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ヘーゼルナッツが生る季節。

ヘーゼル:男。軍人。Mあり。
ナッツ:男。身体が弱い。ヘーゼルの親友。
フラン:男。ヘーゼルの部下。
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ヘーゼルM:子供の頃、鮮やかな茜色に染まった空を優雅に飛ぶ蜻蛉を追いかけ、私は走った。
ヘーゼルM:空に浮かぶ大きな積乱雲はまだ夏が終わらないことを示すかのように、堂々と聳え立っている。
ヘーゼルM:私はそんな夏が嫌いだった。
ヘーゼルM:夏の明るさも、夕刻時の切なさも……全部、全部嫌いだった。

【間】

ナッツ:ヘーゼル……お前、本当に行くのか?

ヘーゼル:あぁ……。

ナッツ:……寂しくなるな。
ナッツ:まぁ……暇になったら顔出せよ。
ナッツ:いつでも待ってる。

ヘーゼル:ありがとな、ナッツ。
ヘーゼル:じゃあ、私は行くよ。

ナッツ:待て!

ヘーゼルM:そう言い、機関車に乗り込もうとする私を引き留めるように、ナッツは手を伸ばした。
ヘーゼル:……何だ?

ナッツ:……絶対に、死ぬなよ……。

ヘーゼル:……あぁ。お前こそ、身体に気をつけろよ。
ヘーゼルM:小さく自信なさげに返事をし、機関車に乗り込む。
ヘーゼルM:席に座り、窓の外を見れば、私の出発を見送る為かナッツが佇んでいた。
ヘーゼルM:よく見れば、ナッツの瞳からは……涙が溢れていた。

ナッツ:絶対!!絶対にまた会おう!!
ナッツ:ヘーゼルに……武運あれ!!

ヘーゼル:(照れたように)ふっ……やめろ、恥ずかしい。

ナッツ:絶対に!!約束だ!!

ヘーゼル:あぁ!友よ!!
ヘーゼルM:そう言い、窓を開け拳と拳を突き合わせる。
ヘーゼルM:動き出す車両……、離れていく拳。
ヘーゼルM:そんな私たち二人を、暑い陽射しと茜色の空が見つめていた。

【間】

(SE:戦場の音。)

ヘーゼル:撃てー!弾を切らすなー!!
ヘーゼル:敵兵を殺せー!!!
ヘーゼル:私たちが最強だと、世界に誇示するのだ!!

フラン:おー!!!

【間】

フラン:ヘーゼル隊長!重要拠点は抑えましたね!!
フラン:あとは……食糧庫のみですね!
フラン:いやー、ヘーゼル隊長は本当に凄いなぁ。
フラン:憧れちゃうな!

ヘーゼル:やめろよ、フラン……恥ずかしい。
ヘーゼル:それに私はそんなに出来た人間じゃない。
ヘーゼル:死ねない理由があるから、勝つしかないんだ。

フラン:死ねない理由?

ヘーゼル:友と約束してるんだ。

フラン:へぇー、いいっすね、なんか。
フラン:親友ですか?

ヘーゼル:そうだな……幼い頃からずっと一緒だったから……もう家族だな。
ヘーゼル:ナッツ、と言うんだが……そいつに「死ぬなよ」と言われているから、私は死ねないのさ。
ヘーゼル:戦いが終わったら、また会いに行くんだ。

フラン:ふむふむ。
フラン:その人は軍には入らなかったんですか?

ヘーゼル:入れなかったんだ、身体があまり丈夫じゃなくてな。

フラン:あらら……。
フラン:それは辛いっすね……。

ヘーゼル:いや、逆に良かったよ。
ヘーゼル:……ナッツには私みたいに人を殺して欲しくないからな。

フラン:ふーん……。

ヘーゼル:さて、話はこのくらいにして……寝るぞ。
ヘーゼル:この戦いが終われば、漸く暇(いとま)を貰える。
ヘーゼル:その為にもまずは力を温存しといた方が良い。……ほら、寝るぞ。

フラン:はーい!
フラン:また懐かしい話、聞かせて下さい!
フラン:おやすみなさいっす!!

ヘーゼル:あぁ、おやすみ。

【間】

(SE:鳥の音。)

ナッツ:……久しぶりだな。
ナッツ:……おかえり、ヘーゼル。

ヘーゼル:あぁ、ただいま。

ナッツ:……無事で何よりだ……友よ。

ヘーゼル:ナッツ……だいぶ痩せたな……。
ヘーゼル:……何かあったのか?

ナッツ:いや、何も無い。
ナッツ:ただこのところ、飯が喉を通らないだけさ。

ヘーゼル:……そうか……なら良いんだが……。

ナッツ:ヘーゼル、俺、お前の無事を祈って……ヘーゼルナッツを育ててたんだ。
ナッツ:俺とお前の名前が入った実だ。
ナッツ:収穫はちょうど……確か夏の終わり頃だ。

ヘーゼル:ははは、私とお前の実か!
ヘーゼル:それは無事に育ててもらわないと……だな!

ナッツ:毎日水やりして……もう今年、収穫出来るよ。

ヘーゼル:楽しみだな。

ナッツ:あぁ……。

ヘーゼル:どうした?寂しそうな顔をして。

ナッツ:いや……。
ナッツ:(真剣な声で)ヘーゼル。

ヘーゼル:何だ、今度は真剣な顔で。
ヘーゼル:忙しい奴だな。

ナッツ:ははは、悪い。
ナッツ:……もし、収穫時に俺が居なくても、この実、大事にしてくれ。
ナッツ:軍人になったお前を守る実だ。
ナッツ:頼む……。

ヘーゼル:ナッツ……やっぱり何かあったのか?
ヘーゼル:言えよ、お前の隠し事なんてすぐわかる。

ナッツ:はは……俺、胃癌にかかっちまってよ。
ナッツ:もう余命一か月なんだ。
ナッツ:ヘーゼルと別れてからすぐ倒れてな……。
ナッツ:検査をしたら、胃癌だ、って……。
ナッツ:進行が速くてな?……もう手遅れだって。

ヘーゼル:……。

ナッツ:だから、収穫は一緒に出来ねぇかも知れないんだ、ごめんな。
ナッツ:でも、実になって……お前を見守ることは出来る……。

ヘーゼル:ナッツ……。

ナッツ:最後にお前に会えて良かったぜ。
ナッツ:……友よ、この先も、無事であれ。

ヘーゼル:(震える声で)……ありがとう……。

【間】

(SE:蝉の声)

フラン:ヘーゼル隊長、休暇どうでした?
フラン:俺は結婚しましたよ。

ヘーゼル:そうか、おめでとう。

フラン:ありがとうございます!
フラン:……ヘーゼル隊長は……元気ないですね?

ヘーゼル:私は親友を見送ったよ、天国に。

フラン:あ……。
フラン:……すみません、俺、空気読めないで……。

ヘーゼル:いや、気にするな。
ヘーゼル:フラン、お前結婚出来たんだな、こんなチャランポランで。

フラン:なっ!ヘーゼル隊長!!
フラン:俺だって「いざ!」って時はカッコイイとこ見せますよ!

ヘーゼル:ははは!!
ヘーゼル:なぁ、フラン。

フラン:はい。

ヘーゼル:これを食べてみてくれ。

フラン:あ、ヘーゼルナッツ!

ヘーゼル:私の親友が最期に残したお守りだ。

フラン:頂きます!!
フラン:……美味い!

ヘーゼル:そうだろ?
ヘーゼル:自慢の実なんだ。

フラン:何か……ロマンチックっすね。

ヘーゼル:ナッツは確かに昔からロマンチストだったな……。
ヘーゼル:(何かを思い出したかのように)ふふっ……。

フラン:何ですか?思い出し笑いですか?

ヘーゼル:いや……まぁ、そんなとこだ。

フラン:教えて下さいよ~。

ヘーゼル:ナッツがな?花言葉の意味を知らずに、この実を育てたんだが。

フラン:はい。

ヘーゼル:花言葉が「和解」なんだ。
ヘーゼル:最初、私が軍人になるのを拒否していたナッツが、最期に「あの時は怒ってすまなかった」と……私に渡してきたんだ。

フラン:ほお!

ヘーゼル:最期の最期に……認められた気がしてな?
ヘーゼル:笑ってしまうよ、そんな自分に。

フラン:良いじゃないですか!

ヘーゼル:そうか?
ヘーゼル:……ふふふ。

フラン:なんか俺までほっこりして来たー!!

ヘーゼル:ははは、さて休憩は終わりだ。
ヘーゼル:行くぞ、フラン。

フラン:はい、ヘーゼル隊長!

【間】

ヘーゼルM:子供の頃、夏が嫌いだった。
ヘーゼルM:夏の明るさも、夕刻時の胸の苦しさも……全部、全部嫌いだった。
ヘーゼルM:でも今は、夏の終わりに大切な実が出来る。
ヘーゼルM:猛暑の中、生き抜いて……生きて、生きて……必死に藻掻いた、大切な実。
ヘーゼルM:その実が生(な)るから、私は夏が少し好きになった。
ヘーゼルM:私とお前の名が入った、ヘーゼルナッツが生る季節。


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