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荒野に希望の灯をともす

ナレーションの声がズシリと腹に響く。地元の自主上映会でドキュメンタリー『荒野に希望の灯をともす』鑑賞。2019年12月4日、何者かに射殺された医師中村哲氏の35年間に及ぶパキスタン・アフガニスタン医療支援・生活支援の記録である。

いささか見当違いかもしれないが私は中国古代の堯舜を思い起こしていた。神話時代の帝王たちが取り組み且つ人心掌握に必須だった事業が「治水」だったこと。このドキュメンタリーを見ていて納得がいったのである。もちろん中村哲氏を帝王になぞらえるわけではない。

広大な砂漠が水路を得て人を呼び作物を産み林となり森を為す。一段ずつ、一段ずつ形になってゆく。あぁ、これか、これが「治水」の真相だったのか。

医師が土木工事を知る由もなく全て独学で成し遂げてゆく。無時間的で人間を介在させない日常、コンビニやネット売買という即効性のみに価値を置く環境にすっかり洗脳された私は今更ながら中村哲氏のうちに育まれていたであろう「時間」に打ちのめされる。時間は育つ。医師としての日々から何故に水路を開こうとしたかの経緯が深く納得がゆく。

「平和は観念ではないのだ。」中村哲氏の著書から引用される映画の中の石橋蓮司の語りが腹の底へ響く。アフガニスタンを爆撃する米軍のヘリの爆音の下でひたすらパワーショベルを操作する医師、中村哲。

『荒野に希望の灯をともす』そのタイトル通り砂漠は緑になり人々の腹は満たされ笑顔が溢れる。観るものをも幸福にする。

「おまえにももしかすると何かできることがあるのじゃないか?」私という荒野にも灯がともる。明日消えてしまうような情けない荒野の私にもこのドキュメンタリーはありがたかった。