『女は悲しい嘘をつく』


女は悲しい嘘をつく。女の嘘は美しい。例えば男が浮気をした時、気づいてないフリで沈黙の嘘をつく。それはちょっとばかしの強情で、だからこそ美しい嘘なのだ。女は沈黙の嘘をつく。女の嘘は美しい。あれは俺が22歳を終わろうとしていた頃、1人の女と出会った。奇遇だな。彼女もちょうど22歳を終えようとしていた。俺らは大いに酒を飲み、関係したさ。それは当然の帰結であったけど、俺はLINEを教えなかった。教えたくなかったんだな。女は「そっか」と言った。それも悲しい嘘だった。俺は「うん」って嘘に気づかないフリの嘘をついた。これは醜い嘘だった。その日、俺は夢を見た。母さんの待つ実家に帰り、なかなか寝付けずやっとこさ眠れた暑い夜。俺は女ロボットだった。毎日酷い仕打ちを受けて地獄の苦しみだった。俺は誰かの助けを得て、やっとこさ森に抜け出した。森に小さな家があって、そこに逃げ込もうとした。けど、何かおかしい。汚れた白衣を着たおじさんはメガネの奥の瞳を光らせ、どうぞと言って私を中に入れた。そこはさっきの奴隷場だった。私は「ああ、またか」と思った。そして目が覚めた。目が覚めると横にさっきフッた肉塊が寝ていた。グーグーイビキをたてていた。俺は不快な気持ちになって、ベッドからそれを蹴落とそうかと思ったがやめた。汗ばむ熱い体と、冷房が効いた寒い部屋のコントラスト。不快な夢と、美しい女。イビキと、女。寝顔と、女。気持ち悪い。俺は逃げ出した。走って走った。けれどもエスカレーターを逆走するみたいに逃げ切れないんだ女から。それは俺の欲望が俺を捉えて離さないのと同じ。欲望という獰猛なライオンに追いかけられて俺は涙を流してエスカレーター上がるんだが、ライオンが背中に手をかける時、もう降参しちまった。爪や牙で引き裂かれる前に自分からライオンの口に飛び込んだ。いい気持ちだったなあ。気がつくと、俺の下に女がいた。「どこへ行ってたの?」女は聞く。鬱陶しい。「どこでもないよ」俺はいう。気持ち悪い。暑さに任せて汗は垂れ、俺と女の匂いが立ち込める部屋から、ライオンはどっかへ消えちまった。さっきまで怖かったライオンが恋しくなった。ライオンの後ろ姿はちっぽけで寂しそうだった。「ねえ、次はいつ会う?」女は言う。俺は頭がおかしくなりそうだった!!「連絡するよ」俺はにっこり笑う。空虚な自分を抱えてベットに入る。ライオンはもういない。翌朝、俺は気持ちよく目を覚ました。なぜなんだい、なぜなんだい。僕が金を払ったら君は美しいのに、君が金を払ったら、君は急に醜くなった!なぜだろう、なぜだろう!君たちには男はこんな風に見えているのかい?それは辛かったろう、辛かったことだろう。君は今、醜い!と言うことは、僕は今、美しい!と言うことだ!これなんだね!君らを支えていたものは!これなんだね!僕は君たち娼婦をとてもズルイと思ったよ。だってそうだろう、こんな気持ち初めてだ。頭の中で声がする。「どこにもいないよ」誰?「君の探している人は」嘘だ!二流作家はコネだけど、集中力は本物だ。現代の三島由紀夫はどこにいる?「どこにも」けど僕は何を求めたらいい?「生活」生活?生活だって?僕に生活者になれって言うのか!生活は満足することなく、本当の満足は詩人の心の中にあるっていうのに!生活なんてまっぴらだ!纏まれ、纏まるな!生活を破壊してやる。そう決めて、俺の心は高鳴った。しかし夜空は俺の行いを許してくれるだろうか?月はよくとも明日の太陽は俺を許してくださるだろうか?そんなものクソどうでもいいじゃねえか。俺が許すぞ!ぶちこわせ!生活の破壊者!詩人になるのはそれからでも遅くはない。アコムに電話する男の、なんと情けないことか。しかし生活の破壊者よ、そんなことでめげてはいけない。そいつでアデロールヲ買い上げて、詩を書いてみる。副作用は頭が良くなることと悪夢を見ること。悪夢を見たらそれを詩にすればいいわけで、こんなに詩人向けのクスリはねえや。髪を金髪に染め上げ、部屋中に金の抜け毛が散乱する。こいつはストレスの副作用。いや、作用か。さようなら。雨の日にカエルが部屋に入ってこぬよう警戒する秋の日々。カエルが部屋に入ってきたら俺は自殺する。自殺したいからめいっぱい窓を開ける。すると一匹、続いて二匹と入ってきやがった。俺はやっぱり死ぬのをやめた。ツマンネ。マイナスかけるマイナスはプラスってわけだ。おべっかを使わないことを鼻にかける妹よ。そんなもの気にしてどうする。さて、つらつら書き連ねてみたところで場面転換。梶井基次郎はレモンが爆弾だったらいいなという馬鹿な妄想をする男だったが、俺は今俺が抱いている枕が女だったらいいなと夢想するのだ。またもやライオンは俺に狙いを定めたようだ。背後からそろりそろりと近づいて最後には食い尽くす算段らしい。そうはさせねえぞ、俺はギリシャ人みたいに男を抱いてみたくもなったが、俺よりナニがデカくては俺の沽券に関わるのでやめにした。読者諸君もナニが小さい作家など読むに値しないだろうから。ギリシャでは粗チンはむしろ賞賛されたのに、現代日本とはなんと狭量なことか!チクショウめ。金髪が耳の中に入って不愉快だ。そんなことよりライオンとの対決だ。別に対決するいわれは無いのだが、そう易々と毎回毎回食べられるとそれこそ沽券に関わるのだ。どうせ食われるのに抵抗する理由もないが、抵抗しないのもバカらしい。チャーチルは言った。抵抗しない国に明日はないと。だから俺も抵抗するのだ。一匹のレジスタンスなのだ。人間精神の偉大さをスピーカーを通してスピーチしておるのだ俺は。ライオンから逃げ切った国家最初の5ページの彼が羨ましい。僕は本当にそう思うんだ。僕は10日間、ライオンから逃げ果せた。一時も気を休めることはできない。走り続けなければライオンに噛み殺されるのだ。「ライオンに食べられてしまいたい」何度そう思ったことだろう。夢はライオンとの休戦協定、でもたまに眠りが浅いと夢にまで入ってきやがる。母親が沈黙する時、俺は恐怖に見舞われる。掃除機をかける時は不機嫌な時、鼻歌を歌う時は最も危険だ。彼女のストレスが最大限に高められた時それは、鼻歌として現出する。叔父が死んだ翌日もそうだった。叔父の葬式について叔父の奥さんと揉めた日の夜もそうだった。俺と妹は恐怖に慄き部屋へと逃げた。部屋は俺の安全弁。俺の絶好の絶叫場。俺のストレスが最大限になった時、それは踊りになって現出する。デタラメに踊り狂い破壊衝動を収めるのだ。この二つが同じ屋根の下に現出している!今日はお互い話さないほうがよかろう。俺はライオンと戦い、母は何かと戦っているのだ。俺と母とも暗黙の休戦協定。そう人間の最も邪悪な悪徳は不機嫌!とゲーテは言っている。重要なのはゲーテ!シラーは2人とも重要ではない。俺も金持ちになってお抱えの肖像画家を欲しい。ハンサムに描きやがったらブチ殺してやる。リアリズムこそ至上なのだ。しかしそれもアコムじゃ無理だ。アコム、アイフル、プロミス。自身家のプロミスよ。我汝を愛さん。しかし世に最初から果たされぬ約束あること、汝忘れたもうな。余とて例外に非ず。月の光に照らされたい、今あるのは街灯の光ばかり。そら始まった母親の不機嫌の証掃除機だ。綺麗好きとの美名を借りて、怒り撒き散らす醜さよ。鼻歌がないだけ救われた。俺は楽観主義者なのだ。そんな俺ももうじき23。若さの終わりが見えてきた。おおこのまま君死にたまうことなかれ。何かせねばならない、青春の終わりに。焦りばかりが降り積っては消える。本当の意味でのいい女をまだ抱けていない。23のわたくしはテレビに出ているようないい女を抱きたいのです。それもやはり、アコムさんには叶えられない夢幻だ。プロミスさんも約束できない相談だ。アイフルさんほどには、愛がない欲望だ。御三方の力が借りれないなら何を頼れってんだよ。「己」「己」「己」お題目は良いってんだよこの不快なダイモンめ。「己」「己」「己」「己」「己」うるせえ!俺は無責任に生きるんだ。「己」「己」「己」「己」「己」「己」「己」「己」「己「己」「己!!!!!」
何が純文学だ。芥川なんてただの古典主義じゃねえか、どこが純だっていうんだ、不純だ不純そんなもんは。大衆に受け入れられたいと言うのが純な動機なんだ。直木三十五こそ純文学だ。偉そうにふんぞりかえるな!わけのわからんことなら己でも書けるぞ!スーツは西洋人のもの。金髪も西洋人のもの。だから金髪にはスーツが似合う。俺はスーツを着て、新宿を闊歩する自分を夢想した。夢想の中で俺はライオンを両脇に抱えてふんぞり返ってた。それは久しぶりに会った旧友はもはや知り合いに格下げされた時のような悲しさを感じさせた。
デブと女装男こそ僕が愛する唯一のものだ。それは僕より下だから、僕の愛に値する。僕はこの二つを本当に愛する。真剣に愛撫する。俺よりイケてる女を俺は愛せない。ルソーがテレーゼしか愛せなかったように。バカか変態しか愛すことができないのだ。ワハハのハ。バカかお前?ルソーの死に様を見ろよ。みっともねえや。オスカーワイルドの死に様を見ろよ、最悪だ。だから俺はカントが嫌いなんだ。ラッセルが嫌いなんだよ。けっお高く止まりやがって、我至上の幸福者でございなんて顔しやがってしゃらくせえ。写楽だってカントの浮世絵は描きたがらなかったに違いねえや。あんな聖人君主面した奴の絵は宮廷画家に描かせとけ。ダヴィッドだって「うーんカント君の顔は人の業というものがありませんなあ」と言うに違いねえ。俺は破滅型の偉人が好きなんで。そこんとこ、よろしく。ただ一言浪漫主義が好きって言っちゃあ馬鹿みてえじゃん?三島由紀夫も大好きだ。三島由紀夫愛好家は嫌いだ。反吐が出る、嗚咽がする。女で三島由紀夫が好きならそれはマゾヒストだ。俺の趣味じゃないね。俺はフェミニストなんだから。俺最近、自分が客体になることにはまってんだ。つまり、サービスの提供者になりたいのだ。女の客になるってのはとんでもねえ快楽だ。娼婦の快楽はとんでもねえ!あいつらは体と引き換えに金をもらうことにとんでもねえ快楽を感じているに違いない。自分の体や精神を客に明け渡すときの満足感は素晴らしいものだろう。しかし、女は自分の精神と肉体を切り離し、肉体にだけ用がある男を軽蔑する。俺は全くの逆で、肉体だけを求められるとその分コーフンするのだ。俺は精子提供をしてみたのさ!相手は俺の精子だけが入用なんだ。こんな素晴らしいことって!ない。大体俺はセックスが気に入らねえ、俺が出した精子は、ゴムに出せばそのまま死んじまうし、中に出しても、「これ余りもの、お返しいたしますわ」と、少し返してきやがる!失礼な話じゃねえかオイ。残さず食えや。女性器の豪奢主義のせいで、何億精子が死んじまってる。結構なご身分だなそちらはよお、産むのはソッチだからって、偉そうに精子の選別しやがって!全く精子の無駄遣いとは殺人よりひでえじゃねえか。それは言い過ぎか。しかし精子提供ならそんなことはない。一匹余らず使い果たしてくれる。精子クン達も本望だろう。そもそも精子に性別があるのか知らんが、男から出るから精子クンでよかろう。俺は精子クンを無駄死にさせない為、精子提供を始めたのサ。ニーチェはよぉ、可哀想な奴だな。哲学史にあんな恥ずかしいお題目を燦々と輝かせているんだもんな。ニーチェが好きな奴って大抵不幸だよな。ニーチェ好きは現代の弱者だよ。女に相手されないばっかりに恥ずかしい逆恨みを永遠に残された近親相姦者のニーチェ。ベルクソン並みのアホウだな。さすがにそれは言い過ぎか。

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