見出し画像

宮沢賢治のちょっと不思議な物語

宮沢賢治の物語童話といえば、「銀河鉄道の夜」や「注文の多い料理店」が思い浮かぶ。これらは、物語の筋、展開には、汲めども尽きぬ奥深さはあるけれど、決して難解とはいえないだろう。

「セロ弾きのゴーシュ」も広く知られている作品の一つだ。

中村哲さんが、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」を引き合いに出して、彼の偉大な業績の実現を支えた気持ちを説明していた。

セロが下手くそと言われて、一所懸命練習に取り組んでいる最中に、次々と邪魔が入るが、仕方なく(決して善意や親切心から快くというわけでなく)その相手の求めに応じてあげる。そうしているうちになぜか本番で上手に弾けるようになっていて、褒められる。おまけに、本人はそのこと(いつの間にか上手くなっていること)に気がついていなかった。

この寓話は、お話としては単純だが、込められた意図はさまざまな解釈ができそうで、ちょっとわかりづらい作品のように思う。

さて、最近、今まで知らなかった賢治の作品に立て続けに出逢った。最近まで知らなかったというのは、前述の作品などに比べるとそれほど広く知られていないから。それは、これらの作品が、多少なりとも”わかりにくさ”を含んでいるためではないかと考えた。

まず「狼森と笊森、盗森」。

三谷靱彦(ゆきひこ)(絵)講談社版と、片山健(絵)ミキハウス版の二冊の絵本で読んでみた。

小岩井農場の北の三つの森、狼森、笊森、盗森での物語。村人たちは山に入って自分たちの畑を作って生活していこうとするが、森に許可を求める。そのうち、子どもたちがいなくなる。狼森の狐の仕業だった。子供達は戻ってくるが、今度は、農具が無くなる。笊森の山男の仕業だった。あわもちを代わりに農具を返してもらう。今度はあわがなくなる。盗森の仕業だった。岩手山が盗森を諭してあわも戻って来る。森はすっかり、村人たちの友達になり、冬の初めにはあわもちをもらうようになった。

三谷靱彦(ゆきひこ)(絵)講談社版は、色彩豊かで、のどやかな童話の雰囲気が溢れている。片山健(絵)ミキハウス版は、全く対照的に、白黒の世界で、厳しい北国の農民の生活が迫ってくる。

森とそこで生活を営む村人たちとが調和して共存していく物語。人間は、自然の恵みをいただき自然から生かされている。だから、自然からもらう恵みに感謝し、お返しをしなければいけない。そう、単純に解釈していいだろうか・・・。

そして、「猫の事務所」。副題が”ある官衙に関する幻想”とある。”官衙”とか”幻想”という言葉で、出だしから何やら身構えさせられる。

こちらは、小林敏也(絵)好学社版(*)と、植垣歩子(あゆこ)(絵)ミキハウス版の二冊を手に取った。昨年末にミキハウス版を読んで、内容の奇妙さに戸惑ったことを、今年になって「狼森、・・・」を読んだのをきっかけに思い出して、今度は、小林敏也(絵)好学社版で再読してみた。

猫の歴史と地理を調べる「猫の第六事務所」は、事務長の他に4人(匹)の事務員で構成されている。事務長は「大きな猫」。一番書記は「白猫」、二番書記は「虎猫」、三番書記は「三毛猫」、四番猫が主人公となる「竈猫」(かまねこ)。皮が薄いのでいつも竈に入って体を温めているためこう呼ばれる。

「贅沢猫」が事務所にやってきて「氷河鼠を食いにベーリング地方に行く」のでと、あれこれ地理を尋ねる。一番書記から三番書記まで、うまく答えられないが、第四書記の竈猫が、テキパキと答える。こういう実務才能が他の猫たちから根に持たれてしまう。

ある日、虎猫の弁当が机から落ちたり、別のある日、三毛猫の筆が机から落ちたりしたのを、手助けしてあげようとして、却って反感を買ってしまう。

そしてある日、竈猫は風邪を引いてしまい事務所を休む。その日、他の猫たちは、作り話で竈猫の悪口を言う。翌日事務所に出てくると、仕事をするための大事な原簿が机からなくなっていて、他の三人の猫に分け与えられていた。役割が果たせなくなり、無用扱いされ、存在を無視、否定される。竈猫は呆然として、一日涙を流して過ごす。

すると、突然、「いかめしい獅子」が現れて、解散を命じる。

”お前たちは何をしているのか、そんなことで地理も歴史も要ったはなしでない。やめてしまえ。えい。解散を命じる。”

そして、この物語の最後に、初めて語り手がはっきり現れて、

”ぼくは半分獅子に同感です”と語る。

組織の中でのパワハラ、いじめ。日本社会独特の閉鎖性。今の社会でもあいかわらず深刻な問題が主題なのだろうか?

最後に出てきて裁きを与える「獅子」は、一体誰? 不正を許さない「神」の役割を演じている? そういう絶対的な存在がないと、問題は解決されないと、熱心な法華経信者だった賢治は考えたのか?

そして、最後の『「私」は”半分”同感する』とは? 同感しない後の”半分”とは一体どういう思いなのか。

これからも、まだまだ知らない賢治の世界に出逢いそうな予感がする。

(*)小林敏也氏(1947年生まれ、東京芸大工芸科卒)は、この画本シリーズで、2003年第十三回宮沢賢治賞を受賞している。

およそ百年前の、日本の社会が激変する時代に、時空を超える物語世界を生み出し、37歳の人生を駆け抜けた、捉えどころのない不思議な日本人、宮沢賢治。彼の作品は、これからもいつまでも日本人の心を魅了し惹きつけ続けるだろう。

おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?