私の父は器用で、よく見様見真似でDIYをやっていました。今から半世紀も前のことですから、DIYなんていう言葉はありませんでした。意味の近い言葉に、”日曜大工”というのはありましたけど。
小学生の頃に住んでいた家では、家の庭に10畳ほどの部屋を建て増しました。これは、父と父の友人の日曜大工でした。正確な工期は覚えていませんが、1週間くらいで出来上がったと思います。板張りの飾りのない部屋でしたが、この部屋の半分が子供部屋になりました。実家で犬を飼ったことが一度だけありましたが、小学校から帰ったら結構立派な犬小屋が廃材で作られていました。
今の実家には、”強制的な”DIYの思い出がたくさんあります。まず家を建てる前ですが、土地へのアクセス道路(正確には坂道)造りを手伝わされました。日曜の午後、父に言われるままに家の予定地に連れて行かれたら、ダンプトラックがやって来て大量の砂利を置いていきました。それからは、一輪車(猫車)を使って何往復もして、坂道を完成させました。
実家が完成した後も”強制DIY”は続きます。まずは隣家との境界をハッキリさせるための、ブロック塀作りです。この時に、”水平の出し方”や”鉄筋の入れ方”や”コンクリートブロックの積み方”を教わりました。ここまで読むと、私の父が大工さん/左官さんと思われるかもしれませんが、全くの素人です。どこで覚えてきたのかわかりませんが、色んな事を知っていました。
そうそう、玄関周りのタイル張りが雑だったのが嫌で、引っ越し後にタイルの目地の塗りなおしをしたこともありました。その時にはじめて”ホワイトセメント”という目地専用のセメントがあることも知りました。私は当時、中学1年生でした。
その他にも、雉小屋の金網張りや、倉庫のトタン張りをしたこともありました。もちろんすべて強制DIYです。私も手先が器用で、言われた仕事は大体できました。ひょっとすると”若きDIYの天才”だったのかもしれませんが、今では何もできません。”ハタチ過ぎればただの人”というのは、やっぱり的を得ているようです。
何でこんな記事を書いたかと言うと、偶然目にしたYouTubeの動画で、森の中に小屋を作ったり、廃屋をリフォームするのを見たからです。眠っていた私の中の”DIY魂”が、少しだけ目を覚ましたのかもしれません。
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