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ブラックスワン講座(5) 「不確実性」のトリセツ

1.「ベル型カーブ」の限界

私たちが今、「平均的な世界」でなく「極端な世界」にいることは、前述のとおりです。極端な世界にいるからこそ、それに合わせたリスクに対する考え方が必要なのです。

確率の話でまず出てくるのは、「ベル型カーブ」あるいは、ガウス分布正規分布などと言われる分析方法です。これは、第3回の講義で説明したように、体重の分布のような場合で、観察結果が平均方向に集中しており、かい離するほど加速度的に確率が下がっていくようなケースに使えます。平均から離れるほどに確率が急激に下がるので、外れ値を無視できるのです。

タレブ氏は、このベル・カーブが使えるのはあくまで「平均的な世界」であり、私たちが今暮らしている「極端な世界」では使えないと言います。

このベル・カーブを否定することが、ブラックスワンを理解する上で非常に重要なポイントなのです。

2.「ファット・テール」の現実

「極端な世界」では、資産の分布のように平均から外れたものが、全体に占める割合が高いため、その存在が大きな影響を与えます。

つまり、正規分布においては無視できるシンテールの部分が、シンでなくファットとなる、これがファット・テールです。

最初に見たように、100年に一度と考えかれていた、あるいは確率的には無視されていた、自然災害、経済危機、政治的な大事件が数年に一度以上発生しているという現実があります。

これは、事実として、私たちの生活する今の社会は、シンテールでなくファット・テールであり、ベル・カーブを使うとリスクを読み間違えることを意味します。

3.バリューアットリスク

VaR(バリューアットリスク)は、正規分布をベースにしたリスク分析です。確率の低いリスクを切り捨てた上で、最大の損失の計算をするわけですので、この切り捨てるテールの部分の影響をどう考えるかがポイントです。

つまり、確率的に無視できるかどうかは、確率そのものだけでなく、影響の大小が重要です。めったに起こらないことでも、起こった時に経済的に大惨事を招く場合と、起こっても些細な影響の場合を同様に扱うわけにはいきません。

このVaRは、金融機関に対する検査に使われているのを始め、一般的に広く使われています。

ここ10数年でも、LTCM(ロング・ターム・キャピタル・マネジメント)の破綻、サブプライムローン問題、リーマンショック等、大きな金融機関がリスク管理の誤りを示し、崩壊していきました。

4.カジノの不確実性

確率や不確実性の話題になると出てくるもう一つの話題は、カジノなどのギャンブルの話です。

実は、カジノは確率がはっきりしていて、ベル・カーブで説明のつく、「平均の世界」の不確実性なのです。あらかじめオッズも決まっていますし、リスクの計算も可能です。

タレブ氏は、カジノのようなギャンブルを「消毒された」不確実性だと言い、私たちがブラックスワンとして論じている現実生活の不確実性とはほとんど関係がないのです。

5.今までのリスク管理手法について

以上より、私たちは目の前にブラックスワンが現れるというリスクに対して、ほとんどその不確実性について理解をしていないことが明らかです。

特に、ベル型カーブ(ガウス分布)が限られた世界だけ有効に働くが、現実の私たちの経済社会(極端な世界)には通用しないというのは、非常に重要な視点であると同時にインパクトも強烈です。

現在もビジネススクールや教科書において、ベル型カーブを教えているし、先に見たように金融のリスク分析、特にリスクの数値化、そしてポートフォリオのメリットやそのリスク分析、など様々なところで使われています。

それを今、まったく不要と言われても抵抗感を持つかもしれません。しかし、ベル型カーブの呪縛から逃れないかぎり、永遠に私たちは真の不確実性の理解ができないのです。

ベル型カーブは誤ったリスク手法であること、また、現実は「ファット・テール」である、ということを考えると、おそらく多くの現実のリスク管理手法に不安が生じるのではないでしょうか?

過去の例から言っても、不確実性、ランダム性の強いブラックスワン的な事象が頻繁に発生し大惨事を起こしています。それは今までのリスク管理手法が、リスクの本質を理解しておらず、過小評価し、ただ勝手に小さな箱に入れて安心していた、ということの証です。

従い、今一度私たちは自らのリスクに対する備えがどうかを考える必要があります。分かってはいるが、確率が極小のためにリスク計算をしていない、過小評価している、または無視していることはないか、ということです。これは、企業経営、投資、生活などすべての面で必要なことなのです。