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ホン雑記 Vol.74「多神橋」

「キミって、スゴい子だね!」

書店で機械的な音声が聞こえた。
結局、帰るまでにそちらの方向は一瞥もしなかったが、その声の主が機械仕掛けのドラえもん(そもそもドラえもんが機械だが)だということはすぐに分かった。

特徴的な水田わさびの声で分かったというのもあるが、近くに5歳ぐらいの女の子がいて、「ドラえもん、大好き!」と呼び掛けていたからだ。

女の子のほうは「あのね~」などと話し続けているが、機械のドラえもんは音声認識が弱いのか、たまに少しだけしゃべる。
せっかくしゃべったと思ったらまた、「キミって、スゴい子だね!」と、驚きのボキャ貧ぶりを露呈していた。

その様子が面白かったんで、近くの本を立ち読みするフリをして、しばらく聞いていた。女の子はもうずっとしゃべっている。5歳と言えばもう立派な人間だ。2・3歳児の意味の分からないしつこさはとうに卒業しているだろう。

そうか。このしつこさは、きっと他にも返答パターンがあると踏んだんだな? だから、女の子のほうは話す内容を微妙に変えているのだ。

「さっきねぇ、3Dのドラえもん見に行ってきたんだよ」
「………」
「ドラえもん、大好き!」
「………」
「ドラえもーん、さっき○○に寄ってきたんだよ」
「キミって、スゴい子だね!」
「ドラえもーん、だーい好き!」

つれない返事の機械タヌキに反して、心なしか女の子の呼びかけは情熱的になっている。
何か他のことを話してみては、「ドラえもん、大好き!」にまた戻ってくる。そのセリフが最も機械タヌキの気を引けると思っているんだろう。


聞いていたのは2分ぐらいだったろうか。オレは彼女の最もピュアなところから来るラブコールに落涙していた。もうこんなことですら泣くのか、オレは。おじいちゃんか。

涙のワケを分析してみたが、どうにもよく分からない。ただ、幼女の真摯な愛情表現に心揺れているだけの理由ではないような気がした。

なんとなく言語化すると「これ、なんか伝わってるんじゃないのか?」と思ったのだ。

女の子の知的レベルをグーンと落として、虫だったとしてみよう。
虫は(おそらくは)人間より知的な生き物ではないと思うが、その虫が意味の分からない行動を取っていたら、世界中の虫博士も知らないような動きをしていたら、「この虫は勘違いしているだけだ。こんなことをしても意味はない」と断ずるだろうか。
まさかそんなことはないだろう。きっと食事と求愛など以外にも、なんらかの意図があるのだろうと思うはずだ。
そして、知的レベルをグーンと上げたその女の子が、ずっと無意味なことをするのだろうか? 本当に?

たしかに、そのつれない青い個体には、もう他の言葉はプログラミングされていないのかもしれない。
でも、その女の子はいろんな返事が返ってくると思ってしゃべっているし、ひょっとしたら遊んでくれるかも、なんて夢見ているだろう。

そして、その女の子が引き起こすわけではないが、これから先どんどんその夢は叶っていくだろう。現在でさえ、Appleの「Siri」なんかは驚くほどウィットに富んだ返しをしてくれる。



世界に現出した誰かの願いは、言葉を使って、あるいは使わずに、他の誰かが叶えに向かうと思っている。


本物のドラえもんは2112年9月3日の未来に生まれたが、その時には現実のほうでも人間と心を通わせるロボットが誕生しているかもしれない。




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