ツギハギの永久歯

左右の奥歯がやたら染みる。冷たいものも、熱いものも、甘いものも、酸っぱいものも。3ヶ月前の検診の時もこんな症状が出ていた気がするが、ここまで症状は重くなかったような気がする。仕方ないので歯医者に行くことにした。
らしくないオーガニックな小物が並ぶ待合室で名前を呼ばれ、奥の部屋に誘導され、そのまま横たわった。
早速奥歯に風を当てられた。思わずウッと呻く。
「知覚過敏が進んでいますね。プラスチックのフタを被せましょう。少し痛いと思うんで、麻酔をしますね」麻酔という言葉に少々体が強張る。
プラスチックの治療は3ヶ月前もしたはずだった。どうやらいつの間にプラスチックが剥がれ、中から歯の表面が剥き出しになってしまっているらしい。前回は麻酔なんてしなかったと思う。そんな大掛かりな治療をするのか。私の歯はどうなっているんだ。脳内は軽くパニックになっていた。

4年ほど前から歯医者のお世話になる機会が急激に増えた。転んで欠けた前歯を治療したことを皮切りに、それまで見つかっていなかった大小様々な虫歯で一気に拍車がかかり、埋め、削り、抜き、被せ、あっという間に半分ほどの歯は何かしら手を加えられることとなった。
永久歯というのはその名の通り、一度無くしたら二度と戻ってこない。歯は一生モノだからお金をかけろとよく言うけれど、このつぎはぎだらけの歯を見るたびつくづく思わされる。

プラスチックの治療は早々と終わり、そのまま歯のクリーニングへと移る。噛み合わせの悪い顎がガクッと音を鳴らす。

歯磨きは嫌いな方だった。そもそも子供用歯磨きのあの人工的な青リンゴの香りがトラウマとなり、歯磨きはできれば避けたいと思っていた。それがまるで子供に義務づけられているかのように、毎晩必ず歯磨きをして朝を迎えた。
義務付けられた歯磨きに裏付けられたように、虫歯なんて20になる頃までなったことがなかった。21の時、奥歯に小さな虫歯を見つけた時はショックだった。しかし私は甘んじていた。自分が虫歯になるなんて、夢にも思っていなかったのだ。
子供の頃から続いていた歯磨きのクセは、大学院を境にぴたりと止まった。自分探しの時間や翌朝の二日酔いは、義務を軽々と超えてしまったのだった。
その代償に、ツギハギだらけの歯は、この通り一生同じ箇所の治療を繰り返さなければならないこととなった。

昔は早く大人になりたくて、見た目から中身まで全て、大人になりたくて必死に変わる努力をしてきた。しかし突然、変わることが怖くなってしまったのだ。
実は、今年30になることが今でも信じられない。『30歳のおばさん』とか言ってた学生時代の自分を殴りたい。かつては90年代生まれというだけで驚かれたが、1991年生まれはもう若くないのだ。その事実と、どこかで向き合いたくないのかもしれない。もう努力なんてしなくても、勝手に時代は流れる。変わる。回って引き継がれ、枯れ果てる。まるでツギハギの永久歯のように。

「これから仕上げのブラッシングをしますね。青リンゴ味は大丈夫ですか?」
歯科衛生士の問いかけに、NOは言えなかった。大人なので。ブラッシングが始まると思わず吐きそうになったけど。
これからは自分の変わらない部分を探し、見つけるたび、時の流れに擦れないよう大事にフタをしていくのだろう。自分の変わらない部分がいつか、自分を救ってくれると信じて。

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