全体を理解しなければならない」ということです。

水内:デザイン哲学者のTony Fryが指摘するように、短期的には「解決した」と思っていたアプローチが、長期的に見ると地球環境に悪影響を与えたり、人間性を蝕む結果につながっている。その結果、デザインが「未来を破壊する(Defuturing)行為」となってしまっている。

また、デザイン界からも包括的なデザインアプローチが求められるようになっています。現代社会が抱える複雑性・不確実性の高い厄介な問題(Wicked Problems)に対して、近代以降、細分化・分断化されてきた専門知や因果法則に基づく現行のアプローチが通用しなくなってきているという状況があるからです。その中で、デザインの課題として指摘されているのが、次の3点です。

  1. 短時間軸のデザイン:デザインがもたらす影響の複雑さ、継続的な結果、変化する性質を理解せず、短期的な成果を前提としてきた。

  2. 関係するアクターの限定:ユーザー中心を掲げることで、非人間(動物、植物、微生物など)のステークホルダーを除外してしまっている。

  3. デザイナーの立ち位置:問題を自分とは無関係な「対象」として捉える立場をとってきた。

システミックデザインは、これらの課題を乗り越え、マルチステークホルダーを前提とする動的に変化していくデザインアプローチへとシフトするきっかけになるのではないか、と期待されています。

システムコンシャスからシステムシフトへ

ヨーロッパでは、2012年にSystemic Design Association(システミックデザイン協会)が発足し、デルフト工科大学やオンタリオ州立芸術大学のデザインプログラムにシステミックデザインが導入されるなど、システミックデザインへの注目度はますます高まっています。2021年には、イギリスのデザインカウンシルから「システミックデザインアプローチ」が発表されました。

その中では、システミックデザインに必要な4つの役割、6つの原則、プロセスが提唱されています。特にデザインプロセスにおいては、2004年に発表されて以来デザインの手法に大きな影響を与えてきた「ダブルダイヤモンドダイアグラム」が、システミックデザインの枠組みによる更新版として提示され、その言葉遣いも循環的な表現に変更されています。

また、デザインカウンシルの「System-shifting design」(2021年)では「システムをシフトさせるためのデザイン」が強調されています。システムの移行は、歴史的に時間をかけてゆっくりと進行してきましたが、地球環境問題などの現状に対しては、ただ待つのではなく、意図的に移行を指揮していく必要があるからです。

水内:現状は、システムを理解しても、それに適合するに留まる「システムコンシャス」になりがち。重要なのは、システム自体の移行につながる「システムシフト」。そのためにデザイナーはどのようなものをつくるべきか?、デザイナーはどのような動きをしていくべきか?、といったデザインアティテュードが問われている。

つまり、システムを理解する「システムコンシャス」だけでなく、システムを変えていく「システムシフト」が必要なのです。そのためには、デザイナーが政治的な関わりを積極的に引き受け、変革を促す活動家や起業家、アーティスト、哲学者などと協働し、現場で実践していくことが重要となるでしょう。

水内:『システミックデザインの実践』がいよいよ日本で出版されるということで、日本でもシステミックデザインが重要な考え方になると思う。皆さんと一緒に考えたり議論したり実践をしていくシデゼミに、喜んでご一緒したい。

03|ACTANTによる実践とシデゼミの今後(南部隆一)

「FOOD SHIFT」での学び

ACTANTは「デザイナーは社会や環境へのインパクトにも責任を持つべきだ」と考えて活動しています。しかし、デザインの対象が複雑化する中で従来のサービスデザインの手法が役に立たない状況にも多く出会うようになり、2021年頃からシステミックデザインに取り組んできました。その中の一つに「FOOD SHIFT」というプロジェクトがあります。

このプロジェクトのベースとなったのは、オランダのコンサルティング企業Except Integrated SustainabilityによるSiD(symbiosis in Development)です。このフレームワークは、モノからシステムまでをフラットに検討する、デザインプロセスの継続性を考慮する、ELSI分析やシステムマッピングなどのツールを使う点がシステミックデザインと共通しています。

このメソッドは、Orchid CityやHeinekenなど、実際のプロジェクトでの応用例があったため、リアリティをもって活用できそうだと考え、FOOD SHIFTでも採用することにしました。2022年には「サステナブルなカレーチェーン店をつくろう」をテーマにしたワークショップを開催し、以下の4つのポイントが重要であるという課題感を得ました。

  1. 自分ごと化:デザイン実践者の介入の覚悟

  2. 長期的な視野が後手に:短期ゴールと長期ゴールの齟齬

  3. 対象ドメインへの知識不足:非人間アクターへの共感サポート

  4. 人間中心も大事:人が感じる楽しさやウェルビーイング

シデゼミにつなげる

これらの課題感をさらに深めていこうと立ち上げたプロジェクトが、シデゼミです。欧州で提唱されているシステミックデザインを日本で実践するために、以下の3つの目標に取り組んでいこうと考えています。

  1. 日本という文脈で、メソッドやツールの有効性を具体的に試す

  2. 日本で使いやすいように、カスタマイズして提供する

  3. システムシフトの実例となるような具体的なプロトタイプをつくってみる

シデゼミでは、今後『システミックデザインの実践』の著者、ピーター・ジョーンズ博士とクリステル・ファン・アール氏を招いたトークイベントやワークショップも開催する予定です。本書の勉強会だけでなく、2024年3月まで、「知る」「試す」「深める」という各フェーズに対応するプログラムを続けながら、実践重視でシステミックデザインに対する理解と社会変容へのデザイン的な可能性検討を行っていきます。

南部:机上の空論ではなく、現場で、実際にシステムシフトをどう起こすかということをシデゼミで取り組みたい。我々が教えて皆さんが聞くスタイルではなく、みんながチームとなって試していくコミュニティにしたい。

開催予告

近日開催予定の第3回シデゼミでは、「地域共創」をキーワードに、日本における地域の事例にシステミックデザインを接続して、その有用性を議論します。日時は8月18日(金)18:00〜。ご興味ある方はぜひご参加ください。



■ お問い合わせ
ACTANTでは、興隆しつつあるシステミックデザインというアプローチを、日本の文化やビジネスシーンに合わせて改良しつつ、普及・実践する活動を進めています。「システミックデザインを自組織に取り入れてみたい」「システミックデザインを試してみたい」というお問い合わせも受け付けています。以下のフォームよりご連絡ください。

■ 情報発信
システミックデザインに関する研究開発のプロセスやアウトプットはnoteで発信しています。今後の活動にも、引き続きご注目ください。

■ コミュニティ
対話や議論、細々とした情報共有はDiscordで行っています。興味のある方は是非ご参加ください。複雑すぎる問題群に立ち向かうためのデザインとはどういうものかを、一緒に実践していきましょう!