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シュークルート

「お前って自炊する?」

「はい、します」

「普段なに食べてるの?」

「ほとんど野菜ばっかりですね」

呆然とされながら
「え、他は?」

と職場の先輩に聞かれたので、咄嗟に魚とか焼いて食べてますと答える。魚を焼いて調理したことなんて片手で収まる程度しかない。見栄を張るにも地味すぎる。
なぜそんなこと言ったのかはわからない。呼吸するように、意味もなく嘘をつけるようになった瞬間からきっと自分は大人になった。


狭いキッチンをフル活用して本日も変わらず野菜を切る。先輩に教えてもらったシュークルートを作る。
シュークルートはキャベツをお酢で煮込んだ料理で、簡単で美味しい。ドイツ語ではザワークラウトと呼ばれる。シュークルートはフランス語だ。
これまでザワークラウトで覚えてたけど、シュークルート派に寝返ることにした。フランス語を大学4年間履修した馴染みもあるし、シュークルートの方が語感が柔らかい。

「得意料理はザワークラウトです!」
って言うとなんとなく厳つく聞こえるけど
「得意料理はシュークルートです」
って言うと語尾に「キラーン」っていうSEが入るようなスマートさが出る(気がする)。

何より先輩から教わったのはあくまで
「シュークルート」
であり
「ザワークラウト」
ではない。ザワークラウトに固執するのは筋が通らない。

だからシュークルートで心の広辞苑を上書きすることにした。もしもシュークルート・ザワークラウト論争に自分が巻き込まれた場合はシュークルート派として

「シュークルートはドイツ語ではザワークラウトと呼ばれており日本語でシュークルートと検索すると1番上にザワークラウトのWikipediaページが出てくるくらい日本語ではザワークラウト呼びが一般的らしいですが僕が教わったのはあくまでシュークルートでありザワークラウトではありません(息継ぎなし超早口)」

と言えるように用意している。
胸中では早口で反論するがゆえにシュークリームと言い間違えて両派から追放されることを危惧している。シュークリーム食べたい。


くだらないことを考えているうちにキャベツを切り終えた。軽く水洗いしてから適当に塩を振って下味をつける。

はじめこそたどたどしかったけれど、手軽に作れる料理ということもあって1ヶ月も作り続けているとさすがに上達してきて手際が良くなってくる。

レシピを覚えて、脳死状態でも作れるようになるくらいになってくると今度はそれしか作らなくなる。

栄養バランス的にも、それならいっそ本当に魚でも焼いたらいいのにと思うけど、結局いつも作る料理に逃げてしまう。行動経済学でいうところの「現状維持バイアス」が働いてしまう。

難しそうに見えるけど一度乗り越えてみたら実はすごく簡単でしたということを、経験則でも理論上でも分かっているはずなのに、自分の力ではなかなか手が伸びないからもどかしい。

動き出したら早いけど、背中を押されないと動けない性格なのかもしれない。誰でもいいから綿矢りさばりに背中を蹴り飛ばしてほしい。一回背中を蹴られてしまえば、あとはこんな風に勝手に転がって上達していけるから、とっかかる気合いだけ出せるような仕組みを作ってしまえば人生もっと上手く行く気がする。やり方は知らない。


洗い物をしながらそんなことを考えてるうちに30分が経つ。煮込んだキャベツを味見する。美味しい。天才。


シュークルートが美味しく作れるようになった自分にとても満足しているので結局なんだっていいんだなと思う。ないものねだりの投げやりな向上心に困ることも多いけど今回は救われている。


Je veux pouvoir cuisiner des plats de poisson



bon appétit

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