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ホン雑記 Vol.389「さすがに声が聞こえることはないけど思ってる気がする」

今日のジャンルはどうしようかなー。
【詩リーズ】に入れるような内容でもないし、いつものエッセイ(エッセイなのか?)って感じでもない。

そもそもの詩が、発見・設定に近いんで、詩も文章っぽいんだよな。
あ、詞も文章っぽいんだよな、ワシ。

ひと通りさりげなく宣伝できたところで、ふと思ったそれを書いてみる。


南吉はついに賢治に会うことは叶わなかったが、
現在の物理学で言われてはじめている「すべての時は一瞬の中にある」がもし真なら、私たちを通して出会っているのではないか。

南吉という命の数直線と、賢治という数直線は、私という数直線の中に見事に入っているではないか。

誰も直感的にわかりえないその理論がもし真なら、私の空想が間違っているといったい誰に言えようか。

巡り逢わせが行われるその時は、彼らの居た時ではなく、場所は彼らの居た場所ではなく、行うのは彼らではない。

世界にはいつまでもどこまでも、その外側がある。

いま、「なんで私やねん」とこんなことを思いついた4日前の自分にツッコんでいる。なんだろな、これは。

たぶん、誰かから依頼されたような文章を想定してるんじゃないかな。ほれ、どっちも好きだでさ、なんか書いてくれーって誰かがオレに依頼してくるんだよ。そういう妄想をオレはよくするんだな。

いやいやいや、全然むなしくなんかないから。やめて?
むなしさに気づいてなんかないから。やめて。


あ、でもなぁ、むなしさうんぬんはおいといて、なんとなくこんな世界があるような気がするんだよ。うーん、なんとなく。

別になんかの本で読んだりとか、「雲が龍の形に見えますね。龍神様が来ていますね」っていうキモ…いや、ハイセンシティブな影響されやすい人の感じじゃなくって、氷山とかが崩れる時に「ほーら、オレ、いま崩れているよ?」ってその氷山が思ってるような気がするんだよ。

いやいやいや、全然おかしくなんかないから。やめて?
おかしな頭なんかじゃないんだから。やめて。

なんかね、思ってるような気がするんだよなー。これドリアン助川氏だったら絶対分かってくれる気がする。

しらんけど。



最後にまた不遜なこと言って締めるけど、金子みすゞにも絶対あったと思う、この感覚。

ま、しらんけどな。




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