出てこいカミサマ

知り合いから知り合いへ、六人伝っていけば世界中の誰にでも会える。そんな文句を聞いたことがあるだろう?
俺はそこから、知り合いから知り合いへ伝っていけば、神にさえ会えるのではないか?と思い至ったわけだ。そこまで突飛でもあるまい。
神に会いたい。と言っても、宗教に関心を寄せているわけでもない。おれは無神論者ではないし。ただ、神という存在がいるのではないかという実感があった。大いなる、人智を超えた、人の姿をしている多次元的存在を、なんとなく、実感していた。神に会うにはどうしたらいいだろう、そう考えていた時に、上記の方法を思いついたのだ。
まず、母に、神に会ったことがあるか聞いてみる。
「母さんよ、いきなりすまないが、神に会ったことはないか」
「え、ウフフ、いきなりね、そうねえ、神様ねえ、あんたが生まれたとき、近くにいた気がしたわよ」ほう、神は出産時に出現するのか。おれはすぐさま、産婦人科に向かった。
「あのぅ」
「はい、いかがされましたか」
「カミサマってここにいますか?」
「えーっと、フフ、そうですねえ、出産時には神様がついていらっしゃいますよ」
「会えませんかね」
「えーっと、そうですねえ、出産を見せてくれる方がいらっしゃいましたら、見学はできるかと思いますが」
「見学ですか、なるほど」おれは待合室にいる妊婦たちに「見学させてくれませんか」と聞いて回った。10人に無視され、看護師からにらまれ、追い出されるかと思ったその時、「いいですよ」と承諾してくれる妊婦がいた。
「ありがとうございます」とおれがいうと、
「ええ、誰かに見てもらいたかったの」とその妊婦は言った。聞くに彼女は、精子の主に逃げられ、独りで出産をするということだった。
「逃げた男は損をしましたね」とおれは言った。「カミサマが見られるチャンスなのに」と。
「神様?」と彼女は言った。
「ええ、カミサマです。出産時にはカミサマが現れると聞きました」
「フフフ、そうなんだあ」と彼女は笑った。その笑みが眩しかった。
彼女はその日は定期検査だったらしく、「生まれそうになったら、連絡するわね」と言ってくれた。おれはしばらく彼女からの連絡を待っていた。カミサマをはやく、見てみたかった。「生まれそう。K病院に来て」と連絡が来た。
おれがいって、彼女の名前を告げると、看護師はあわてて、おれを病室に案内してくれた。
その中に彼女がいた。多くの助産師に囲まれ、「痛い痛い」と悲鳴を上げていた。おれの姿を認識はしていたろうが、痛みでそれどころじゃないらしい。おれはカミサマを探すことにした。どこだ。カミサマは。
「はいリラックスですよぉ」助産師が声を上げる。「はい力んでえ」「声出さないでえ」「息すって」「はいてえ」「いった… い」「はいがんばるよお、もう少し」「フッー」「はいがんばる」「見えてるよお、はい」「いた… いったい」「もうちょっと」「いたあああい」おれは自然と、涙が溢れていた。この若い女を苦しめている存在、それがカミサマなのか?
なにやら器具が持ち込まれた。彼女は独りで戦っていた。実際彼女は独りだった。痛みも、苦しみも、全部しょい込んで、誰も彼女の手を取らず… 。
お産には時間がかかった。医者も出てきて怒号すらとんだ。おれはこの場にいていいのかと場違い感を感じつつ、カミサマを探した。どこにいる?どこなんだ?まだ、見つからない。
しかしここにいるにはいるのだ。おれにはわかる。
助産師は彼女のおなかを抑えて、ふんふんと押し始めた。彼女は叫ぶ。「苦しい。痛い。苦しい。痛い」動物的な彼女の姿、醜く戦う彼女は美しかった。
そして、助産師はマスクの下で笑いながら、カミサマを取り上げた。カミサマはおれが思っているよりも醜くて、そして美しかった

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