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ニンジャラクシー・ウォーズ【サクリファイス・トゥ・ザ・デモンズ・パレス】

◆はじめての方へ&総合目次◆

この宇宙に人類が生き続ける限り、決して忘れてはならない事がある。
本テキストは70'sスペースオペラニンジャ特撮TVショウ「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」とサイバーパンクニンジャアクション小説「ニンジャスレイヤー」のマッシュアップ二次創作であり、(株)東映、石ノ森章太郎=センセイ、ボンド&モーゼズ=サン、ほんやくチーム、ダイハードテイルズとは実際無関係という事だ! ただしリスペクトはある!


◆#1◆

「御覧くだされ皇帝陛下ァーッ!」

 ガバナス帝国ニンジャアーミー団長ニン・コーガーの声が、無限の大空間を航行する宇宙戦艦「グラン・ガバナス」のブリッジに朗々と響いた。「第2惑星アナリスに! 陛下をお迎えする宮殿が! ついに完成と相成りましてございますーッ!」

 彼が示す大型モニタには宇宙ジグラットめいた巨大建造物が映し出され、第15太陽系主星・グローラーの光を浴びていた。黒と金を基調とし、数百階を超える本殿の周囲にドリルめいた垂直尖塔を無数に生やしたその威容は、ガバナス的美意識において偉大かつ華麗であり、力と誇りの象徴であった。

『ムッハハハハ! 余は満足である』ブリッジ壁面の黄金宇宙ドクロレリーフが機械的な笑い声をあげた。ガバナス帝国皇帝・ロクセイア13世からの超光速通信だ。「ハハーッ!」コーガーはマントを翻し、恭しく黄金ドクロにドゲザした。「では直ちにお移りの準備を!」

『待て』通信音声が遮った。『忘れたかコーガー。植民惑星の宮殿に皇帝が下る時には……』「おお、ガバナスの血の儀式!」コーガーの目がカッと見開かれた。「そうとも兄者。宮殿の祭壇に若い女の生贄を!」「百人でも千人でも、仰せのままご用意致しますわ」イーガー副長とクノーイ諜報部長が追従する。

『余が所望する生贄はただ一人』黄金ドクロの両眼が不穏にUNIX点滅した。『ソフィアめの血を我が宮殿に捧げよ』

「なんと!」コーガーの叫びと同時にモニタが切り替わり、銀河を航行する宇宙帆船の撮影画像を映し出した。カシャッ! カシャッ! 船体の側面がズームされる。船窓の奥に見えるのは、純白のドレスを纏うブロンド宇宙美女の横顔。粗い解像度の中でなお聖女めいたアトモスフィアを放っている。

 コーガーはニンジャソードを抜き放ち、大仰にモニタを指し示した。「あの! 正体不明の宇宙帆船でこの星系に出没し、反乱分子の討伐を幾度となく妨害してきた謎の女を! 生贄にと仰せられるか!」『左様。この太陽系……否、この銀河宇宙において、あやつほど相応しい女はおらぬ』

「エー……しかし、畏れながら陛下」イーガーが卑屈な口調で切り出した。「ソフィア=サンの船は異次元への転移能力すら有しており、まさに神出鬼没。このグラン・ガバナスをもってしても所在を掴む事は……」『できぬと申すか』「アイエッ」『オヌシは余の勅命を拒否すると申すか、イーガー副長。ンン?』

 ドクロの目が激しく明滅した。「アイエエエ!」イーガーは腰を抜かし、後退りながら失禁を堪えた。「メ、メ、滅相も」「滅相も! ございませぬ!」コーガーの大音声が空気を震わせた。『ピガーッ!』『ピガガーッ!』ブリッジのそこかしこで、サイバネブリッジクルーが火花を散らして痙攣する。

「ニンジャアーミー団長の名にかけて! しかと! 承知つかまつりましてございます!」ゴキゴキリ! コーガーは手足の関節を外し、およそヒューマノイドには不可能な低さで再ドゲザした。『吉報を待っておるぞ』「ヨロコンデー!」虫めいて這いつくばるコーガーの頭上で、UNIX眼光がしめやかに消灯した。

 第15太陽系第2惑星アナリス。その各地に廃墟めいて残された礼拝堂は、地球連盟から派遣された宇宙ブディズム宣教師達が繰り広げた布教活動と、その挫折の残滓である。

 移民船団に参加した彼らは、地球総本山から託された莫大な資金を注ぎ込み、アナリス全土に次々と布教コロニーを建設した。開拓生活に疲弊した住民の心を説法カウンセリングで安んじ、献金収入を公共サービスに充ててQOLを向上、さらなる帰依心を育む……それが当初の計画であった。

 2世代後には星系全域に一大宗教経済圏が根を張る予定だった。しかし彼らの予想を超え、地球発の教義のローカライズは困難を極めた。ことに、先住民族デーラ人の地母神マニヨルとの習合稟議には数え切れぬほどの電子ハンコ決済を要し、総本山との超光速通信費はコロニー運営予算を容赦なく圧迫した。

 財政難から公共サービスが負のスパイラルに陥ってまもなく、信徒の流出が始まった。コロニー建設コスト削減のため、モバイルコンテナ住居を採用したことが裏目に出た。信徒達はトラクターで、宇宙バッファローで、果ては人力で自らの住処を運び去り、行政施設も兼ねた礼拝堂だけが跡地に残されたのだった。

 そのひとつ、アナリス中央都市に程近い第168礼拝堂の聖餐会議卓を挟んで、男達が睨み合っていた。一方は反ガバナスレジスタンス組織「アナリス解放戦線」。もう一方はジュー・ウェア風ジャケットの男、端正な顔立ちの青年、宇宙猿人の三人組。ローティーンの少女が間に立ち、不安げに双方を見やる。

「ムダな真似はやめとけ」ジュー・ウェア男が憮然と腕を組んだ。「残念です」レジスタンスのリーダー、カミジが呟く。「リュウ=サン達は必ず力を貸してくれると信じて、ハナを迎えにやったのですが」少女に向けられたカミジの双眸は涼やかで……いささか純粋すぎる光を帯びていた。

「僕は賛成だ! 一緒に行くよ」身を乗り出した青年の後頭部を、SLAP! リュウと呼ばれた男が平手で張った。「テメェは黙ってろ、ハヤト=サン」「だって!」不服げなハヤト青年を無視して、リュウはカミジに言った。「今さら皇帝宮殿を爆破して何になる。ガバナスの連中、またイチから建て直すだけさ」

「アレが建つまで何人犠牲になったか、あんたらも忘れたわけじゃなかろう」宇宙猿人が唸り声で付け加えた。「また繰り返すのかい」「バルーの言う通りだぜ」リュウは頷いたが、カミジの表情は頑なだ。「彼らが100回建て直すなら、我々は101回破壊するまで。それが抵抗運動です」

「そうとも! 僕等の力を見せるんだ」身を乗り出したハヤトの後頭部を、SLAP! リュウが平手で張った。「モッタイナイぜ。せっかくできた宮殿だ。いずれガバナスを追っ払って、俺達が頂く方が利口さ」「犠牲になった者達に申し訳が立ちません」「死んだ奴らのことは死んでから考えな」

「そもそもよォ」リュウはテーブルに広げられた見取り図をトントンと叩いた。「これしきの人数でブッ壊せンのかよ、こんなデカブツを」焦土から再建された中央都市の大半を占める宮殿の威容は、ガバナス的美意識を解さぬ者にとっては過剰かつ醜悪であり、圧政と搾取の象徴であった。

「勝算はあります」カミジは答えた。「地下4階の弾薬庫を爆破すれば、宮殿全体が連鎖的に崩壊する筈」「地下弾薬庫ォ? 皇帝宮殿に?」「何人もの命と引き換えに得たデータです」「別に疑っちゃいねェがよ」リュウは渋面を作った。「成功するかどうかは別の話……」

 BEEPBEEP。卓上時計のアラームが鳴った。「時間だ」「「「ハイ!」」」カミジと同志達は頷き合い、積み上げられた武器弾薬を次々と手に取った。鹵獲宇宙ライフルや宇宙マシンガンといった通常レジスタンス装備に加え、時限タイマーを接続されたプラスチック・バクチクが多数用意されている。

「僕も!」ハヤトもバクチクの一つを掴んだ。「オイちょっと待て!」首根に伸びるリュウの手を躱し、笑顔で踵を返す。「誰が行っていいッつった、アホウめ!」「ダイジョブダッテ! ちゃんと戻って来るから!」リュウの叱声を聞き流し、ハヤトはレジスタンスと共に駆け出した。

「腕が鳴る!」「目にもの見せろ!」「ガンバルゾー!」若者達が次々と飛び出してゆく。最後にカミジが戸口に立ち、リュウを振り返った。「……ンだよ。言いたい事あンなら言えよ」「万一の時は、ハナを頼みます」オジギして走り去るカミジの背中を見送りながら、「ハァーッ」リュウは大仰な溜息をついた。

(((なぜ息子を止めなんだ、ナガレボシ=サン)))リュウのニューロンに響く声の主は、今は亡きゲンニンジャクランの長、ゲン・シン。過酷な修行の記憶が生み出した人格エミュレータめいた幻聴だ。(止めて止まるタマかよ、アイツが。親の顔が見てェや)リュウは声なき声で言い捨てた。

(あんな調子じゃ、一人前になるまで命が幾つあっても足りんぜ)(((ならば指導せよ。いまやハヤトはオヌシの弟子でもあるのだぞ)))「ア……アノ」(俺はセンセイじゃねェ。押し付けンな)「アノ、リュウ=サン」「オイ相棒!」「ア?」バルーに肩をどやされ、リュウはようやくハナ少女の呼びかけに気付いた。

「アノ……私は大丈夫です。それよりカミジ小父さんを」「あ、ああ悪ィ」リュウは慌てて笑顔を作った。「わかってるって。こんなつまんねえ事でカミジ=サンを死なせやしねェよ」「ハヤト=サンもだろ、相棒」「知らねェ。アイツは自己責任だ」「GRRRR」バルーは喉を鳴らして笑った。

◆#2◆

 ウーウーウーウーウー……ロクセイア皇帝宮殿の広大なイミテイション庭園に防空サイレンが響き渡った。「管制空域に未確認飛行物体!」「警戒レベル3!」フルフェイスメンポの下級兵士・ニンジャトルーパーが、宇宙プラスチック灌木の間を行き交う。

 原色フェイク花壇の陰に隠れ、レジスタンス一行がその様子を伺っていた。先頭のハヤトはちらりと空を見上げ、腕時計型宇宙IRC通信機に囁いた。「モシモシ、トント=サン。応答して!」上空では銀色の円盤型スペースクラフトが旋回し、地上の兵士達にその姿を見せつけている。

『コチラ、スペース・ソーサー。ドーゾ』ピボッ。円盤のコックピットで、万能ドロイド・トントが球形の頭部を回転させた。『ガバナスの様子はどう? 僕ら気付かれてない?』『ゲンザイノ、トコロ、イジョウ、ナシ』顔面LEDプレートに「NOPROBLEM」の文字列が流れる。『了解。引き続き陽動ヨロシク』

 ハヤトは通信を切り、円盤に気を取られている歩哨トルーパーに忍び寄った。「イヤーッ!」「グワーッ!」ジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀で背中から心臓を突き通し、くずおれる身体をカミジが横たえた。走る二人にレジスタンスが続く。「急げ!」「ムーヴムーヴムーヴ!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」ハヤトに羽交い絞めにされた歩哨トルーパーのみぞおちに、「イヤーッ!」カミジが宇宙ライフルの台座を叩き込んだ。「オゴーッ!」嘔吐失神!「裏へ回ろう」「ハイ!」走る二人にレジスタンスが続く。「急げ!」「ムーヴムーヴムーヴ!」

 ゴンゴンゴンゴン……本殿の傍らに聳える対空監視塔の砲台が、巨大宇宙カルーセルめいて回転を始めた。DOOMDOOMDOOM! 放射状の砲身が次々と火を吐き、スペース・ソーサーを爆発で揺さぶる。『トント、アヤウシ。タイキャク、タイキャク』ドロイドは直結操縦で機体を反転させた。

「アリガト! あとは僕らでやるよ!」走りながら通信機に叫ぶハヤトの姿を、監視塔の窓から宇宙ニンジャ視力で見下ろす者があった。ニンジャアーミー諜報部の長・クノーイ。紫ラメ色の装束に包まれたバストは豊満である。「いい餌が手に入りそうね」女宇宙ニンジャは赤い唇を歪めて笑った。

 バシャバシャと水を跳ね、ハヤト達は宮殿裏手の浅い水路を渡った。「イヤーッ!」「グワーッ!」トラースキックで巡回トルーパーを蹴り倒したハヤトはカラテを構え……「アレッ?」不審げに周囲を見回した。「どうしました」「おかしいよカミジ=サン。こいつの他に見張りが誰もいない」

「好都合です。このまま潜入して、地下弾薬庫にバクチクを仕掛けましょう」「いや、そうじゃなくて……」「行くぞ! 今こそ抵抗の意思を示す時!」カミジが拳を突き上げた。「宮殿爆破!」「キンボシヤッター!」「歴史に名が残る!」「ウオオーッ!」興奮状態のレジスタンスが駆け出す!

「待ってみんな! 落ち着いて!」もはやハヤトに耳を貸す者はいない。熱狂のまま暴徒めいて走り去る一団に取り残されて、若き宇宙ニンジャはその場に立ち尽くした。しばしの後、「……アーッ、もう!」胸中に沸く不安を押し殺すように叫び、ヤバレカバレめいて後を追う。

 ハヤトがようやく彼らと合流できたのは、宇宙コンクリートで築かれた巨大ゲートの前だった。本殿に通じる地下通路の入口。今回の作戦目標だ。しかし今、レジスタンス達の顔面は一様に蒼白となり、こめかみには脂汗が流れていた。「カミジ=サン……?」ハヤトは訝しんだ。

 一同の視線の先、宇宙コンクリートの壁面に、何者かの影が落ちていた。その場の誰のものでもない影が。頭部の両脇……地球型人類なら耳のあるべき位置に、宇宙コウモリめいた小さな翼が生えている。「クックックッ」異形のシルエットがくぐもった笑い声をあげた。

「影が……影が笑っている」「下がって!」よろめくカミジを庇うように、ハヤトは伸縮刀を構えた。「影か。クックックッ……惰弱な単語よ。俺の故郷では何の意味も持たぬ」笑い声の主が嘯いた。ZMZMZM……人型の闇が盛り上がり、骸骨装束の宇宙ニンジャが三次元空間に実体化する。

「ガバナスのニンジャオフィサーか!」「然り。ドーモ、ヤミビトです」コウモリ耳の異星人がハヤトにオジギした。その皮膚は装束同様に黒く、体毛は一本もない。「闇の惑星ブラスに生まれながら、光ある世界で帝国の走狗に甘んじる者。誇りを捨てた暗黒の使徒……それが俺よ」

「ドーモ、ゲン・ハヤトです。イヤーッ!」アイサツを返しざま、ハヤトはヤジリ状の宇宙スリケンを投擲した。しかし、ナムサン! スリケンはヤミビトの身体を何の抵抗もなく通過し、KILLIN! 宇宙コンクリートの壁に空しく跳ね返ったではないか!「アイエッ!?」「ククク……ハハハハハ!」

 ハヤトの目には、哄笑するヤミビトの身体が二重露光めいて透き通り、宇宙スリケンが擦り抜けたようにすら見えた。超自然の力がもたらす錯視か。「笑止! 体内に《闇》を飼う俺を、光の武器で殺そうとは」ヤミビトの胸からアメーバめいた暗黒物質がザワザワと滲み出し、装束に空いた穴を塞いでゆく。

「帝国に屈せぬ愚か者ども。身の程を知るがいい! イヤーッ!」ヤミビトが無造作に右手を振った瞬間、「「「「「グワーッ!」」」」」ハヤトとレジスタンスはその場で彫像めいて硬直した。宇宙クナイ・ダートが地面に突き立ち、彼らの影を縫い留めている!

「これが俺のシャドウピン・ジツだ。貴様らはもはや指一本動かせない」牙を剥き出しにした異形の口で、ヤミビトは笑った。「光の下でのうのうと生きる者の自由を奪い、存分に恐怖を与えて殺す。その瞬間のみ、俺の魂は僅かな安息を得るのだ」「クソッ……!」ハヤトが不自然な姿勢で歯噛みする。

「ドーモ、ゲン・ハヤト=サン。ニンジャアーミー副長・イーガーです」クノーイとトルーパーの一団を従えたイーガーが現れ、勝ち誇るようにアイサツした。「でかしたぞ、ヤミビト=サン」「我が力をもってすれば児戯も同然。賞賛には及びませぬ」「可愛げのない奴め」イーガーは鼻を鳴らした。

「罠だったのか!」「いかにも」イーガーはハヤトの頬をニンジャソードでピタピタと叩いた。「レジスタンス狙いの罠に、とんだ大物が掛かりおったわ」「ますますソフィア=サンをおびき寄せ易くなりましたね、副長閣下」クノーイの言葉に、「何だって?」ハヤトは目を剥いた。「彼女をどうする気だ!」

「これから死ぬ貴様の知った事か」イーガー達はニヤニヤと後ずさった。クノーイが懐からリモコンを取り出し、ボタンを押す。ZOOOM! 鋼鉄カプセルがハヤト達の頭上に覆い被さった。「「「「「グワーッ!」」」」」「ハハハハ! 貴様ら全員、太陽投棄焼却刑だ!」イーガーが哄笑した。

 DOOOOM! 宮殿敷地から離床したロケットの先端には……ナムサン! ハヤトとレジスタンスを閉じ込めた弾頭型のカプセルが据え付けられていた!「トント=サン、応答して!」カプセル内のハヤトが通信機に叫んだ。「このままじゃみんな太陽に焼かれてオダブツだ! タスケテ!」

『オマエハ、ナニヲ、イッテ、イル』スペース・ソーサーのトントが船外を見やり、『ピガッ!?』急上昇するロケットの姿に電子的悲鳴をあげた。『ト……=サン!…何…か…てく…ーッ!』ハヤトからの信号がみるみる弱まり、ノイズに埋もれてゆく! 

 ピボボボ、ピボボボ。顔面LEDプレートをせわしなくUNIX点滅させて、トントは状況演算を行った。現状から導き出される救出可能性は……65535分の1!『ピガーッ!』球形の頭部が狂ったように回転!『リュウ、リュウ、タイヘン。ハヤトガ、ハヤトガ、ツカマッ、タ』

「案の定だぜ」礼拝堂のリュウが、宇宙フルーツを咀嚼しながら腕時計型IRCにぼやいた。「まァ待ってな、リアベ号でちょいと宮殿を引っ搔き回してやるからよ。ハヤト=サンのワザマエならその隙に……」『ロケットデ、タイヨウニ、ウチアゲ、ラレタ』「ハァ? 何言ってンだテメェ!」

 DOOOOM……轟音が礼拝堂を震わせた。「見ろよ相棒!」バルーが窓にかじりつき、上空に消えつつある噴射炎を指差す。「……マジか」リュウは溜息混じりに立ち上がった。「悪ィなハナチャン。メシの残りは帰ってから頂くぜ」「ハイ」ハナは殊勝に頭を下げた。「みんなを頼みます」

 ゴンゴンゴンゴン……戦闘宇宙船リアベ号が、イオン・エンジンの噴射で垂直離陸した。スペース・ソーサーは既に収容済みだ。「で? 例のロケットの速度は」手早く計器類を操作しながら、主操縦席のリュウが尋ねた。『トントノ、ケイサンニ、ヨレバ、マーク、エックス、コウソク』

「マークXだと? GRRRR……こりゃマジで追っつかねえぞ」副操縦席のバルーが唸った。『グローラーニ、ツッコンデ、ハヤト、シヌ』「縁起でもねェこと抜かすな」リュウが操縦桿を引き、ZZZOOOOM……武骨な船体が大気圏を脱する。「とにかく、やるだけやンだよ」

 彼らの遥か先の宇宙空間では、第15太陽グローラーに向けて、ロケットが無慈悲な加速を続けていた。「今にして思えば、リュウ=サンの言葉は正しかったのかもしれない……」牢獄めいたカプセル内でカミジが呟いた。「そんな!」ハヤトはカミジの肩を掴んだ。「今さらそれはないよ、カミジ=サン!」

「確かに今さらだ……だが人間は、死の瞬間までハンセイを忘れてはならない。私はそう信じている」カミジの瞳は既にアノヨめいて透徹していた。「死の瞬間か」ハヤトは唇を噛んだ。「もう少しガバナス相手に暴れたかった……許してくれ、リュウ=サン、バルー=サン、トント、ソフィア=サン……」

「ソフィア=サン……そうか!」己自身の呟きに、ハヤトはハッと思い当たった。イーガーとクノーイの笑いが脳裏をよぎる。「奴等の本当の狙いは……!」

「見苦しいぞ、イーガー副長」そわそわとブリッジを歩き回る弟に眉を顰め、コーガーはマントを翻した。「だが兄者、あの女が現れなかったら陛下にどう言い訳する?」「本艦のUNIXは200%の確率でソフィア=サンの出現を予測済みだ! ましてベイン・オブ・ガバナスの一味が餌とあれば……」

「団長閣下、ご覧を」クノーイが示すモニタ内の宇宙空間に、青白い光の幕が広がっていた。「高次元空間の境界面かと思われます」その向こうに見える優美な船体に、「出た!」イーガーが叫んだ。胸の前で両腕をクロスさせ、コーガーが号令した。「ダークマター粒子、アンブッシュ濃度で散布せよーッ!」

 宇宙帆船のコントロールルームには白光が満ち、ソフィアのブロンドを輝かせていた。ポロンポロンポロン……電子ピアノめいた操船コンソールに細い指が走ると、バウスプリットから黄金のパーティクルが放たれ、太陽を目指すロケットを包み込んだ。不可視の操り糸に引かれるように、その進路が180度転換する。

「ハヤト=サン、外の様子を」異変を察したカミジの指示で、レジスタンス達は素早く人間ピラミッドめいた足場を組んだ。ハヤトがそれをよじ登り、スリットめいた小窓から外を伺う。「あれは……!」太陽に代わって前方に見えるのは、馴染み深い緑の星。第2惑星アナリスだ。

『ドーモ、ハヤト=サン。ソフィアです』ブロンド宇宙美女のホロ映像が、エテルの闇の中に結ばれた。『真の勇者には冷静な判断力も必要です。これをよい教訓として、母なる大地のもとへお帰りなさい』「ソフィア=サン、逃げて!」アイサツも忘れてハヤトは叫んだ。「これはガバナスの罠だ!」

 ソフィアは船外を見た。ZZZZZ……前方の宇宙空間に暗黒物質の雲が湧き立ち、意思を持つかの如く接近しつつある。「邪悪な影……」危機を察したソフィアがコンソールに手を伸ばした、その時! ZZOOOOOM! ダークマターの隠れ蓑を掻き分け、グラン・ガバナスの巨体が現れた!

 巨人のカンオケをふたつ並べたような異形の艦体が、宇宙帆船を圧し潰さんばかりに迫る。「高次元浮上を!」ポロンポロン……ソフィアの操作で光子セイルが輝きを増す。「あれだ兄者!」イーガーが目ざとくモニタを指差した。「あの帆が次元移動装置に違いない!」

「マストを狙え―ッ!」コーガーの号令一下、DOOMDOOMDOOOM! 両舷のカンオケ・カタパルトから宇宙ミサイルが一斉射出された。操船に集中していたが故に、ソフィアの展開するシールドは一瞬遅れた。KABOOOM! ナムサン! ミサイルの直撃を受け、メインマストが真っ二つに折れる!

 クルクルと回転しながら、マストの上半分は闇の中へと消えていった。KABOOM! KABOOOM! 最大出力に達した偏向シールドが、後続ミサイルの爆発ダメージを無効化する。だが時既に遅し。「もう、この宇宙からは抜けられない……」ZZOOOM……揺れる船内でソフィアは暗然と呟いた。

「あとは航行不能にすればよい。大事な生贄だ」「大丈夫か? あの船のシールド、俺の見立てじゃ相当強力だぜ」言わずもがなのコメントを口にする弟を、コーガーはギロリと振り返った。「ならば、エネルギーが枯渇するまで攻め続けるまでの事!」

「ミサイル攻撃再開ーッ!」両腕クロス命令!『『『ヨロコンデー』』』ブリッジクルーが粛々とUNIX操作卓をタイプする。DOOMDOOMDOOM! 際限なく射ち込まれるミサイルが、ソフィアの船を赤黒い爆炎で覆い隠していった。KABOOM! KABOOOM! KABOOOOM……!


◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆

◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆

◆#3◆

「イヤーッ!」ZZOOOOOM!『ピガーッ!』「ARRRGH!」

 リアベ号は船体を強引にバレルロールさせ、太陽の方向から突進してきた飛行物体を間一髪で躱した。「今のは何だ!」操縦桿を戻しながらリュウが叫んだ。『カクダイ、スル』ピボッ。トントが直結操作で船尾カメラを起動、倍率を上げる。

 モニタ上に拡大されたのは、光のパーティクルを纏ったロケットの船尾。トントの顔面に「??」の文字が点滅した。『ハヤトヲ、ノセタ、ロケット、ダ』「何だと?」副操縦席のバルーが振り向いた。「話が違うぞポンコツ! 太陽に突っ込むどころかアナリスへ戻ってるじゃねえか!」

『ナゼ、モドッテ、イクカ、トント、ワカラン』「わからんで済むか!」ドロイドと宇宙猿人が揉める中、パーティクルは輝きを増し……FIZZ! ロケットもろとも消失した。『ピガッ!?』「アイエッ!? どういうこったい」画面にかじりつく二人にリュウが叫んだ。「ほっとけ! それよりこっちが一大事だぜ!」

 KABOOM! KABOOOM! リュウが指差す前方の宇宙空間に、赤黒い爆炎が次々と広がっていた。その只中で宇宙オリガミの小舟めいて翻弄されるのは……「AAAARGH! ソフィア=サンの船だ!」バルーが叫んだ時、リュウは既に主操縦席を飛び出していた。「行くぜ相棒!」「ガッテン!」

 リュウとバルーは中央船室の左右に伸びた通路を駆け、その先に据え付けられたパイロットシートに身を収めた。『ルスハ、マカセト、ケ』ガゴンプシュー……操船を引き継いだトントが、リアべ号両翼の係留アームを展開させた。先端には2機のハンドメイド宇宙戦闘機。二人がコックピットで発進操作を進める。

「「Blast off!」」KBAMKBAM! 炸裂するエクスプロシブ・ボルトが、2機を弾丸めいて射ち出した。リュウは即座にエンジンをレッドゾーンに叩き込み、宇宙ニンジャ耐G力の限界まで加速した。DOOOM!「ゴボッ……俺のソフィア=サンだ。テメェらには渡さねェよ!」血混じりの唾を吐き捨てる。

「攻撃やめーッ!」宇宙帆船のシールドが消失した瞬間を見逃さず、コーガーが号令を発した。KABOOOM! 全ミサイルがリモート自爆。静寂を取り戻したエテルの中を漂う船は、瀕死の宇宙白鳥のごとし。イーガーはいそいそとブリッジを後にした。「女は俺が連れてくるぜ」「好きにせい」

「未来は確定した……私の船は、眠る」俯くソフィアの美貌に影が落ちた。DOOMDOOMDOOM! 巨大戦艦から次々と飛び出したのは、G6-Ⅱ型宇宙戦闘機「シュート・ガバナス」の大編隊。先陣を切るのはイーガー機だ。「左舷カタパルトに誘導せよ! 俺より先に乗船した奴は軍法会議にかけるぞ!」

 BEEPBEEP。「何だ、この忙しい時に」警告音に眉を顰め、イーガーは航法UNIXを覗き込んだ。レーダー画面上の光点がワイヤーフレームに展開し、宇宙戦闘機の三面図を描き出す。『ベイン・オブ・ガバナス搭載機A』。その文字列を見た瞬間、ドクン! イーガーの心臓が強く打った。

「イヤーッ!」宇宙ニンジャアドレナリンによって鈍化する時間の中、イーガーは殺人的速度で己の機体を上昇させた。船外モニタを下方に切り替えた時には、リュウ機は既に編隊の遥か後方。その主翼がプラズマ光を放ち、イーガーが置き去りにした僚機の間に残像の線を引いている……そして!

 KABOOM! KABOOM! KABOOOM! シュート・ガバナスが一斉に爆発四散した。主翼をプラズマ・カタナと化して敵機を斬るリュウ機のヒサツ・ワザ、ライトニング・キリだ!「WRAAAGH!」すかさずバルー機が殺到し、追い討ちめいてパルスレーザーを掃射する! ZAPZAPZAP!

 KABOOM! KABOOM! KABOOOM! さらに数機が爆発四散!「リュウ=サン、バルー=サン!」顔を上げるソフィアの瞳が光を取り戻した。ポロンポロンポロン……コンソールが電子音を奏でる。「ここは任せな!」「どうかご無事で!」宙域を離れる宇宙帆船に、リュウとバルーは口々に叫んだ。

『フォーメーション再編成不能!』『副長閣下、ご命令を!』『アイエエエ!』乱れ飛ぶガバナス編隊の向こうで、ソフィアの船が遠ざかってゆく。「邪魔をするなクソ共が!」僚機に行く手を阻まれ、イーガーは苛立ちのままトリガーに指をかけた。「利敵行為とみなして即時処刑するぞ!」

 ゴウンゴウンゴウン……グラン・ガバナスの巨体が前方を塞ぐ。「どけ兄者! 俺はまだやれる!」『指揮下の部隊を手にかけてもか、副長』イーガーの叫びと裏腹に、コーガーの声は沈鬱だった。『もうよい。オヌシは帰投して頭を冷やせ』ブツン。通信終了。「……アーッ!」イーガーは操縦桿を殴りつけた。

「大戦艦が来るぜ、リュウ!」「しゃあねェ。こっちも退け時だ」ガゴンプシュー……2機はリアベ号に再合体した。「ソフィア=サンはどうした!」操縦室に駆け込んだリュウが叫ぶまでもなく、トントはUNIX画面にAI予想航路図を表示済みだ。『アナリスニ、ムカッテ、イル』

「よォし急ぐぜ俺達も!」「おうよ!」ZOOOOM! リュウとバルーが操縦桿を傾け、リアベ号を急速反転させた。グラン・ガバナスも転進を図るが、全長数宇宙キロに及ぶ巨艦の動きは致命的に鈍い。「彼奴等の反応を追え! 逃がしてはならぬ!」宇宙ニンジャヘルムの下、コーガーのこめかみに血管が浮く。

 キキーカリカリカリ。チーフクルーはサイバネ補助脳で状況演算を行い、『申し訳ございません』しめやかにドゲザモーションを繰り出した。『ダークマター粒子がレーダーをジャミングしております。アナリス宙域に入るまではトレース可能ですが、それ以降の追跡精度は65535分の1に低下する見込みです』

「オノレ、いま一歩のところを……!」コーガーの怒気がブリッジに漲り、『ピガッ』『ピガガッ』チーフ以下のサイバネクルー間に波紋めいて痙攣が広がった。「アナリスのヤミビト=サンに伝えよ! 草の根分けてもソフィア=サンを探し出せとなーッ!」『ヨ、ヨロコンデー……ピガッ』『ピガガッ……!』

「バッカヤロー!」「グワーッ!」

 リュウに頬桁を張られたハヤトが砂浜に転がった。ここは第2惑星アナリス、デナス湖のほとり。着水した死刑ロケットが、湖面から横倒しの半身を覗かせている。「テメェのウカツでソフィア=サンに何かあってみろ! ケジメの二本や三本じゃ済まさねェかンな!」

「ゴメンナサイ!」ハヤトは跳ね起きざまに頭を下げた。(((そのくらいにせい。若気の至りを許すのもセンパイの度量ぞ)))ニューロンに響くゲン・シンの声が、逆にリュウをいきり立たせた。「うるせェ! こういう甘ったれたガキにはな、一度ガツンと……」「マッテ、リュウ=サン!」ハナ少女が駆け寄る。

「お、おう」リュウは気まずげに拳を引っ込めた。「どうよ、カミジ=サン達の様子は」「礼拝堂で休んでる。ダイジョブ、みんな大した怪我じゃないわ」ハナが微笑んだ。「カミジ小父さんから伝言よ。ハヤト=サンを叱らないであげて。悪いのは自分だからって」「カーッ!」うんざりと天を仰ぐリュウ。

「どいつもこいつもハヤト=サンを甘やかしやがって! 尻拭いする身にもなれッてンだよなァ―ッ!」「……」リアクションに困る少女に、「あのな、ハナチャン」バルーはつとめて穏やかに語りかけた。「さっき通信で聞いた話だが……確かに見たんだな? 例の帆船が湖に沈むところをよ」

「ハイ」ハナは頷いた。彼女の報告を受けた地上のレジスタンスがリアベ号に連絡を取り、取るものもとりあえずリュウ達が駆けつけた格好だ。「湖のお水で食器を洗ってたら、目の前が金色に光って、あのロケットが現れたの。そのすぐ後に、ソフィア=サンのお船が……」胸の前でうっとりと指を組む。

「私、夢を見てるのかと思ったわ。おとぎ話のオヒメサマが降りてきたみたいで」「オヒメサマは良かったな」リュウは笑った。「いやいや、実際ソフィア=サンは俺達のオヒメサマ……いや、女神様みたいなモンよ」大真面目に頷くバルーの背後で、「見えた!」ハヤトが立ち上がった。

「ア? 何だテメェいきなり」リュウが振り返ると、ハヤトはこめかみに指を当て、異様な目つきで水面を見つめていた。「ソフィア=サンの船だ! 湖の底に!」「GRRRR……こりゃ例のアレだぜ」「だな」バルーとリュウは顔を見合わせた。時折ハヤトが発現させる超自然的感知能力だ。

「ソフィア=サーン!」メインマストを失って湖底に沈む宇宙帆船のビジョンに、ハヤトは両手をメガホンにして叫んだ。「WRAAAGH! ご無事ですかーッ! 」バルーの咆哮が続く。リュウはバシャバシャと湖に踏み入り、少しでもソフィアに近づこうとした。「貴女のリュウですよーッ!」

 一同が見守る中……深い色を湛える水面の上に、宇宙美女のホロ映像が二重露光めいて現れた。『ドーモ、ソフィアです』「ドーモ、リュウです! いやァ無事でよかった!」リュウがハヤトの後頭部を掴み、無理やりにオジギさせる。「このアホウが世話ンなっちまって! ホレ、礼を言え礼を!」

「ド、ドーモ、ゲン・ハヤトです。さっきはスミマセン」「ドーモ、バルーです」「ハナです。アノ……ダイジョブですか、ソフィア=サン」「お気遣い感謝します」微笑み返すソフィアの美貌には、しかし隠し切れぬ翳りがあった。「この船は私の命……今は傷つき、疲れ、眠りが必要なのです」

「船が眠る、ねェ」リュウは首を捻った。「船が滅びる時、私もこの宇宙から消失します。それが私達の宇宙の法則」「アノ、それって」ハヤトがおそるおそる口を挟む。「ソフィア=サンは別の宇宙から来た……ってコト?」「ハイ。この船をアンカーにして存在格を下げ、三次元宇宙に顕現しています」

「ヘーェ。何だかよくわからんが、またどういう事情で」「ロクセイアを止めるために。それが私の使命であり、宿命」ソフィアは厳かな口調でリュウに答えた。「だったら俺達に任せて下さいよ! ガバナスの連中を片っ端からブッ殺して……ンだよ」ジュー・ウェアの袖をバルーが引っ張る。「今する話かよ」

「で、貴女とその船はいつまで眠らにゃならんのですかい」バルーはソフィアに尋ねた。「日が沈み、また日が昇るまで。破壊前の時間軸に戻るには、それだけの時を要するのです」「オーケー。上等だ」リュウが笑った。「要は今夜ひと晩、ガバナスの連中を近づけなけりゃいいンだろ?」

「ヨロシクオネガイシマス」ソフィアのホロ映像が薄れ始めた。「安心して休んでください!」「バッチリ俺達がお守りします!」「WRAAAGH!」宇宙の男達が叫ぶ中、太陽が山脈の向こうに沈んでゆく。光を失った船室の石棺めいたベッドに横たわり、ソフィアは目を閉じた。彼女もまた眠るのだ。

◆#4◆

 パチパチと焚火が爆ぜ、ウシミツ・アワーの夜空に火の粉を巻き上げる。デナス湖畔に残された第207礼拝堂───今は近隣住民の漁師小屋だ───の前で、バルーは炎に両手を翳していた。リュウとハヤトが闇の中から現れた。「オツカレ。様子はどうだ」「今ンところ」「異常なしさ」二人は笑った。

 バルーの傍らに腰を下ろしかけたハヤトが、何者かの気配を感じて身構えた。「誰だ!」「待て待て、慌てンな」その肩をリュウが引き戻す。「ハナチャンだろ、出て来いよ」呼びかけに違わず、立ち木の陰から姿を見せたのはハナ少女だった。手にしたバスケットから覗く宇宙フルーツ。昼食の残りだ。

「私、ソフィア=サンが心配で、眠れなくて……悪かったかしら」「構わないよ。一緒に見張ろう」「ウレシイ!」ハヤトの言葉に駆け寄るハナ。その時!「待ちな! イヤーッ!」リュウが叫びざまに、頭上へ宇宙スリケンを投擲した。「グワーッ!」立木の枝に潜んでいたニンジャトルーパーが落下!

「「イヤーッ!」」BOOOM! ハヤトとリュウの眼前で砂浜が爆ぜ、新たなトルーパーが飛び出した。ドトン・アンブッシュ!「「イヤーッ!」」二人が伸縮刀で斬り結ぶ。(((マークされていた事に気付かなんだか、ウカツ者め)))(うるせェ黙ってろ!)リュウがニューロン内でゲン・シンに毒づいた。

 SLAM!「「「イヤーッ!」」」礼拝堂の木扉が開け放たれ、潜伏トルーパーが溢れ出した。「WRAAAAGH!」ハナを背後に庇いつつ、バルーは先頭トルーパーの脳天に宇宙ストーンアックスを叩き込んだ。「アバーッ!」フルフェイスメンポもろとも頭蓋骨陥没!

「ARRRGH!」「グワーッ!」「WRAAAGH!」「グワーッ!」宇宙猿人が石刃を振るうたび、トルーパーがラグドールめいて左右に吹っ飛ぶ。シンプルなニューロンをフル回転させて、バルーは状況判断した。「こっちだ!」「ハイ!」無人となった礼拝堂へ飛び込み、奥へと進む。

 ソーラー充電式のボンボリ・ライトが室内を微かに照らしていた。(イヤーッ!)(グワーッ!)外のイクサの様子が壁越しに聞こえる。「ダイジョブかしら」「なあに、心配無用さ。二人とも強いからな」バルーがハナに笑顔を向けた時、バタム! 木製の扉がひとりでに閉まった。

「誰だ!」「クックックッ」ZMZMZM……扉に落ちる影の中から、骸骨装束の宇宙ニンジャが滲み出た。「ドーモ、ヤミビトです。イヤーッ!」アイサツ終了と同時にヤミビトの右手が閃き、宇宙クナイ・ダートがバルーの影を突き通す!「グワーッ!?」五体が硬直!「う、動けねえ……ナンデ?」

「アイエエエエ!」「ハナチャン!? クソッ!」少女の悲鳴を聞きつけたリュウはトルーパーを斬り捨て、SLAM! 木扉を蹴破って礼拝堂にエントリーした。だが次の瞬間!「イヤーッ!」ヤミビトの右手が閃き、宇宙クナイ・ダートがリュウの影を突き通す!「グワーッ!?」五体が硬直!

「リュウ=サン! 大丈夫?」続いてエントリーしたハヤトは礼拝堂の暗がりに目を凝らし、宇宙コウモリめいた異相を見出した。「お前は!」だが次の瞬間!「イヤーッ!」伸縮刀を構えるより早くヤミビトの右手が閃き、宇宙クナイ・ダートがハヤトの影を突き通す!「グワーッ!?」五体が硬直!

「クックックッ」身動きならぬ宇宙の男達に見せつけるように、ヤミビトはハナの髪を掴み上げた。「ンアーッ!」「ヤメロ! 子供に手を出すんじゃねェ!」リュウの目が怒りに燃える。「ならば言え、ソフィア=サンの隠れ場所を! ベイン・オブ・ガバナスの貴様らなら知っているはず!」

「誰が教えるか!」ハヤトが叫んだ。「ではガキを殺す」ヤミビトの手に力が籠る。「ンアーッ!」「「「ハナチャン!」」」「私は死んでもいいわ! 言っちゃダメ!」その時。キュラキュラキュラ!『タイヘン、タイヘン』車輪走行でその場に飛び込んで来たのは、周辺監視の任についていたトントだ。

『ミンナ、シッテルカ。ソフィア=サンノ、フネガ、ミズウミノ、ソコデ』「なッ……」バルーが絶句した。「ARRRGH! このトンマ! ポンコツ!」硬直したまま怒鳴り散らす宇宙猿人の傍らで、「ほほう」ヤミビトの目が細まった。『ピガーッ! ガバナス、ニンジャ、ナンデ?』

 ESNRS(電子的宇宙ニンジャリアリティショック)でショート寸前のトントに構わず、ZMZMZM……ヤミビトは壁の影に身を沈めた。反対側の外壁から屋外へ。湖面が白く仄かに明滅している。「ナルホド、湖の底とは実際盲点であったわ……これでもう奴等に用はない」

「すまねェ、ハナチャン!」「早いトコ頼むぜ! GRRRR……」室内ではハナが駆け回り、壁に突き立つクナイを次々と抜いていた。『ワタシガ、ナニカ、ワルイ、コトデモ、シタンデ、ショウカ』「このーッ!」トントのとぼけた電子音声に、自由を取り戻したバルーがストーンアックスを振り上げる。

 BEEPBEEPBEEP! 電子悲鳴の代わりに、トントはけたたましいアラート音を発した。『キケン、キケン』顔面に「EXPLOSIVE」の文字。バルーは鼻をひくつかせた。「火薬の臭いだ!」「逃げろテメェら! イヤーッ!」ハナの身体を抱えたリュウが礼拝堂の窓を破って飛び出す! CRAAAASH!

 KABOOM! 礼拝堂が木っ端微塵に爆発四散した。KABOOOM! KRA-TOOOM!「ハハハハハ!」燃える残骸を前に哄笑するヤミビトの背後には、既にトルーパーの第二陣が整列している。「邪魔者は消えた! ただちに湖底に潜り、生贄を確保せよ!」「「「ヨロコンデー!」」」その時!

「生贄なンざもってのほかだぜ! イヤーッ!」回転ジャンプでエントリーしたのは、真紅の装束に身を包む宇宙ニンジャ。ゴーグルに隠された素顔は判然としない。「銀河の果てからやって来た、正義の味方。ドーモ、ナガレボシです」「ドーモ、ヤミビトです」漆黒の宇宙ニンジャがアイサツを返す。

「うぬがナガレボシ=サンか。ニンジャオフィサーを数人殺した程度で随分と増長しているらしいな」「フーン」ナガレボシの目が細まった。「なら、テメェを殺りゃあ少しはハクがつくかい……」「殺れるものなら殺ってみろ! イヤーッ!」炎に揺らぐナガレボシの影めがけ、ヤミビトが宇宙クナイを投擲!

 KILLIN! ヤジリ状の宇宙スリケンが飛び来たり、クナイを撃ち落とした。「イヤーッ!」回転ジャンプでエントリーしたのは、白銀の装束に身を包む宇宙ニンジャ。ゴーグルに隠された素顔は判然としない。「うぬめは!」「変幻自在に悪を討つ、平和の使者。ドーモ、マボロシです!」

「ドーモ、ヤミビトです。イヤーッ!」アイサツ終了からコンマ1秒後、ヤミビトはクナイ投擲!「イヤーッ!」迎え撃つマボロシは宇宙スリケンを二枚同時投擲! KILLIN! 一枚がクナイを弾き飛ばし、続く一枚が間髪入れずヤミビトの胸板を突き通し……手応えなく貫通して、地面に砂を散らした。

「ダメか!」マボロシが歯噛みした。「バカめ。小手先の不意打ちで、我が《闇》の加護が破れると思ったか」胸の傷を塞がれながら、ヤミビトは鼻で笑った。「お仲間のハヤト=サンの入れ知恵だろうが、無駄な骨折りだったな」ハヤガワリ・プロトコルを順守したマボロシの正体は、99.99%秘匿される。

 ヤミビトの背後にはいつの間にか、トルーパーが数人がかりで巨大なサーチライトを据え付けていた。「当然、俺のシャドウピン・ジツの恐ろしさも聞き及んでいよう」カッ! サーチライトの光が、二人の宇宙ニンジャの影を長く、くっきりと刻む。「その身で存分に味わえ! イヤーッ!」

「「イヤーッ!」」マボロシとナガレボシはジグザグに砂浜を駆け、シャドウピン・ジツを狙うクナイを躱した。「影に気を付けて!」「こっちのセリフだヒヨッコめ!」ナガレボシは走りながらバルーの姿を探した。「AAAGH!」7フィート超の巨躯が少女を肩に担ぎ、闇の奥へ駆けてゆく。

「上等だ、ハナチャンを頼むぜ相棒! イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」バルーに追いすがるニンジャトルーパーの背中に、ナガレボシの宇宙スリケンが次々と命中した。「ナガレボシ=サン!」マボロシが駆け寄る。「ヤミビト=サンは僕に殺らせてくれ!」

「ア? テメェまた調子に乗って……」ナガレボシは言葉を切り、宇宙ゴーグル越しにマボロシの目を見た。青臭い熱狂とも、自罰めいた罪悪感とも異なる覚悟の色を、ナガレボシはその瞳の奥に見出した。「ソフィア=サンを危険な目に遭わせたのは僕だ。だから僕がケジメをつける!」

「……よかろう!」一瞬の逡巡ののち、ナガレボシはマボロシの肩をどやした。「テメェのケツだ、テメェで拭いて来な!」「ハイ!」マボロシが顔を輝かせて走り去る。ナガレボシはそれを見送り、「さァて」不敵な笑みで振り返った。背後にはニンジャソードを構えるトルーパーの一団。

「怯むな! 奴を排除してヤミビト=サンを援護するのだ!」「「「ヨ、ヨロコンデー!」」」上級トルーパーの叱咤で殺到する一団に、「ケッ」ナガレボシは唾を吐き捨て、ギリギリと上半身を捻った。ヒサツ・ワザの予備動作だ!「百年早いンだよ! イイイヤアアアアァーッ!」

 ナガレボシの五体は真紅の竜巻めいて高速回転を始め、その中から無数の宇宙スリケンが放たれた。ミダレ・ウチ・シューティング!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」トルーパーがバタバタと倒れ伏す間に、マボロシはヤミビトへ肉薄した。「僕が相手だ、ヤミビト=サン!」

「片腹痛いわ」ヤミビトは異形の口を歪めて笑い、片手を上げて合図した。サーチライトトルーパーが光をマボロシに向ける。「イヤーッ! イヤーッ!」影と心臓を狙ってニ連続投擲されたクナイを、マボロシは伸縮刀で叩き落した。「イヤーッ! イヤーッ!」KILLIN! KILLIN!

 宇宙スリケンを投げ返そうとするマボロシ。しかし、「イヤーッ! イヤーッ!」間髪入れず次なる二連続クナイが飛び来たり、反撃のタイミングを掴めない。「イヤーッ! イヤーッ!」KILLIN! KILLIN!「イヤーッ! イヤーッ!」「イヤーッ! イヤーッ!」KILLIN! KILLIN! 防戦一方!

「ハハハハハ! さっきの威勢はどうした! イヤーッ! イヤーッ!」ヤミビトが哄笑しながらクナイを投げ続ける。「イヤーッ! イヤーッ!」KILLIN! KILLIN!「クソッ……!」マボロシは奥歯を食い縛った。己自身の未熟さ、不甲斐なさへの怒りゆえに。

 怒りは火掻き棒めいて、マボロシの若いカラテを燃え上がらせた。キュイイイイ……カラテを過剰供給された刀身の超振動が大気に伝播し、陽炎めいた揺らぎとなって伸びる。「イヤーッ!……エッ?」KILLINKILLIN!クナイを叩き落としたマボロシは、今までと異なる感覚に目を見開いた。

 彼の宇宙ニンジャ視力は見た。第一のクナイを叩き落とした瞬間、刀身が届かぬ第二のクナイまでもが、透明の刃に斬りつけられたかの如く弾け飛ぶさまを。「これは……?」未知の感覚がマボロシのニューロンを連鎖的に発火させ、彼を何らかの洞察へ導かんとする!

「ボサッとすンな!」ニンジャトルーパーを袈裟懸けに斬り下ろしながら、ナガレボシが叫んだ。「なんか掴めそうな時はガッと行きゃいいンだよ! 俺ァそうやって生き延びて来たぜ!」のけぞるトルーパーを蹴倒し、背後の新手の喉笛を掻き切る!「後先考えンな! ヤッチマエ―!」

「ハイ! イヤーッ!」マボロシはクナイを躱して高々と跳躍した。宇宙体操選手めいて空中で身を捻り、懐からヒカリ・ダマを投擲! KBAM!「グワーッ!」至近距離の閃光爆発に見舞われ、ヤミビトは顔を覆って苦悶した。マボロシの全身に宇宙ニンジャアドレナリンが駆け巡る!

 泥めいて鈍化する時間の中、マボロシは伸縮刀を両手で掴み、高々と頭上に振り上げた。キュイイイイ……! 渾身のカラテを注ぎ込まれた刀身が唸りをあげ、可聴域を突破する。ヤミビトめがけて落下しながら、マボロシはほとんど無意識に叫んでいた。新たなヒサツ・ワザの名を!

「ハヤテ・キリ・スラッシュ! イイイイイヤアアアーッ!」

 ……ヒカリ・ダマの閃光が薄れた時、着地したマボロシは、ヤミビトの前に跪くようにザンシンしていた。伸縮刀の切っ先は相手に掠りもせず、手前の空間を断ち割ったに過ぎない。しかし、「ア……ア……」呻くヤミビトの正中線には、確かに斬撃の跡が刻まれていた。定規で引かれたが如く垂直に。

「グワアアアアーッ!」両断された漆黒の身体が、正中線からぱっくりと割れた。「上等だ!」最後のトルーパーの死体を蹴り転がし、ナガレボシは笑った。マボロシの伸縮刀が3メートル近い陽炎の刃を形成し、ヤミビトを真っ向から斬り下ろすさまを、彼の宇宙ニンジャ視力はしかと見届けていた。

 だが次の瞬間。バツン! 切断面から《闇》が迸り、無数の触手となってヤミビトの左半身と右半身を繋ぎ止めた。「オ……オノ、れ……許サんぞ、マボロシ=サン……!」縮んだ触手が逆回転めいて肉体を再接着する。「クソッ、オバケ野郎が!」宇宙スリケンを構えるナガレボシを、(((待て)))ゲン・シンが制した。

 反撃に転じようとしたヤミビトは、「ヌゥッ!?」そのままの姿勢で狼狽した。両断された瞬間に取り落としたクナイが、足元に突き立っている……彼自身の影の中に!「何をしている貴様ら! ライトを消せーッ!」ヤミビトの叫びに応えるトルーパーはいない。ナガレボシが全員殺したからだ!

「……」マボロシは決断的表情で立ち上がり、半身になって構えた。腰を落とし、伸縮刀を持つ右腕を前に伸ばす。宇宙フェンシングめいて。「イイイイイ……」キィィィィィン……カラテを注入されたスティック状の刀身が大気を震わせ、再び不可視の刃を伸ばす!「イイイイイヤアアアーッ!」

 ハヤテ・キリ・スラッシュ! 宇宙ニンジャの本能が命ずるまま、マボロシは手首を蛇のようにしならせ、無数の小斬撃を繰り出した。ジュッテめいて短い伸縮刀のストロークは非物理刀身の末端で拡大され、実体剣では到底不可能な速度でヤミビトの身体を斬り苛む! 

「《闇》よ!」ヤミビトは絶叫した。「この身を光から護れ! イヤーッ!」全身に漲ったカラテを糧に、《闇》がヤミビトの傷を瞬時に塞ぐ!「イィーヤヤヤヤヤ!」マボロシの斬撃が速度を増す!「させぬわ! ヌゥゥーッ!」ヤミビトはさらなる回復ブーストで抗う!

「イィーヤヤヤヤヤ!」「ヌゥゥーッ!」「「イィーヤヤヤヤヤヤヤ!」「ヌゥゥゥーッ!」「イィーヤヤヤヤヤヤヤヤ!」「ヌゥゥゥゥーッ!」

 高速斬撃と高速再生の膠着状態を、ナガレボシは油断なく見守っていた。(((手を出してはならぬ)))ゲン・シンの声がニューロンに響く。(((弟子の成長を信じるのも、センセイの責務ぞ)))(……)師の声に言い返す代わりに、ナガレボシは低く呟いた。「キアイ見せてみな、マボロシ=サン」

「イィーヤヤヤヤヤヤヤヤ!」「ヌゥゥゥゥーッ!」「イィーヤヤヤヤヤヤヤヤァァーッ!」「ヌ……グ……グワァァーーーッ!」マボロシの斬撃が回復速度を凌駕する瞬間が、ついに訪れた。「グワァァァーーーッ!」ヤミビトの五体に、塞ぎ切れぬ裂傷がみるみる数を増してゆく!

 無数の傷から《闇》が染み出し、黒光りするアメーバめいてのたうちながら、ヤミビトの全身に広がり始めた。「待て! ヤメロ!」ヤミビトがあげた恐怖の声は、マボロシに向けてのものではなかった。「俺の中に戻れ! お前の居場所はこちら側では……ゴボーッ!」塞がれる目、鼻、口!

「グワーッ!」ニューロンを抉られるような感覚に、マボロシはよろめいた。流れる鼻血もそのままに、左手の指をこめかみに当て、人ならざる思考パルスの奔流に抗う。それは地面に倒れてのたうつヤミビトから……否、ヤミビトの五体を覆い尽くす《闇》から放たれていた。

 伝わってくるのは光に灼かれる苦痛と、故郷を遠く離れた地で生存の基盤を失う恐怖。「ゴボボーッ!」異次元より来たりし原始知性体は完全なるパニックに陥り、断末魔に痙攣するヤミビトの三次元肉体を内外から浸食していった。「ゴボッ! ゴボボッ! ゴボボボボーッ!」

「サヨナラ!」ヤミビトは爆発四散した。撒き散らされた《闇》の飛沫は、マボロシに届く前にサーチライトの光で蒸発した。残りはボロ布と化したガイコツ装束の下に潜り込み、地中へ……否、遥か銀河の彼方、光なき母星へ帰還しようともがきながら、むなしく雲散霧消していった。

「ハァーッ、ハァーッ……!」肩で息をするマボロシの背中を、ナガレボシが叩いた。「一皮むけたな」「……アリガト」マボロシは己を強いて背筋を伸ばし、明滅する湖面に目をやった。「僕たちのイクサを何も知らずに、ソフィア=サンは眠っているんだね」

「それでいいンだよ。ソフィア=サンには、俺達の命のやり取りを見せたかねェもんな」「ホントだ」マボロシは頷いた。白み始めた空が、デナス湖の向こうに横たわる山脈のシルエットを浮かび上がらせつつあった。「やれやれ、クソ長い夜だったぜ」ナガレボシが笑った。

 リアベ号の乗組員、ハナ、そしてカミジがデナス湖の畔に立ち、目覚めの時を待っていた。山脈の向こうから第15太陽・グローラーが姿を現し、その輝きが湖底に横たわる宇宙帆船を照らし出す。「陽が昇る」光満ちる船室でソフィアが目を開いた。「私の船も、力を取り戻す」

「見て!」ハナが指差す湖面から、宇宙帆船がしめやかに浮上した。マストと光子セイルは完全に復元している。「ソフィア=サン……また会えるかしら」「モチロン!」「なんたって俺達の女神様だもンな」「GRRRR」目を輝かせるハナに、ハヤト、リュウ、バルーが笑った。

 優美な船体が上空でゆっくりと回頭した。ソフィアのアルカイックな微笑が、船窓から垣間見える。「オタッシャデー!」「航海の無事を祈ります!」ハナとハヤトが手を振った。「俺も祈りますぜ! ARRRGH!」バルーが諸手を挙げて飛び跳ねる。トントは顔面に「SEEYOUAGAIN」の文字を表示した。

 FIZZ! 宇宙帆船は三次元空間から消失した。「あれがソフィア=サンの船ですか……彼女には申し訳ないことをした」呟くカミジに、「ちったあ懲りたかい」リュウが皮肉めかして言った。「戦力も準備もまったく不足していました。蛮勇と言わざるを得ません。当分は力を蓄え、機を待ちます」

 カミジは澄んだ目をリュウに向けた。「次にやる時は、ロクセイアもろとも宮殿を爆破します。ガバナスが二度と皇帝宮殿を作らないように」「ハァ?」リュウはカミジの顔をまじまじと見て……笑い出した。「ハハハハハ! 負けたよ。アンタやっぱイカレてるぜ」「恐縮です」カミジが頭を下げた。

 しばしの後。ZZOOOOM……リアベ号は惑星アナリスの大気圏を抜け、宇宙空間へ舞い戻った。操縦桿を握るリュウとハヤト。計器を睨み、宇宙葉巻を燻らせるバルー。トントが顔面に複雑な01演算パターンを表示する。『ツギハ、ドコヘ、ムカウ』「ンー、そうさなァ……」リュウはボキボキと首を鳴らした。

 リアベ号の勇士達は淡々と、不毛なルーティンワークめいて操船を続けた。だが彼らの胸の裡では、ソフィアを守護して戦った一晩の記憶が、ひとつの灯となって静かに燃えているのだった。勝利の可能性すら定かならぬ戦いの道を、仄かに照らし出す松明めいて。

 ZZZOOOOOMMM……武骨な船体は速度を上げ、エテルの闇へ消えていった。


【サクリファイス・トゥ・ザ・デモンズ・パレス】終わり


マッシュアップ音源
「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」
第9話「ガバナス悪魔の城」

「ニンジャスレイヤー」


セルフライナーノーツ

礼拝堂が多い:一度作った立体物を異なるシチュエーションで使い回すのは特撮TVショウの常だが、本エピソードでは「レジスタンスのアジト」と「ヤミビトに爆破される湖畔の建物」が同じ礼拝堂のミニチュアで表現されている(ミニチュアの初出は第7話「星空に輝く友情」)。見た目いっしょの建造物が1エピソードにふたつ出てくるわけで、正直なところ初見時はかなり脳が混乱した(実は同じ建物なのでは? と一瞬思ったが、さらに混乱したので却下した)。そこで、統一規格めいた礼拝堂があちこちに残されている理由をひねり出した次第である。

シャドウピン・ジツ:オリジナル版では「ヤミビト・影縛り」と呼ばれている。自分の影にもジツが効いてしまう描写は、「ニンジャスレイヤー」で同様のジツを使う人気ニンジャ、シャドウウィーヴからの引用。

ハヤテ・キリ・スラッシュ:この回で初めて「まぼろし・疾風はやて斬り」が披露されるが、突然新たな必殺技がPOPした理由は判然とせず(70年代特撮あるあるだ)、普通の斬撃と何が違うかも実はよくわからない。思い切ってそこらへんまるっと捏造しました。


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