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傷を可視化してみた

機体が大きく揺れた。そしてガクンドシンという衝撃と共に体が浮き上がった。案外落ち着いている自分が面白かった。

乗り物が嫌いだ。たいてい気持ち悪くなる。パニック障害のケもあるから、逃げ場のないことに不安にもなる。緊張でぐったりする。

何十年も飛行機に乗ったことがなかった。鉄の塊が飛ぶわけがない。そして離陸してしまえば、落ちるしかない。

今はなるべく飛行機に乗る。乗り物に長く乗るのが嫌なのと、もしかしたら落ちるかもって思うから。事故なら仕方ない。家族も大して傷つかないだろう。

死体の処理が一番の懸念事項だからだ。

カウンセリングがうまくいっていて、過去の記憶が戻ってきている。死んだように生きていたのに、案外と覚えているものだ。つまりフラッシュバックみたいなものがずっと続いている。今までみたいな無自覚なフラバではないから、理由が見えているから、どんとこいである。

というのは、うそ。色鮮やかで驚きまくっている。しかも、全部過去のことなので、気持ちの持っていき場がない。もう、死んでいる人間に殺意を覚えてもしかたがないし、糠に釘を打っても、こちらが気持ち悪いだけ。

その分死にたくなる瞬間が増えた。猛烈にやってくる。死なないけど。死にたいに支配される。

お試しでリストカットをしてみた。傷を可視化しようという試みだ。控えめで小さな傷をいくつか作った。血がぷくりと浮き上がってくるのは爽快だった。少しだけ。

傷の分だけ誰かを許せるのかと思った。そんなことはない。しかも可視化するとしたら、腕をもぎ取るくらいしなくてはならない。そんなことしたら不便になるからやめた。つまりは不発に終わった。

それでも、先生に見てもらいたいと思って「先生、なかったことにしたくないから、傷は消えてしまうから、見てもらってもいいですか?」と言った。先生は「いいよ。見るよ。」と言ってくれた。

そして「ひどいね」と言った。
帰りには「あんまり自分を傷つけないようにね。」と言った。

多分、青年さんだったら、「そうかー。きれいだね」とかなんとかいうと思う。否定はしないでいてくれる。

先生の言葉は、否定だったかもわからない。だけど、嫌じゃなかった。嫌じゃないどころか、嬉しかった。かすり傷を大きな出来事として受け止めてくれた気がして嬉しかった。

言葉って、言う人に依存する。

他の人に言われたら傷ついていたと思う。

「なんでそんなことしたの?」と穏やかに訊いてくれた。
「傷を可視化しようと思って」と答えた。「それはどんな傷なの?」と訊いてくれた。

親兄弟からおもちゃのように扱われ、馬鹿にされていたこと。

夜の電車のホームで、両親と3人だった時、酔っ払いに絡まれた。両親の恐怖が伝わってきた。そのうち、私の存在に気がついた酔っ払いが「かわいいね。おじちゃん怖がらせてごめんね」と態度を変えた。
「かわいいねぇ。おじちゃん、わるかったよ、こんなかわいい子がいるなんてねぇ」お菓子を買ってくれたが、受け取りたくなかった。それを母親が受け取るように促し更にはお礼を言うように強要した。ボックス席の隣に座らされた。

3歳か4歳の記憶。この時すでに本心を言うことはなかった。なんでも隠した。トイレもこそこそ行った。いまだに人前でトイレに行くことに勇気がいる。ばかみたい。

本当に小さなことの積み重ね。

子供の時から引っ越しが多く、いろんな土地を転々とした。仲良くなった子とすぐ別れなければならなかった。手紙も内容に母のチェックが入るから、自由にかけなかった。

電話は電話代のことをくどくど言われるので出来なかった。会話も聞かれていた。電車に乗って会いに行きたいというと子供だけではダメだと言って着いてくる。

会話を聞いては「なんであんなこと言うのか」と総括の時間が待っている。そして友人達の批判。独自な偏見差別を押し付けてくる。

おこづかいは、周りの子より少なかったが、貰っていた。でも、お金を使うことに許可が必要だった。しかも、欲しいものは、あれやこれや文句を言われて結局買えない。当然駄菓子屋さんに行ったこともない。皆が駄菓子屋で買って食べている間は外で待っていた。

ここまで書いて、頭の中の裁判官が言った。「なに?自己憐憫かなにか?どれもたいした話じゃないね」

様子見の調停員が「まあまあまあ」と言った。

いじめ、モラハラ、経済DV…最近の概念。親や兄弟にそんな感じのことをされていたのに、気づかなかった。

逃げるように夫と結婚して愛を盲信した。今から4年前に夢から醒めた。とっくに世界は終わっていた。焼け野原に素っ裸で転がっている赤ん坊のようだった。

すでに心は死んでいたので、わざわざ死のうとは思わなかった。逆に自分が自分のものになるという希望も感じた。でも恐怖でもあった。だって赤ん坊だから。

青年さんの言葉のダイヤモンドを拾い集める作業を始めてから、1年が経った。TikTokで切り抜きチャンネルを運営している。

汎用性のある、聞くたびに発見のあるキラキラの言葉を置いている。なによりも自分のためにやっている。作業自体が助けになるときもあるし、号泣しながら切り抜くときもある。つまりおもしろい。

言葉は面白い。そして怖い。

人生は怖くて怖くて
でもちょっぴり面白いのかもしれない。



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