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差別なき世界(5)

  ロックは意識をしているわけでもないのに身体が勝手に動き、指定された荷物を指定された所に運んでいた。
果たして、自分はロックなのか。何か行動を起こそうと思っても身体が動かない。それなのに何も思っていなくても勝手に身体が動く。鏡に映るのは数日前(実際にはどのくらいたっているのか本人も把握していない。)の自分とは似ても似つかない冷たい金属で覆われた姿だ。自分が修理していたAIロボットたちも元々は人間だったのか、それとも自分は元からAIロボットで人間への憧れから妄想を起こしているのか、自分が工場で意識を戻した日から時が経つにつれて日に日に自分がわからなくなってきていた。

「メンテナンス完了だ。今日もよろしく頼むよ。」修理工がロックを直し、ポンポンと叩いた。
「ありがとうございます。引き続きお仕事努めさせていただきます。」
意識とは裏腹に勝手に発せられるデジタル音。
ロックはまた仕事に取り掛かる。仕事をしないと電力充電をさせてもらえないのだ。だが、そんな事を考えなくても身体は動き出していた。

今回の搬送先は今年十三歳になるハーベストの少年宅だ。ロックは荷物を担ぎ少年宅に向かう。受取人は十三歳、この年齢の個人宅への搬送だ、恐らく中身はドリームデバイスだろう。ロックが普段搬送する先はほとんどが別業務の工場、企業、政府機関だ。通常AIロボットは個人宅に搬送はしない。というよりハーベストの一般人はみんな同じような生活をしているし、金銭が存在せず、購入という概念もない。つまり、個人宅に搬送するのはONEから配給されるものだけだ。

少年宅に着くとチャイムに電子シグナルを送り到着を伝える。
「ピンポーン」
チャイムが鳴る。
「はーい。」
まだあどけない声が答える。
「こんにちは、ONEからリュー様へお届けものです。」
「わかりました。今でます。」
とても礼儀正しく少年は挨拶をした。ロックの記憶が確かならハーベストの住民は犯罪者の子孫か遺伝子情報から判別された犯罪者予備軍だそうだ。ロボットに対してもこんなに礼儀正しい子が果たして犯罪者なのだろうか。彼を捕まえた男やソイルに行くきっかけとなったナオミの言ったことがにわかに信じられなかった。とは言っても今のロックはその記憶もロックの妄想かもしれないと疑ってはいたのだが。
  そんなことを考えていると玄関ドアが開いた。

「どうも、AIロボットさんこんにちは。」
玄関に現れたのは身長が150cmにも満たない小柄な少年だった。彼は屈託のない笑顔でロックを出迎えた。
「リュー様、こんにちは。本日は…」
視界上に今日の搬送物のデータが出てくる。
搬送物はドリームデバイスだ。
「ドリームデバイスをお届けにまいりました。」
「ありがとうございます。」
「設定をさせていただきますので、家にあがらさせていただきます。」
「わかりました。どうぞ。」
「失礼します。」
部屋の中は白を基調としたシンプルなデザインだ。その中でも古い映画のポスターやロボットなどのフィギュア、また、作りかけのロボットなどがいくつか点在していた。
「ドリームデバイスはどちらに設置すれば、良いでしょうか。」
「そうですね。母に確認しますね。」
(母?)
ロックはその意味を一瞬わかりかねたが、すぐにAIシステムがその言葉の意味の意味を彼に伝えた。
  ONEが管理するようになったこの世界には母親というものが存在しない。そのためロックはその言葉の意味が最初わからなかった。生殖活動はあるのだが、それは身体的に最も健康な時期になると、ONEが最良の組み合わせの男女を指定し、特別な部屋に連れて来て行為をさせるのだ。行為が終わると彼らはまた居住区に戻される。妊娠した女性は安全な管理の元で出産をし、その後、子供と離れ離れにされる。なので皆、生みの親を知らない。基本的にハーベストは遺伝子が優れていないので、ハーベスト同士で生殖活動を行い、労働力としての子供を産むことになる。しかし稀に最良の組み合わせの相手がソイルや人によってはファガマという事もある。生まれてくる子供はそのままソイルやファガマで育つこともある。また両親がハーベスト同士の子供であっても掛け合わせによってはソイルなど上の階級の住民になることもある。基本的には良い遺伝子と良い遺伝子の掛け合わせでさらに優れた子供が生まれる事が通常だ。
  だがしかし数が少なくても、その例から外れる子供が生まれるということがこの進んだ科学世界で神であったり、運であったりという計算できない不確定要素の存在を強く否定出来ない理由の一つにもなっている。科学者達は躍起になって神の存在の有無を探しているわけではないが、自分たちの好奇心に動かされ謎を解明しようとしている。
  「すみません。運送員さん、こちらへどうぞ。」
リューの母親が出てきてロックを迎え入れる。とは言っても母親代わりのAIロボットだ。各家庭にいるAIロボットは他のAIロボットの事をロボットやAIなどとは呼ばない。おそらく自分たちのアイデンティティを失うような気がするからだろう。ロックも最近ではAIロボットの事をそのように呼ばなくなったとふと思った。
(ということは記憶の中の自分、人間だった頃の自分は現実で、やはりソイルに行った時にAIロボットに作り変えられたのではないか。)
ロックは疑っていた自らの記憶を再び信じはじめた。リューの母親に指示されるように彼の部屋にドリームデバイスを設置する。ドリームデバイスでプライベートな行為もすることになるので基本的に個々の部屋に設置される。家庭にいるAIロボットもそのように指示をする。そうするようにプログラムされている。とは言っても、リューはまだ十三歳だ。そんな事は出来ないようになっている。ドリームデバイスは会話や学習それ以外の能力向上にも利用されている。各人の成長に合わせ、堕落しないように計算されている。

「お待たせしました。設置が完了しました。」
ロックは設置を済ませリューを呼んだ。
「ありがとう。運送員さん。」
ロックへの呼び方がAIロボットさんから運送員さんに変わっていた。母親ロボットに注意でもされたのだろうか。そしてすぐに呼び方を変えるところに彼の素直さが感じられた。
「とんでもないです。これでいっぱい知らない事に触れて知識を増やしてくださいね。」
ロックはそう言うと、また工場に戻って行った。

リューはロックが帰路に着くとすぐにデバイスの電源を立ち上げた。
眼前にアニメーションが現れる。
「こんにちは、はじめまして。お名前を教えてくれる?」
「こんにちは、僕はリュー。お姉さんのお名前は?」
「私はナオミ。よろしくね。」

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