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月が綺麗ですね、なんて。

妻M:ススキが揺れる縁側に腰掛け、月を眺める。
妻M:今日は娘がいない。バイトに出ている。
妻M:夫と二人きり……。

夫M:娘がいない日は、静かで、騒がしさが足りない。
夫M:妻と二人、秋の風を感じながら縁側に腰掛け、酒を酌み交わす。
夫M:いつも酒など飲まない私は、久しぶりの酒の苦みに眉を顰める。

妻:……ぷはっ!この秋の金麦、最高!!
妻:風呂上がりにはやっぱりビールね!
妻:あら、あなた……もう顔が真っ赤じゃない。

夫:……ん?あぁ、元々酒は普段飲まないし……。
夫:アルコールアレルギーだし……。
夫:このトリスのハイボール、苦いだけだな。

妻:えぇ!?トリスのハイボール、美味しいじゃない!?
妻:あなた……お子様舌なんじゃないの?

夫M:失礼なことを言う妻に腹を立てながら、ハイボールを飲み進めていく。
夫M:徐々に舌が酒に慣れ始め、旨味を感じる。
夫:……ぷはっ!誰がお子様舌だって?
夫:やっと舌が慣れてきて、酒が美味く感じてきたよ。

妻M:顔を真っ赤にしながら酒を飲み進める夫に、私は少し笑った。
妻M:この人は昔から意地っ張りだったなぁ……なんて思いながら、私は二杯目に突入する。
妻:やっと美味しく感じてきたなんて……遅いわねぇ。
妻:私は澪でも飲むわ。
妻:澪ってすっごく飲みやすいから……あなたもそれにしたら?

夫:澪か……。
夫:でもまだ半分ハイボール残ってるよ。
夫M:私がそう言うと、妻が「貸して」と私からハイボールの缶を奪い盗っていく。
夫M:そして缶に口をつけると、一気に飲み干した。
夫M:妻は昔から酒に強かったな……なんて思いながら、私は軽く拍手をする。
夫:見事な飲みっぷりで……。

妻:あ~、美味しい!
妻:さぁ、澪……飲みましょ?

夫:ならグラスを持ってくるよ。
夫M:少しフラつきながら立ち上がると、妻は可笑しそうに私のことを笑った。

妻:(笑いながら)あなた、半分しか飲んでないのに……もう酔っぱらってるの?

夫:い……良いだろ、別に。
夫:久しぶりの酒だったんだ、酔って当然だ。

妻:そうね、あなたは真面目だから……お酒飲まないものね?
妻:でも何で今日は一緒に飲んでくれるの?

夫:それは……月が綺麗だったから……。

妻:ふーん、それだけ?

夫:それだけだよ。

妻:つまんない答えね。

夫:何ぃ?

妻:月に妻が攫われそうだったから……くらい言えないの?
妻:月には桂男が居て、月を見ている女性を攫いに来るのよ?

夫:(可笑しそうに笑いながら)君を攫いに来る奴なんか居ないよ。

妻:何ですって?!

夫:ははは!
夫:でも、久しぶりにこうやってちゃんとした会話をしたね?
夫M:私がそう言うと、妻は月を見上げながら目を伏せ笑った。

妻:ふふふ、本当ね?
妻:いつも娘が居るから……騒がしさに負けて会話らしい会話なんて無いものね。

夫:まぁ、娘が元気なのは良いことだけどね。

妻:本当ね……。
妻M:秋風が私たちの間を通り抜ける。
妻M:お風呂上がりのまだ乾いていない髪が、少しだけ揺れた。

夫:風邪ひくよ、こっちで飲もう?
夫M:妻の乾きたての髪に気づき、私は妻を居間に誘導する。
夫M:妻は笑いながら、飲み終えた缶を持って居間に入って来た。

妻:いやー、秋風が冷たかった!
妻:でも、気持ち良かったなぁ……。

夫:酒で身体は温かいけど……あんまり冷やしすぎるのもダメだからね。
夫:さぁ、こっちで飲みなおそう。
夫:(笑いながら)それに……本当に月が私の妻を攫いに来たら大変だ。

妻M:夫の一言に私も笑顔になる。
妻:何?私を攫いに来る奴なんか居ないんじゃなかったの?

夫:ふっ……もし居たら、私が全力で追い払うよ。

妻:あはは!
妻M:愛してる、とは言わなかったけど、夫の愛情が伝わって来た日だった。

夫M:妻と酒を酌み交わす。
夫M:たまにはそんな日も良いと思えた一日だった。

妻&夫:(タイトルコール)月が綺麗ですね、なんて。

夫M:言いはしないけれど。

妻M:私、解ってるから。

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