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短編小説 弁当男子は出世できない!?

俺にとってはどうでもいい話だけど、どうやら弁当男子は出世できないらしい。弁当男子とは、自分で弁当を作って会社や学校に持って行く男性のことを指す言葉だ。「出世できない・・・」は、どこぞの大手企業の社長さんがコラムに書いた”ありがたい御意見”で、「いまどき昭和かよ!」と思わずツッコミたくなる時代錯誤の意見だ。そもそも弁当とは関係なく、”会社に入った全員が出世を望んでいる”と思っていること自体が、時代遅れな考え方だ。こんな社長がいる会社の社員には本当に同情するよ。

永く不況が続いた今の時代、会社に手製の弁当を持参する人が増えているようだ。一般的な弁当持参の理由には、節約・健康・エコなどが挙げられているが、俺の場合は全くの趣味だ。俺の家はシングルマザーの家庭で、お袋が苦労して俺と妹を育ててくれた。お袋は残業で遅くなることもあり、そんな時に見様見真似で作った夕食を褒められたことが、料理にハマったキッカケだ。お袋や妹の喜ぶ顔が見たくて一生懸命作っていたら、いつの間にか料理が好きになっていた。

お弁当を作りだしたのは、高校生の時からだ。この頃には料理の腕もそこそこ上達していて、自分とお袋の弁当を作っていた。大学生の頃は、高校生になった妹用の弁当も作っていた。妹に時々せがまれるキャラ弁は、俺のお弁当スキルをさらに向上させた。この生活は、俺が大学を卒業するまで続けていた。就職してからは一人暮らしになったが、自分用のお弁当は趣味の一環として続けていた。

お昼休憩は至福の時間だ。『孤独のグルメ』ではないが、自分の好きなオカズを一人で楽しむことができるからだ。しかし、その至福のランチタイムを妨害する男がいた。それは同期のヤマダだ。ヤマダは有名国立大を卒業したことを鼻にかけるマウント志向の嫌味な奴だ。

休憩時間の少し前、隣のデスクのヤマダが俺に話しかけてきた。「マジで今日もまたお弁当か?。マジで出世する気が無いFラン大卒には、困ったもんだ。会社で貧乏アピールは、マジやめてくれ」。”マジ”を乱発するヤマダのウザ絡みは本気まじで勘弁して欲しいと、いつものように受け流していたら、普段あまり接することのない他部署の同期であるサトウさんが、話に入ってきた。

サトウさんは、同期の中でも仕事ができると評判のエースだ。しかも、容姿が整っていることから、サトウさん狙いの先輩や同期がたくさんいることは周知の事実だ。サトウさんはいわゆる高嶺の花で、俺とは同期というだけで挨拶以外でこれまでほとんど接点が無かった。そんなサトウさんが話しかけてきたので、俺は思わず身構えた。

そんなことはお構いなしに、サトウさんはいつものフランクな調子で話しかけた。「時々、俺君が休憩室で食べているお弁当を見たことがあるんだけど、本当においしそうよね。私は料理が苦手だから憧れちゃう」。するとヤマダが焦ったようにこう言った。「こいつのは、カネが無いための貧乏飯ですよ。美味しいはずがありません」。サトウさんはヤマダを無視するようにこう続けた。「暇な時で良いんだけど、私に料理を教えてくれないかなぁ?」。思わぬお願いにドギマギしていたら、「今度メールするから!」と颯爽と通り過ぎて行った。

その後、なんやかんやあったが、結局サトウさんに料理を教えることになった。料理を教えながら話をしていくと、二人には共通の趣味もあり、交際をするまでにはそんなに時間がかからなかった。一年ほど付き合ってプロポーズしたが、驚くほどスンナリとOKをもらうことができた。しかし本当に驚くのは、もっと後のことだった。

サトウさんのご両親に挨拶することになり、最寄り駅でサトウさんと待ち合わせた。指定された場所でサトウさんを待っていると、黒塗りの高級車がやってきた。運転手付きの高級車の後部座席には、サトウさんが乗っていて、サトウさんに手招きされるまま後部座席に乗り込んだ。サトウさんの実家は、会社をいくつも経営している大金持ちで、サトウさんは会社経営の修行のため子会社に勤めていることを知らされた。

サトウさんの豪邸と”門から玄関までの距離”に内心かなりビビっていたが、出来るだけ表情には出さず、サトウさんのご両親とは何とか和やかに話すことができた。庶民の俺は、それまでは金持ちに少なからず偏見を持っていたが、その偏見はサトウさん一家で払拭することができた。”本当の金持ち”には良い人が多いことを知ったのは、サトウさんと交際したお陰だ。

サトウさんと結婚した後は”それなりの”役職に就いたが、会食などがある時以外はお弁当を続けている。もちろん妻の分も作っている。最近妻が妊娠した。こんどは子供にキャラ弁を作ることが目標だ。

ところでモブキャラのヤマダはどうなったかって?。ヤマダはいま、俺の部下として渋々働いている。本当に、弁当男子は出世できない?。

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