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差別なき世界(4)

 ロックは衛兵に連れられて、ある一室に監禁された。椅子に座らされると後ろ手を縛られ自由を奪われた。彼は今、暴れる気になれなかった。というのは、先程何とか逃げようと暴れたものの赤子の手を捻るかのように易々と制圧されてしまったからだ。
「どうした。先程までの勢いが嘘かのように静かになったな。」
リーダーらしき男が尋ねる。しかし、ロックは何も答えられない。男として圧倒された事やわざわざ足の踏み入れたことの無い地まで来たのにすぐさま捕まった事など自分が情けなく、口が開けなかった。
「まぁ、気にする事はない。お前たちは生かさず殺さずの状態で管理されているんだからな。毎日、栄養ドリンクしか摂取していないんだろ。確かに個々人に栄養調整されたあれを飲んでいれば、飢餓に苦しむ事も逆に肥満体になり、健康を害する事もないさ。ただ生きるためだけの必要最低限の栄養だからな、俺らみたいに身体が大きくなる事も強くすることも難しい。そんなハーベストの民がソイルの民に歯向かうなんて元からフェアじゃない。落ち込むな。」
果たして慰められているのか貶されているのかロックは分かりかねた。ハーベストとソイルでは食事も違うのか、確かに衛兵は勿論リーダーの男、この部屋に来るまでに見た工場の人々も皆、男女問わず背が高く筋肉質だった。

「で、どうやってソイルの事を知ったんだ。」
ロックは黙っていた。
「ハーベストの民はソイルの事は一切教えられていないはずなんだがな。」

ロックはソイルの男を睨んだ。
「知られたら何かマズイのか。」
「そうだな。世界のバランスが崩れるからな。それに知って苦しむのはお前たちの方だ。世の中知らない方がいい事もある。」
「よくもそんな事が言えるな。自分たちが楽をして悠悠自適に暮らしているのがバレるのが怖いんだろ。それにもし、俺が皆にこの事実を伝えてみろ。お前たちの生活は一変するぞ。」
「お前がこの事実を知ってからどのくらい経つのか知らないが、それからのお前の感情はどうなった。」
「それはこんな生活をやってられない、もっといい生活がしたいって感情が抑えられなくなったね。俺らよりいい生活をしてる人間がいるという不平等。忘れたかと思えば、また思い出して怒りが溢れてくる。俺の今までの日常はなくなった。」
ロックは感情の変化、心のバランスが無くなったことを吐いた。同時にあれ以来ナオミへの思いも溢れて抑えきれなくなっている。ただそれについては言わなかったし、言う必要がない事だと思っていた。

「そういうことだ。お前は自分たちと違う人間がいる事を知って、感情のコントロールが出来なくなっているんだ。怒りが生まれ、次には争いを起こそうとするだろう。長い間お前たちの世界では争いがなかったのにだ。確かに下級民ハーベストと上級民ソイルでは違いがある。でも知らなければ、今まで通り平和に暮らせてたんじゃないか。」
ロックは今までの生活を思い出し、他者に対して怒り、嫉妬するようなことはなかったことを思い出した。彼が言う事に同意はしたくなかったが、確かに事実であり否定することができなかった。しかし、彼の発言の中で一つ気掛かりなことがあった。
「上級民ソイル。」
ロックはボソッと呟いた。その男は一瞬訝しげにロックを見た。
「確かに俺らより優遇されている民がいる事を知らなければ、俺の平穏は崩れることはなかった。外との違いを知ることで怒りが湧いてきた。だが、同時に俺は感情を大きく揺さぶられることを経験したんだ。今までの平穏な日々では味わうことが出来なかった衝動だったよ。今も想いが止まらないんだ。」
「それがここに来た理由か。」
「全てとは言いきれないが、大いに関係ある。」
「具体的に何に期待しているか知らないが、やめておけ。一時の感情で動かされるな。期待を持ち行動しても裏切られる。たとえ期待通りの結果が出てもそれは一時的なものだ。すぐに現実に気付かされる。一瞬の偽りの幸せだ。そんな不幸、怒り、悲しみを失くすため、そこから生まれる争いを失くすために人々は遺伝子レベルで区分けされている。自分と同等の人間の間では、多少の嫉妬や揉め事や怒りはあったとしても大きな争いは起きない。一時の感情にコントロールされるな。」
確かに男が言うことは正しいのかもしれない。ナオミと再び会えたところでどうなるのだろう。それにナオミは自分にいい印象を持っている訳でもない。
「お前はファガマに行きたくないのか。」
「ファガマ?なにを言っているんだ。」
ロックの勘は当たったようだ。彼はファガマのことを知らない。
「知らないのか。上級民ファガマだ。お前たちソイルは中級民でその上にファガマがいる。お前たちは上級民ではない。さっき自分たちの事を上級民だと言っていたからおかしいと思ったんだ。」
「証拠はあるのか。」
彼は少しの間を置いてロックに尋ねた。彼の様子を見ると、確信はないようだが、ファガマの存在を感じされる事があったのかもしれない。

「証拠はない、俺も聞いただけだから」
「誰に聞いたんだ。」
「それは言えない。」
「嘘なんだろ。」
「嘘だと思いたいんだろ。お前達は自分たちより上がいないと思って偽りの優越感を感じてたんだ。俺がそうであるようにお前も自分より恵まれている人間たちの存在を知って、心の平穏が保てなくなっているんだ。下と差がある分には幸せを感じるだろう。でも上と差があると感じたら、途端に自分は不幸だと感じ始める。」
ソイルの男の表情がみるみる変わっていく。眉間に皺を寄せ今にも殴りかからんばかりだ。顔を引き攣りながら口を開く。
「そんなくだらん嘘を吐いて俺への意趣返しのつもりか。そんな事を言うやつは今までも何人かいたな。だが、そいつらが最後にどうなったか知っているか。」
男の話から考えるにどうやら、ソイルに来たハーベストの民は自分が初めてではないようだ。
「連れて行け」
男は勝ち誇ったようにニヤついて衛兵達に指示をした。
衛兵達がロックを椅子ごと薙ぎ倒した。
そして、殴る蹴るの暴行を受ける。ロックは薄れゆく意識の中、
「知らなければ、幸せなこともあるんだ。」
とリーダーの男が口にするのを聞いた。彼の手には注射器が持たれていた。そして、眼には憂いを帯びているようだった。

いったいどのくらい時間が過ぎたのだろうか、ロックが気づいた時には、いつも働いている工場の中だった。頭がズキズキする。どうして工場にいるのか、暴行された事は覚えている。暴行を受けた後に工場に戻されたのだろうか、それとも元からソイルなどには行っていなかったのか。ロックの記憶はあやふやだった。
ふと時計を見ると、勤務時間だった。
「もう時間か、働かないとな。」
ロックはいつもの場所に行った。

「すみません。今日もお願いします。」
「いつもお疲れさん。君みたいに真面目に働いてくれる子がいるから俺たちは助かっているよ。」
男は優しい声で話しかける。
「とんでもないです。作業員の方々が私の状態を確認し、いつもメンテナスしてくださるおかげで長時間働けるんです。」
(ん、メンテナンス?)
ロックは言おうとしていない事を口にしていた。
「いいんだよ。これが私の仕事だからね。」
男は明るく微笑んだ。
「ちなみになんだけど、君はこの荷物をいつもどこに持っていくんだい。」
どこかで聞いた事のある質問だ。
「すみません。それは教えられないんです。」
「どうしてもか?」
「はい、言おうと思っても言えないようにプログラムされているんです。」
ロックは気づいた。そうか、俺はAIロボットなんだ。

第一話https://note.com/deni_deni/n/nd6bc8267725c

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