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ずっと実現したかった学習方法が実現できたかもしれないという話

恥ずかしながら、私は教科書や専門書を最初から最後まで読み通せたことがない。
どうしても途中で(ほとんどの場合は最初の2,3ページで)飽きてしまう。
なんとかならないか、と思っている。

僕は記憶や学習について研究している。
理由のひとつは、もっと色々なことをもっと速く楽しく学習したいからだ。
世の中には相対性理論とか宇宙論とか、意識の統合情報理論とかロマンのある科学がたくさんある。
しかし、この短い人生でそれらを満足に理解することはおそらくできない。
それはとても残念なことだと思っている。

問題は、知ることは楽しいはずなのに教科書や専門書がつまらないということだ(少なくとも私にとっては)。
神経科学の研究に従事して確信したのだが、科学というのは間違いなく楽しい。
アインシュタインも科学が楽しくてたまらなかったはずだ。その先に相対性理論が生まれたのだろう。

しかし、教科書は難しいしつまらない。
量子力学の数式をいきなり見せられても、無機化学の物質の性質を暗記させられても楽しいはずはない。

このギャップはなぜ生まれるのか。
科学のプロセスと同じように、教科書も楽しければいいのに、と思っていた。

勉強も、科学のプロセスと同じようにできないだろうか?

なぜ、科学は楽しいのに勉強は楽しくないのか

科学のプロセスが楽しいのは、おそらく「疑問が浮かぶ→それを解消する」というサイクルを無限に回しているからだと思う。

科学では「これってなんで?」という疑問が浮かんで、それを解消するために実験をして、結果を見る。
結果を見ると次の疑問が浮かんで、それを解消する。
これを繰り返した結果が、科学の蓄積だと思う。

この疑問→解消のサイクルが鍵だ。

事実が羅列されるプレゼンはつまらないが、聞き手の疑問を喚起してそれを解消するようなプレゼンは楽しく聞けるだろう。

疑問→解消のサイクルは、人のモチベーションや学習能力を高めるさまざまな心理学・神経科学の知見と一致する。

①疑問→解消のサイクルは能動的である

まず、このプロセスは徹底的に能動的である。
能動的に行動すると、私たちの脳(前帯状皮質などの前頭葉領域)が活動し、モチベーションや学習能力が高まるという報告がある(以前書いた解説記事)。
教科書で学ぶというのは、事実を羅列されるという点で能動性を失いやすいのが問題だ。
教科書や専門書を書店で眺めて買うまでは能動的だからテンションが上がるが、いざ開くと著者から情報を並べられてしんどくなってしまうというのは、誰もが経験したことがあるだろう。

②疑問→解消のサイクルにはフィードバックが存在する

次に、「フィードバックの存在」が重要である。
フィードバックとは、自分の行動に対する反応のことだ。
例えばギャンブルやゲームではボタンを押すとその結果が視覚や聴覚のエフェクトとして素早くフィードバックされる。このような即時的なフィードバックは脳のドーパミン系(モチベーションに関わる系)にかなりダイレクトに影響するらしい(例えばref)。

教科書で致命的なのは、このフィードバックが存在しないことだろう。
読んだとき、その理解度が何かエフェクトとかでフィードバックされるならともかく、そういうことは一切ない。

だから、科学は楽しくても教科書は楽しくないのだろう。
教科書的な学習を楽しくするためには、疑問→解消のサイクルを実現すればいいのではないか。
でもどうやればいいのか?

そういうことを考えているうちに、ChatGPTが生まれた。
しかもPDFを読み込めるようになった。

これを利用すれば、教科書的な学習にも疑問→解消のサイクルを組み込めるかもしれない。
そのような背景で考えついたのが今回の学習法である。

ずっと実現したかった学習方法の内容

今回の学習方法はシンプルで、以下のステップに従う(詳細は後述)。

①興味のある分野の最高峰の論文pdfを入手する
②論文pdfをChatGPTに投げ、その論文の背景について聞く
③ChatGPTの返答に関して気になることを質問する
④以下、いもづる式に質問を繰り返す

単純すぎて興味を失ったかもしれないが、これは疑問→解消のサイクルに基づいており効果は絶大だった。
以下に詳細と実例を示す。

①興味のある分野の最高峰の論文pdfを入手する

論文でなくてもいいかもしれないが、構成的に学術論文が望ましい気がする。学術論文ではひとつの問いに対して実験をして答えを導いているということで、テーマが広がりすぎないのが良い。それに、論文なら最先端で何が行われているのかがイメージできる。
最高峰の論文は、とりあえずNatureやScienceの新しめのResearch articlesを選んでおけば良い。この段階では右も左も分からないから適当で良い。

今回は、物理学で2023年のNatureに掲載されていた以下の論文を選んだ。
タイトルは"Observation of the effect of gravity on the motion of antimatter"
https://www.nature.com/articles/s41586-023-06527-1)

私は当然物理学に関してはほとんど全くわからないので、タイトルを読んでも何もわからない。
ただ、アブストラクトに相対性理論とか書いてあり面白そうだからこれにした。

この論文を概要でも理解できたとしたら、大したものだろう。
少なくとも普通に読んでもしんどくて最初の5行で諦めて当然である。
この記事を最後まで読めば、今回の手法の威力を実感してもらえるのではないかと思う。

②論文pdfをChatGPTに投げ、その論文の背景について聞く

以下の画像のような感じ。

最初の質問

最初に研究の動機を聞くのが割と大事な気がしている。
というのも、科学には動機があり、それを理解できれば研究に興味が持てるからだ。
でも、スタートの質問は割となんでもいいかもしれない。
大事なのは次以降のステップだ。

③ChatGPTの返答に関して気になることを質問する

2に対するChatGPTの回答をみると、右も左も分からない(画像参照)。

ChatGPTの回答

私はこれを読んでなんのことかさっぱりわからなかったから、とりあえず以下のことを聞いた。

私の質問2

こんな馬鹿みたいな質問でも、ChatGPTになら聞ける。
重要なのは、これが能動的なプロセスであるということだ。
能動的な質問をする。それに対してChatGPTが回答してくれるが、それがフィードバックになるというわけだ。

④以下、いもづる式に質問を繰り返す

それに対してのChatGPTの回答はこうだった。

ChatGPTの回答2

あとは、まるで博識な友人や教授を独り占めするかのように、質問を繰り返していく。

ChatGPTとの対話


そうすると、自然と分野の背景的な知識をインプットしていくことになる。
問題は、ChatGPTがたまに嘘をつくということだが、その問題はAIの進歩によって改善されていくだろう。

やってみるとわかるが、このステップは楽しい
少なくとも苦痛ではない。
知らない分野の論文を一行ずつ進めるのは結構苦痛だが、このステップは苦痛ではない。
この違いが肝だ。
論文発表者のポスター発表でマンツーマンで話を聞いているような感じだ。

これを繰り返せば、最終的に、論文の大雑把な流れが理解できてくる。

私はこの論文をどこまで理解できたか?

問題は、私がこのプロセスによってこの論文をどこまで理解できたか、ということだ。

私が理解したのは以下のようなところだ。
もちろんスカスカだから、専門家には見せられないが...この手法でなければ理解度は0だったことを踏まえて以下を見てほしい。

箇条書きすると、この論文は
・アインシュタインの相対性理論の予測を確かめている
・反物質が、物質と同じように重力に反応するかどうかを実験で検証している
・物質と同じように反応すれば、相対性理論の予測と合致する
・反物質は宇宙の最初のときに生まれたが、地球付近ではほとんど観測されない
・が、反物質は実験的に生成できる
・反物質は、今回反水素を用いている
・反水素は、反陽子(CERNの反陽子減速器により生成)と反電子を使用して生成
・反陽子の生成などは、アインシュタインのE=mc^2に従う理論で説明されるらしい
・できた反水素を閉じ込め、重力に対する反応を計測
・結果は理論と整合し、反水素は水素と同じように重力に反応した
という感じ。

ChatGPTの精度や私の理解度によって、多分おかしな点はあると思うのだが、この後に論文を読み直したり教科書を読むことで細部の理解を深めることができるだろう。

大事なことは、私がこの論文を0から普通に読もうとしたらアブストラクトだけで諦めていたということだ。
それに加えて、ChatGPTと対話する過程で反水素の生成方法などについても聞くことができたのも重要だ。これ自体は論文の本論ではないが、本筋から逸れたことでもChatGPTはある程度答えてくれる。
このプロセスをひたすら繰り返せば、気づけば教科書的な知識をある程度学習できると思う。しかも楽しく。

この方法にはいろいろな批判があるだろう。
ChatGPTの精度はまだ高くないし、教科書と違って網羅的な理解もできない。
ただ大事なのは、学習の精度が大雑把だとしてもモチベーションを高く保ったまま学習を進められるという点だ。
これによってすごく雑な学習をある程度やったあとに、教科書で正確な理解を進めるというステップを踏めるようになった。

これは私のように教科書で学ぶのが苦手な人にとっては福音といってもいい。
なにか新しいことを学びたい人は試してみてはどうだろう。


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