見出し画像

デザイナーになると決めた日①

突然強烈に思い出したので書いておきます。
私がデザイナーになりたい!と思った36歳の時のことを。

下の子を幼稚園に入れた年でした。
上の子と合わせて6年間、出産と乳幼児の育児につきっきりで、ようやく午後2時まで一人の時間ができる!と、小躍りするくらい嬉しかったことを覚えています。

それなのに。
この幼稚園には「母の会」というものがあって、つまりPTAのようなものだけど、
この役員を引き受けることになってしまいました。
引き受けると1年間かかりきりになってしまうと予想はつきましたが、
上の子からお世話になった園だし、どこかでやらなきゃならないことになるだろう、それならもう先にやってしまおう。自由時間はそれからでもいい。
私は承諾することにしました。

会長、副会長、会計、広報、イベント係・・・みたいなのがありましたが、
私は「どうせやるなら広報がいいな」と思っていました。
小学生の頃から、壁新聞を作ったり、プリントにちょっとしたイラストを描いたり、文集の表紙を書いたりしていたので、絵を描いたり作ったり、そういうのは得意だという気持ちがありました。
一応デザインの短大を出ているし。
というわけで、広報に立候補し、もう一名のお母さんと一緒に二人で広報委員をやることに決まりました。

デザインの短大、といってもアップルコンピューターがようやく日本で出始めた時代で、まだデザインのほとんどがアナログの時代でした。カラス口や溝引き定規、ポスターカラーを使っていた頃です。
ゼミの先生が、「コンピューターが一瞬でベタ塗りしてくれる、俺の培ったベタ塗り技術がいらなくなった」とぼやいていたぐらい。
そんな時代でしたので、まだいわゆるDTPの技術など何も習得していない私

作るのが好きだから、どうせなら広報がいいな、ぐらいの気持ちで引き受けたのですが、これが私のその後の人生に大きく影響を与えることになるのでした。


つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?