有難う
今日を持って、6年7か月通った職場を退職した。
なぜ辞めたんだっけ。
最大の要因は、仕事への成果に対する、トップとの絶望的なまでの評価の差、といったところか。
品質管理責任者という、社内初登場の肩書に就いて1年。自分としてはそれなりにやってきたつもりだったが、トップ(会長)は職人肌の人で(オレの評価ではそれですらないのだが)、人のどういう動きがどういう働きを持って来るのかがまったく……
いや、やめよう。意気揚々と一方通行の批判を公の場で書き連ねるところだった。そんなことはどうでもいい。
とにかく、社長や部下や得意先の上役の反応を見ていると、オレがそんなに間違ったやりかたをしてるわけでもなさそうだというのは感じ取れた……つもりである。
もちろん自分の思う評価を自分に与えないトップと言い合いする必要はなく、気に入らなければ自分が辞めるしかない。
オレも物分かりのいい方ではないので、それだけだったら黒いものがブスブスと燻り続けただろうが、奇しくも色んな勉強をし始めた時に読んだ本に書いてあったのが、
「10年前と同じ相手に、10年前と同じモノを売ってる会社はマズい。会社はひょっとしたらそれでもいいかもしれないが、従業員はマズい」
というものだった。
ウチは自動車部品(歯車の、しかもその軸のピンだけ)を数点、3つの工場を使って延々と作り続ける仕事で、アイシンの2次下請けで、取引先は1社しかない。もちろん言いなりだ。
本の内容にゾッとした。それがもう1年以上も前のことだ。
たまたまだろうが、オレを辞めさせる準備が整っているんだと思った。何の準備だ。
トップに対し、黒いものがブスブスとなっていても、何となく、いや、ホントはずっと分かってた。
「会長はいい人だ」と。きっと不器用な人なのだ。
オレはいい歳こいてアホすぎるのか、人を見る時に「いい人か悪い人か」ぐらいの判断基準しか搭載していない。もちろん損得勘定も大いに働くが、最終的にはそこを、しかも拙い勘に頼って計るしかない。
それもイラついている時にはそんなことすら思い出せなくなる。
そう、いい人だったはずだ。入社して何年か経って気づかせてくれるような仄かな手がかりばかりだったが。
コロナ禍で大変だった時、自分の金を売ってまでして従業員の賞与代に替える必要などないのだから(奥さんが教えてくれた)。
「今回は厳しいからボーナスないわー」で済む話なのだから。
オレが気づかなすぎなんだろうなぁ。
ここ数か月はやる気もなく、当日「有休使いますー」と電話を入れるだけだった。辞める日が近づくに連れて、どんどん黒いものがなくなっていった。
廃線が決まると人が押し寄せるニュースを見て「それなら平素からもっと使っといたれよー」とのたまう身勝手な自分を思い出した。
「もっと普段から真面目に、目下の者たちにあたっていれば良かった」と。
今日の午前で仕事納めだったオレは、昼休みにみんなで写真を撮ろうと伝えていた。
会長は大の写真嫌いだし、そもそもオレも別にまぁ会長はいいやってなもんで伝えずにいた。以前忘年会で「写真なんか残さん」と一席ぶたれたので当然の反応だと思う。
昼休みに入る1時間ほど前、何を思ったのかオレは会長を捕まえて、
「会長と奥さんがおらんと締まらんから入ってくれ。写真嫌いなのは知ってるけど」
と言っていた。
会長は、
「おお、そうだな。写真嫌いだけどしょうがないわな。今から用事でちょっと出かけなイカンけど、昼までには戻れると思う。いや、戻ってくる」
と言った。
「昼にすぐ帰るんだったら、ありがとうも伝えれんとこだった」
とテキトーな感じで付け足して。
「あははははー。じゃぁ、あとでよろしくー」なんてテキトーに返しながら仕事に戻ったオレを一瞬で感情が襲った。瞬時に泣きだしそうになる顔面の反応を抑えるのに必死だった。まさかの反応だった。
人間は、いったいどれほどの愛を、琴線を、相手への矢印を取りこぼし、渡し損ねているんだろう。
相手を傷つけないとか、人に迷惑をかけない……言わば人間同士のやりとりにおいて、マイナスの経験を踏まないようには全力を傾ける。
でも、いちいち言わないからといって怒られない状況、労いや慰めや感謝の念……言わばプラスの想いを伝えるチャンスをどれほど見逃しているんだろう。
その「if」の想いを届けることで、救われたり、今日をなんとか乗り越えられたり、世界への諦めを思いとどまれる人がどれほど増えるんだろう。
計りようもないが、計り知れない力があると信じる。し、感じる。
明日は久々に目が腫れるなぁ。頭痛付きで。
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