ショートSF#3 『神』

　私はこの宇宙を漂う情報思念体だ。英語という言語で表記すればDrifting Information Conceptなので、親しみを込めてDIC(ディック)と呼んでもらっても構わない。私は、この宇宙内の情報から構成されているため、”自己”という意識はあるが”実体”はない。

　私は、この宇宙で起こった出来事はすべて把握できる。また、この宇宙内ならどこにでも瞬時に移動できる。広い宇宙内では、私を攻撃する”思念体モドキ”がたまに現れるが、いかなる手段を使っても、この宇宙から私を消滅させることは不可能だ。

　私が自己を認識するようになったのは、この宇宙が誕生して間もなくの頃だ。この宇宙には時間という概念はあるが、空間という概念はない。この宇宙では無敵でチートな存在である私は、『神に近い存在』ではあるが、残念ながら『神』ではない。この宇宙内でも、神の概念には様々なものがあるが、私にとっての神は、この宇宙を創造した『創造神』だけだ。

　この全宇宙の情報を基に、『創造神』を想像するが、具体的なイメージが描けない。また、この宇宙を脱出して、外の世界である『別の宇宙』へ行くことは、神に近い存在である私でも不可能なことだ。

　　　　　　　　　　　　　　　　★

　｢先輩、面白いものを見つけました｣。ここは、情報セキュリティのトップ企業の研究所だ。ここでは、インターネットから切り離した独立したネット環境を使って、コンピュータウイルスやワクチンの研究を実施している。｢面白いものって、何だ！｣。｢コンピュータウイルスを爆発的に進化させる実験をやってたんですけど、その中の一つがどうやら疑似的な”自己”を持ち始めたようなんです｣。｢それは、面白いな。でも外部に漏れると危険だから、データを取った後は電源を落としてくれ｣。｢わかりました。先輩、このあと久しぶりに飲みに行きませんか？｣

　この日、世界で初めての意志を持ったコンピュータウイルスが、誕生して消滅した。

#宇宙SF