ビジネスマンのためのブラックスワン対策講座(6)経営理論を過信してはいけない
MBAの授業に出てくる「ポーターの競争戦略」は企業を徹底的に「脆く」していきます。経営学はブラックスワンを一切想定してないのでしょうか?
1. 競争戦略
マイケル・ポーターの競争戦略は、今や経営学の教室で誰もが一度は学んでいることでしょう。また、今でも多くのビジネスマンが戦略策定の教科書として使っているのではないでしょうか。
それほどポピュラーなフレームワークになりますが、一応おさらいをしておきましょう。もっとも有名なのが「ファイブ・フォース」という分析のフレームワークです。
まず、一つ目、フォース1は「潜在的な参入企業の力」です。参入障壁が低いと収益性は低下します。フォース2は、産業内の「競合他社の力」です。フォース3は、「顧客(バイヤー)の交渉力」、フォース4は、「売り手(サプライヤー)の交渉力」、そしてフォース5は、「代替品の存在」です。
これらの5つの力を分析することで、産業の収益性、企業の収益性、また、産業構造が「完全競争」に近いのか、あるいは「独占・寡占」に近いのか、またそれによる収益性の高低などが明らかになるなど、使い勝手のいいフレームワークで、自社の競争環境を分析するのにとても有用です。
一般的に、完全競争に近い(ファイブ・フォースが強い)場合は、収益性は低く、競争関係は厳しくなります。逆に独占に近い場合は、競争関係もゆるくなります。ただ、現代ではほとんどの産業で完全競争に近い厳しい環境だと言えます。
2.競争優位がすべて
完全競争に近い環境であれば、このファイブ・フォースの分析から競争優位を導き出すための戦略の立案とその実行が企業にとっての死活問題となります。
たとえば、フォース2、産業内の企業間競争が極めて激しい場合です。商品の差別化が難しく、企業間に目立ったコストの差がない、また産業の成功率が高くないような場合です。
そういう環境では、まず、余剰生産能力をもっていることはマイナスです。通常は全社のコスト体制に何度もチェックが入り、削れるものはすべて削り、ありとあらゆる無駄が撲滅されていきます。そして、ギリギリの生産体制により最小限の人員でコストを最小化し、競争優位を達成するしかありません。
また、フォース4、サプライヤーとの力関係に弱点があるなら、多くの場合、そのソースをより労働力の安い国へ、更にはもっと取引コストを下げるには、自社に取り込むということもよく行われます。そうすることで、世界中にサプライチェーンを広げ、最も安い部品や素材の調達が可能になり、競争優位を達成できるわけです。
フォース1の新規参入企業との競争に勝つための1つの戦略は、規模の利益を築いて、そう簡単に参入しにくい構造をつくっておくことです。全国展開の販売網や全世界レベルの販売ネットワークの構築です。バリューチェーンの充実のために小売販売店舗を自社で展開したり、川上から川下まで自社がコントロールすることで、参入企業への対抗力をつけておくわけです。
そして、最終的には、これらのすべての戦略を統合し、全社最適化と徹底的な効率化を図れば、企業としての競争優位を実現できる可能性が高くなるわけです。競争理論の下、多くの企業がこのような戦略を正しいと信じて、日々少しでも競争優位を実現できるように血眼になって戦っていると言っても過言ではありません。
3.ブラックスワンは考慮せず
既に説明したように、経済学者やいわゆるエコノミスト達は、確率的に稀少なものはわざと見ないようにしており、自らの理論から外しています。ベル型カーブの知的サギというものです。確率が希少なため無視をするわけです。経営学における競争理論も経済学を源流にしており、その点で同じようにブラックスワンを一切考慮していません。
競争原理は世界中のほとんどの企業が置かれている競争環境で、いかに競争優位を獲得するかに主眼がおかれているので、多くの企業が先に説明したような戦略を正しいと信じてまい進しています。ブラックスワン的な事象が起こることなど全く眼中にありません。
それらの戦略を真面目に正しく実行すればするほど、その企業はランダムな不確実性に対して、確実に「脆く」なっていきます。ブラックスワン的な事象に対する頑健さはどんどん失われていくわけです。
彼らの生産体制にはまったく余裕はありません。人員もぎりぎりで回しています。資金的にもスケジュール的にも、どこにも余剰と言えるものはありません。一方でサプライチェーンは世界中に広がっており、川上から川下まで一貫した巨大なシステムを作り上げています。
従って、どこか、ほんの一部分にでも、全く予期していなかったブラックスワン的な事象が生じたら、企業システム(全社最適化されているため)全体を崩壊させることになります。ネットワークが広がれば広がるほど、弱い部分が生じてしまう恐れがあります。そして、全社のどこにも余裕がないため、ランダム性をうまく吸収することができず、あっという間に全社に影響が広がるわけです。
4. 経営におけるブラックスワン
経営学においては、ほとんどランダム性や不確実性の議論がされてこなかったのではないかと思います。ですから、「反脆い」というニュアンスの考えも聞いたことないし、「脆さ」を問題にしてきたとも言えません。リスク分析も原料価格や市場動向を中心にしており、見たこともない巨大な大惨事の想定をしていません。
そんな状況の中で、私たちができることは、ブラックスワンによってぶっ飛ばないように、最悪の事態をさける「頑健さ」を少なくとも維持することです。これは適切な冗長性(無駄)の確保であり、可能なかぎりオペレーションの小組織化、非グローバル化なのです。変動に対して「脆い」ものをできるかぎり捨てていくことです。
これは経営学の授業ではなく、実世界の判断になります。何が起こってもぶっ飛ばないことがまず肝要です。絶対に避けるべきことは競争優位の達成を盲目的に進めること、これこそが最も「脆い」戦略なのです。